理樹は、もう十分泣いてくれた。辛いのを堪えて、あたしの分まで笑ってくれた。
だから理樹、これからは自分の為に笑ってくれ。あたしは、もう大丈夫だから。


何となく表現してみたかった曲SS『ALONES』 music by Aqua timez

 巡る時の中で、人のキズが癒えてカサブタに変わっていくように、時間が全てを解決してくれる。
それは人の心の傷も同じことで、凄惨な事故からもうすぐ1年を迎える。
修学旅行の、転落したバス。
そして、すべての生徒の代わりに犠牲となった、兄、恭介の命日まで、あと二日。
鈴は、ベッドの上で理樹に抱かれていた。
「あたしは結局きょーすけを救えなかった。最期までお兄ちゃんと呼んでやれなかった」
行為の後は得てして感傷に浸りやすい条件が整う。
鈴とてその例外に漏れず、理樹の1年前に比べて逞しく育った腕の中で、静かにささやく。
「お兄ちゃんって、呼んであげたかった?」
「…恥ずかしいが、死ぬ前にそれくらいしてやりたかった。死ぬって分かっていれば」
やり直したセカイでも、恭介だけは救えなかった。
強くなってやり直したのに、ダメだった。
もう、力は残っていないし、やり直しは効かない。
それを知っていたから、理樹はずっと、鈴の為に恭介の代わりを演じてきた。

---そうしないと、また壊れるんじゃないかって、怖くて。

 もう依存できるのは、理樹しかいなかった。
だがあの事故から、生き残ったほかの仲間達の助けもあり、鈴は確かに成長していた。
失うことが皮肉にも彼女を強くした。だから、理樹はもういらないのかもしれない。
理樹も潮時を悟り、今日、ベッドの中で告白した。

「僕、留学の件、受けるよ」
「…理樹?」
目は、確かに遠くを見ていた。


 理樹は、かねてからとある持病を持っていた。
眠り病…ナルコレプシー。世界規模で奇病とされるその症候群を治療するという動きは、現在精神安定剤などの
投薬治療か、もしくは眠らせない音波などを使った拷問のような音波治療などが叫ばれている。
理樹はその奇病を克服した、この世界で唯一の例だった。そして、同時に学業の成績も決して悪くない。
そんな彼の境遇を知るとある教師が、コネクションを使ってヨーロッパのとある国の医学部教授にその事例を話すと、
ぜひ研究の協力をして欲しい、という話になったのだ。
…実はその教授というのが、来ヶ谷唯湖の父親なのだが。
「ナルコレプシーに苦しむ多くの人を救いたいんだ。だから、僕行くよ」
「…」
行くな。あたしのそばにいろ!
鈴の絶叫が木霊すると想っていた。だが現実は。
「理樹がそう思うなら、いけばいい。あたしは、理樹の帰りを待つから」
「いつまでも、この街で待っているから」
「…鈴…」
その瞳に、昔の何かを無くすことへの恐怖はない。
「いいの…?僕がいなくても…」
答えも、単純明快だ。
「子ども扱いするなっ。だが浮気は許さないからな。あと手紙くらいは書いてくれ」
「…うん」
強い抱擁。そして確認する。
「あさって、恭介の一周忌だけど、どうせセッティングはしてないでしょ?」
「…そんなことする必要あるのか?墓参りで十分だと想っていた」
鈴はそういうことに疎いから、してくれているとは想わなかったが。
「ともあれ、そんなのバックレて、お墓参りは絶対行こうね」
「…うんっ」
ちりん、と鳴る鈴。そしてもう一度とろけるようなキス。
幸せを、かみ締めながら。


