翼があったらな、と思う。
でも、翼がないならないで、作ってみればいいし、なければ、飛び込んでみればいい。
この、抜けるような蒼をバックにして。


突発的曲SSもいきなり3本目とはね曲SS『DIVE TO BLUE』 music by L'Arc〜en〜Ciel

 「ねぇ。僕も、飛べるかな?」
「ふぇ?」
味気もあったもんじゃない補習授業の後、理樹と小毬、そして唯湖と葉留佳で屋上に上がる。
普段は立ち入り禁止のここも、相変わらず監視されることもなく、そして至って簡単に出ることが出来る。
日陰を見つけ、レジャーシートを広げ、お菓子とお茶を堪能するが、その日々もいい加減飽きてきた。
飽きた、というのには語弊がある。理樹とて一般的な男子なのだから、この美少女だらけの光景も悪くない。
ただ、朝から学校に出て補習を受けて、お菓子を食べて、練習をして。
そんな単調な毎日より、もっと新鮮さのある、挑戦する価値のあることにチャレンジしてみたい。
バカ正直にそう思っていたのだ。
そして冒頭に戻る。
「飛ぶって、人生を苦にしてか?早まるな少年。おねーさんが許さないぞ」
「いやそうじゃなくてさ…」
唯湖の発言はいつもどこまで本気なのか分からないけど、ちゃんと訂正しておく。
「ほら、鳥人間コンテストじゃないけどさ、飛んでみたいなって」
この青空を、自分の力で。
そういう理樹に小毬が共感する。
「そうだねー。飛べたらあのふわふわの雲まで手が届きそうだよー。綿菓子みたいな感じなのかな?」
「そ、そうだといいね」
「うんうん、可愛い発想だな、神北女史」
こくこくと頷く唯湖。もっぱら小毬の可愛らしい発想に共感して、だが。
「して、少年よ。成層圏に達するために必要な労力を知っているか?まずA=Pとして代入」
「いや数式はいいから」
こんなところでベルヌーイの定理を聞かされるのはうんざりだ。タダでさえ補習が数学だったのだから。
「成層圏まで行けなくていいんだ。地上10mでもいい。自分の力で羽ばたいてみたいんだ。この蒼を」
「そうか。それならあえて止めるまい」
と、唯湖は携帯を取り出し、何かを始める。
「な、何してるの?」
「もちろん非常呼集だ。こんな面白いイベント、みんなでやらん訳に行くまい」
「…」
かくして、リトルバスターズの面々が場所を移して理樹たちの教室に集合と相成った。