 翌朝。
「理樹君。私も行きたいんだが」
「ダメ。お昼から一緒に行こう。午前中は、二人で行かせて欲しいんだ」
「…」
唯湖が理樹を呼び出したと想ったら、墓参りに同行したいというのだ。
「てっきり留学の件かと想ったよ」
「あぁ、その件でも報告があるんだ」
だから、出来れば鈴と理樹、そして唯湖での墓参りを、とのこと。
「まぁそう来ると思ってた。でもそれなら、ここで話してくれてもいいんじゃないかな」
「…鈴君は私を怖がるしな。襲わない保証もないし」
さらりと危ないことを言う女の子だ。
「それに…」
「それに?」
ため息。苦しそうな顔で唯湖が言う。
「きっと、鈴君にもケジメが必要な話だから、な」
「…」
この旅立ちは理樹だけの問題じゃないようだ。
それならばやむをえない。と理樹は頭を縦に振る。
「そういうことなら仕方ないよね。分かったよ。鈴も文句は言わないと想うし」
「恩に着る。それなら準備をしてくるから待っていてくれ。逃げたら死」
「着なくていいし、逃げもしないから」
そう言って唯湖の背中を見送ると、空が、今にも泣き出しそうな感じになり始めた。


 「理樹君、ところで恭介氏の墓所はどこだ?」
「郊外の緑川共同墓地だよ。バスで15分くらいかな」
「ふむ」
納骨のときは、ごく親類の方と理樹、そして鈴だけしかいなかった。
このときは鈴が立ち直ってからまだ日が浅く、そしてまた仲間達も入院しているものが多かった。
なので当時まだ入院していた唯湖は当然恭介の墓を知らない。
学校から徒歩5分の最寄のバス停で待つこと10分弱、緑川共同墓地に向かうバスがやってきた。
「タクシーで行けばいいじゃないか。それくらいは無理を言った侘びだ、私が出す」
「そこまでしなくてもいいよ。それに、結構バスも多いしね」
「痴漢はいないんだろうな」
「知らないよっ!」
結局下ネタか。とつっこんでいたら唯湖の思うツボ。あえてスルーを決め込む。
「むぅっ。おねーさん退屈だ。鈴君に痴漢しよう」
「うっさいわボケ!」
「てか鈴相手だったら痴女だよね。発言は確かにオッサンっぽいけど」
「…何だと?」
本格的に挑発してしまったらしい。すぐ謝る。
「ごめんってば」
「罰として鈴君めっさ可愛いよ萌えーと車内で叫ぶんだ。ほらハリーアップ」
「くるがや、降ろすぞ」
バスは走り出したばかりだが、今の鈴ならバスジャックしてでも唯湖を窓から放り出しかねない。
ため息をつきながら二人をなだめる。
「もう、二人とも。これから恭介に会いに行くんだから、仲良くしないとダメだよ?」
「…うん」
「はぁ。まさか理樹君から諭されるとは。おねーさん、理樹君の成長が嬉しいぞ」
結局茶化されるが、そこはそれ。
「(僕は恭介の代わりだから)」
まだ抜け切れていない、リトルバスターズを率いるものとしての自覚。
それが理樹を悩ませてきたのに。


 緑川共同墓地は学校から15分くらいの距離にある小高い丘を切り開いて造成されたものだ。
その丘からは、理樹や恭介たちが成長した街が一望できる。死後も生まれ育った、そして終焉を迎えた地を
見晴らしのいいところから眺められるという特典みたいなものだ。
…恭介のように、天寿をこの街で全うしたわけではなく、事故の犠牲となった人は、逆に未練が残りそうだが。
「ここか。確かにいいところだ」
丘に登ると、風が少し強い。湿気を帯びた、雨の香りがする風。
唯湖と鈴のスカートが揺れる。唯湖は黒、鈴はねこのパックプリント。
「時に理樹君。見物料は諭吉3人でいいぞ」
「理樹、あたしのぱんつ見たのか?」
「い、いや見てないから…」
見たくて見たわけではない。不可抗力だ。
「その割には私のお尻に熱い視線が注がれていたが?嘘ついた罰として諭吉5人だ」
「上がってるし!」
相変わらず騒がしい連中だ。そんな彼らが、理樹を先頭に向かった場所。それは。
『Kyosuke Natsume 1989-2007』
墓標に刻まれた、無機質な文字。なぜローマ字なのかはイマイチ分からない。
「ひょっとして、恭介の意志でこうなったのかな」
「…知らん。だけどあり得そうで怖いぞ」
「…同感だ。私もあり得ると思えてならない」
この言われようも、恭介ゆえだろうか。
ともあれそこに、メンバー全員のサインが書かれた硬球と花束が置かれる。
サインボールは小毬の提案だ。
『授業で行けないけど、せめて恭介さんにはみんなの思いを伝えたいから』
天真爛漫に笑う彼女は、恭介に惚れている感じがあった。
仮にそれが本当だとしたら、恋した人を失ったショックは大きかっただろう。
だけど立ち直ったことが素直にすごいと思える。これは、彼女特有のものだろう。
ともあれそんな小毬の提案で、理樹たちは全員からサインを貰い、そしてそのボールを持参した。
「天国でも、野球してね」
「…」
「…」
その言葉と共に、他の二人も黙祷を始める。
約1分間の黙祷が終わると、静かに顔を上げる三人。
「こんないい球じゃ、野球にはもったいないと使わないだろうな、恭介氏は」
「雲をボールにしそうだもんね。恭介なら」
その言葉に頷き、そして思い出す。
「そう言えば。理樹君。そして鈴君。私から話があるんだ」
「…」
そうだった。彼女から留学の件で話があるんだった。
思い出したとき、彼女の口から発せられた言葉は。

 「落ち着いて聞いてくれ、理樹君。鈴君。きっと二人には…」
皮肉で、悲しい話になると想う。その言葉に優しさはなかった。

 「留学の条件として、理樹君」
「…」
「来ヶ谷家に婿入りして欲しい。父からはその回答があった」
「…っ」
学費、研究費、生活費、ありとあらゆるものは唯湖の父親が出す。
理樹は好条件で研究が出来る。ナルコレプシー以外にも、人々を悩ませる奇病を研究できるチャンス。
その代償としての結婚だ。卒業後、唯湖と理樹は二人で海外の大学へ進み、そして同じ研究を行う。
理樹自身は被験者でもあるため、試験はほぼ実質的に免除とのことだ。唯湖の知能なら難しくはない。
「私は、理樹君がこの研究に向き合うというのであれば、その結婚の話を受け入れたい。だが」
それは、鈴から理樹を奪い去る行為。
いくら唯湖とはいえ、それをする権利はどこにもない。それは重々承知の上だ。
「鈴君。私は、キミから理樹君を奪いたいわけじゃない。もちろん、ふざけるな、という回答も可だ」
「だが、理樹君を想うのであれば、身を引いて欲しい」
いつものクールな顔の唯湖も、内心はズタズタだろう。
それが見て取れるように、唯湖の声は普段の覇気を失い、震えていた。
卑怯な方法で妹分から好意ある異性を奪う行動、しかしそうしなければ、理樹の意志をないがしろにしてしまう。

 「ふざけないでよ。そんなの…」
「理樹」
僕は研究よりも、鈴のそばに!
そう言おうとする理樹を制したのは、意外にも鈴だった。
「鈴っ?」
「…あたしも、もういいんだ」

---理樹は、きょーすけを失ったあたしを、きょーすけの分まで守ってくれた。
---そして、あたしがこうして立ち直れたのも、理樹のおかげだ。
---でもそれで理樹が疲れて、目的を見失って立ち止まってしまうのは、あたしが許さない。
---あたしが理樹の『彼女』として最後に出来ること。それは、理樹の背中を押してやることだ。

「振り返るなバカ理樹っ!あたしはもう大丈夫だ。もう独りでも歩けるから!」
「だから、理樹は未来を掴んで来い!くるがやに任せたくはないが、理樹は理樹の道を進め!」
「もう、あたしのために笑わなくていいんだ!あたしより自分の為に笑顔でいろ!」

 雨が、三人の身体を濡らす。
「来ヶ谷さん…」
「ここから先は、キミが決めろ。どちらを選んでも、一人の女の子が不幸になるがな」
言葉を無くす理樹。
唯湖を選べば、鈴が傷つく。
だけど、ここまで背中を押してくれた鈴にこれからも付き添えば、彼女の意志はどうなる。
答えは、恭介なら、どう言っただろうか。
「恭介…」


 『俺は、俺であり、俺であることを証明し続けるために---野球をすることにした』

---俺であり続けること?