 「じゃ、真人、こっち持ってくれ」
「あいよ」
真人がニヤッと笑い、横断幕の片方を持ってダッシュ。
しかしここが教室ということを忘れていたのと、圧倒的な瞬発力で壁にぶつかる。
「今のは狙ったのか?真人少年」
「いや、あいつの場合は素だ」
というわけで真人が何事もなかったかのように立ち上がり、横断幕が広がる。
「第1回リトルバスターズ空への挑戦 リトルバスターズだらけの鳥人間コンテストはい拍手〜」
パチパチパチ。散発的な拍手があがる。
「ってことで理樹。お前の空を飛びたいという気持ち、よく分かったぞ。よって全面協力する。いいな、お前達!」
「おうよ。理樹、羽ばたけよ!」
「理樹、俺も協力するぞ。大丈夫、お前なら出来るさ」
旧友たちの暖かい言葉が理樹に浴びせられるが、どうも釈然としない。
何となく言ったことがこんなことになるなんて。
「まぁ、これも君の作ったチームの結束力が強すぎる結果だ。微笑ましく受け取るんだな」
「来ヶ谷さん、他人事みたいに…」
無理もない。飛ぶのはデフォルトで彼なのだから。
「さて、それじゃ早速設計図だ。設計班は俺と来ヶ谷、そして理樹。あと西園も欲しいな」
「えーと恭介さん?それって完璧な知能派引っこ抜きですよネ?」
葉留佳が自分が選ばれなかったことに食って掛かる。楽できると思ったのに。
「当たり前だ。空を飛ぶのは予想以上に大変なんだぞ?完璧が必要だ。理樹が怪我していいならお前も入れるがな」
「うっ…」
それだけはどうしても勘弁願うと言わんばかりに下がる。
「よし、決まりだな。製作班および資材調達班は残りのメンバーだ。謙吾、真人、指揮を頼むぞ」
「俺だけで十分だ。真人までリーダーはいいだろう」
その指摘にいち早く反論する恭介。
「どちらが偉いにしたらお前らすぐ揉めるだろ。どっちも指揮者だ。理樹を怪我させたくないならな」
「…分かった」
そう言われたら仕方ないと同じく引き下がる。
「理樹を設計班に選出した理由は、操縦者だからな。綿密なコックピットレイアウトの打ち合わせが大切だ」
「うぅっ」
というより、そんな大きな飛行機じゃ屋上だと滑走が出来そうにない。それは分かっているのだろうか。
しかし、少年のハートでやる気まんまんの恭介に水を差すのは悪いな、といつもの弱さで甘受してしまうのが情けないと思う理樹。
ただ何となく分かる。プラモデルでも作るかのように設計図を描く彼らが、本当に輝いている。
それなら、その結果を無駄にしたくない、してはいけない。それが言い出した本人の意地だと。
「恭介氏、レイアウト的にはもう2m下げても問題ないぞ。逆ガル式の羽根にしよう。米海軍のコルセアのように」
「いや俺は反対だ。キャノピーを涙滴型にして視界の確保に努めるべきだ。米陸軍のマスタングがいいだろう」
「陸軍のイモに戦闘機は任せられん」
「なら俺も着艦が危険な海軍機に理樹を載せたくはないな」
「えーっと、二人とも?」
完全に当初の目標を失念している二人を止める術は、理樹にはなかった。


 危険な戦闘機談義が終わる頃、設計図もある程度完成していた。
「早っ!」
「ま、ざっとこんなもんさ。どうだい理樹」
設計図には確かに完全な骨組みの一人乗り程度のグライダーがあった。
…コックピットに制服を着た福沢諭吉の肖像画と『諭吉10000メートル』と隅っこに書いてあるのは、唯湖の仕業だろう。
「後は上手く木製の合板と自転車が手に入ればOKだな」
「案外平和的に収まったね…」
さっきの戦闘機談義のときはどうなるかと心配したが取り越し苦労だったらしい。
「あと、こちらです」
といって美魚が差し出したのは、自転車の設計図。
「…原付のエンジンを搭載し、サドルと連動して速度が出るって…」
これ、公道で使ったら怒られるって…。
そのツッコミも無駄なくらい、恭介と唯湖が賛同していた。
「しかし発進位置はどうする?屋上ではスペースが限られている」
唯湖がここに来て最初に話し合うところに気付く。
…案外この人もバカなのかもしれない。
「なぁに。俺を見くびるな。カタパルトを作る」
「…マスドライバーじゃなくて、ですか?」
また恐ろしく一部の大きなお友達しか知らないような言葉が美魚の口から出てきた。
「まぁ似たようなもんだ。西園案を採用し、最初原付のエンジンで加速しカタパルトに載る」
「そして空中に上がったところでエンジンを脱落させ、後は理樹君の体力でこぎ続ける、といった感じか?」
「ご明察。それが一番安全な方法だ。後はどうやって搬入するかだな」
「現場組み立て式が一番安全でしょうね」
「それから…」
着々と進む作戦計画。こんなとき思う。
頼りになる仲間がいて、彼らが何でもしてくれる。
なら、自分はどうすればいい?と。