 理樹が理樹であり、理樹であることを証明し続けるために。
「鈴」
「…なんだ」
「僕。行くよ。もう迷わない。この病気はなりを潜めただけで、本当は完治していないかもしれない」
「だから、そんな僕を助けるため、僕の延長線にいるすべての命を救うため…僕は、研究をしたい」
「…それでいいんだ。あたしは、その答を待っていたから」
夢は、もう終わる。
棗鈴が見た夢は、短い恋の夢だった。
兄の代わりに、兄よりも愛してくれた恋人、幼なじみの旅立ち。
「ただくるがや。理樹を任せるんだから、絶対に理樹を幸せにしてくれ。理樹が泣いたら、あたしがぶっとばしに行くからな」
「…あぁ。覚悟の上さ。必ず幸せになるよ。子どももたくさん産んで、いつか笑顔で日本に帰ってくるよ」
とびきりの、笑顔で。
約束を交わす。そして握手。
空は、相変わらず冷たいしずくを落とし続ける。だがそれもいいかもしれない。
青すぎる空に疲れた、彼らには。
この雨が止む頃には、彼らの決心が、心の雨雲を吹き飛ばすだろうから。


 それから5年余りの歳月が流れたある日。
来ヶ谷理樹のもとに、一通のエアメールが届いた。
「ん。あなた、どうしたの?」
妻、唯湖は学生時代に比べればだいぶ言葉遣いもやわらかくなった。
理由は、彼女はもうすぐ臨月を迎える。お腹には、理樹との第一子が宿っているのだ。
長い研究の末、先日学会でナルコレプシーの画期的な治療に向けたプロジェクトが発表され、取材に追われる毎日だが、
それでも理樹は帰ってくるとよき父親として、よき夫として、まず唯湖を気遣うことを忘れない。
それは、小さい頃唯湖が味わった両親不在の寂しさ、そして理樹が味わった両親のいない少年期を、生まれてくる子どもに
味わわせたくない、せめてもの親心だ。
そんなよき父親のもとに届いたエアメール。それは、今は日本にいる幼なじみ、鈴からだった。

 「鈴君から…ん、苗字が変わってるな」
「本当だね」
苗字が変わっている鈴。そして封筒の中には不器用な彼女らしく、手紙は入っていなかった。
ただ一枚。生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしながら、カメラにピースする笑顔の母親になった鈴の写真があるだけ。
仔猫は、いつしか母親猫になった。そして今が幸せなのかもしれない。
唯湖の腹を撫でながら、頬擦りする。
「あなた…」
「先を越されたけど、こっちもこっちで幸せになろう。涙を流して僕らを送り出した、鈴に応えるために」
「…そうね」
そして今一度写真に目を落とす。
そこには、ペンで小さく『長男 恭介』と書いてある。
元祖恭介を知る二人は、笑顔でその写真を写真立てに入れ、キスを交わした。


---Why do we feel so alone anytime? すべてを受け止めなくてもいいよ
---wyh do we feel so alone anytime? 堪えることだけが勇気じゃない

(終わり)


あとがき

最近エロモノとかしか書いてなかったから、久々に書いてみたこの曲SS。アクアのALONESでした。
個人的にはBLEACHのOPになってから1週間以内で全部覚えてカラオケで熱唱してました。

今回は珍しく、鈴が主人公で、結果的には唯湖が理樹を奪うという展開。
だけど鈴は根が強い子だから、そのまま理樹を送り出す。
寂しさはあっただろうし、卒業までの間どんな顔をして二人をみていたんだろう。
そう思うとその辺を補完できるSSも書いてみたくなりました。

『劣等感との和解は簡単には叶わないさ 自意識のてっぺんに居座る鏡が写す花びら』
このフレーズがどことなく、自分を不良品だと言っていた初期の頃の唯湖さんに合いそうな感じが。
まぁ、自惚れですけどね。時流でした。

※恭介の誕生日が公式サイトになかったので、緑川光さん(中の人)の誕生日(5月2日)ってことにしています。
 墓地の名前も緑川共同墓地…ね、ちゃんと中の人も余さずネタにしますよぉ♪

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