『ここまで来たら、飛ぶしかないよ』
誰かがそう、ささやいた。ここにいる誰かではなく、自分の中の誰かが。


 資材調達班に必要な資材の情報が飛ぶ。そしてすぐさまそれらが準備される。
「廃材置き場にもいろいろ眠ってるもんだぜ」
「原付エンジンはとりあえず調達しておいたが…恭介、本当に大丈夫なのか?」
「あぁ大丈夫。理樹ならやれるさ。俺たちは理樹を信じて、完璧なマシンを作る。それだけさ」
「…そうだな」
男たちが阿吽で同意する。彼らの結束は揺るがない。
かくして恭介監督の下、屋上で組み立て施工が開始された。
「作戦決行は明日、もしくは明後日。天候が目下飛行を許す限り必ず実行する。いいな?」
「りょーかいですっ。わふーっ、リキが空を飛ぶのが早くみたいですっ」
「能美女史、切るところ間違ってるぞ」
「わふーっ!?いきなりリキに死亡フラグなのですっ」
「冗談でも勘弁してよ…」
泣きたくなるのはご愛嬌。ただ理樹の体力でどこまで漕げるかは分からない。
それは恭介も分かっているようで。
「とりあえず無理はするな。危険と思ったら離脱しろ」
「…でも地面に落ちるだけだよ?」
「大丈夫死なせはしねぇよ。俺を信じろ」
何を根拠に。と言おうとして思いとどまる。
恭介は、いつだって自信があるからそう言う。自身のないことはきっぱり跳ね除けるからだ。
「(信じよう、恭介を)」
『翼の主』は、空を見上げる。
成層圏までは飛べなくても、仲間達の手でこの空に羽ばたける。
その瞬間が、今はたまらなく楽しみだから。


 かくして翌日昼過ぎに、来ヶ谷唯湖命名『諭吉10000m急浮上』初号機が完成した。
飛行機にはブルーシートが掛けられ、そして後はカタパルトの組み立て。それもたちまち完了する。
風速は5mで追い風。これならいける。
理樹は大きく深呼吸する。この世で吸う最後の空気になるかもしれない。
やっぱり不安は尽きない。だけど。
背中を押してくれる仲間達がいる。自分のバカな発想に付き合ってくれる仲間達がいる。
飛べる。飛べなくても、死ぬことはない。
そう信じ、コックピットに搭乗し、出撃しようとしたとき。
「貴様らぁ!」
「貴方達、風紀に反する行動を今すぐおやめなさい!」
さすがに屋上に突然カタパルトが現れたら教師もすぐに勘付くはずだ。
「よっと」
飛び掛る連中を一人ずつ撃退する恭介たち。
「恭介っ!みんなっ!」
「何してやがる早く行け!」
「だって!こんなの!」
そう言って止めようとする理樹に、恭介は白い歯を見せる。
「だってよ、観客は多いほうがいいだろ?それが俺たちを縛り付ける教師なら、なおさら滑稽だしな!」
「うむ、全面的に同意だ。よって少年、さっさと飛べ。さもないと死」
「…うんっ!」
みんな、ありがとう。
こんな僕の仲間でいてくれて、ありがとう。

テイクオフ。全力でこぎ続け、そして予定通りカタパルトの溝にタイヤを入れる。そして渾身の力を込めた急発進。
「みてっ!理樹くんが飛んでるっ!」
「リキっ、ファイトです」
エンジン脱落。そして身軽になったグライダーを必死でこぎ続ける。
だけど所詮理樹程度の体力でそう長く飛行できるわけがない。たちまちストール(失速)し、体勢を崩す理樹機。
「…」
だけど、みんなが見てる前で、失敗は出来ないから。
そのとき、集中力が上がり、僅かながら宙に浮く。自力で空を飛べた証だ。
そして力尽き、羽根が折れ、プロペラが吹き飛ぶ。
だけど、翼という鎧を脱ぎ捨て身軽になった自転車はそのまま緩やかに校庭に着地。
次の瞬間、自転車側面についていた謎の箱からエアバッグが飛び出す。その上に倒れ、無傷の理樹。
「…恭介」
そっか、だから大丈夫だったんだ。

 膝下の境界線を飛び越え、深い蒼に飲み込まれ、そしてここにいる。
「ありがとう、みんな」
羽根はなくしたけど、空は飛べた。これは、リトルバスターズの勝利だ。



 もちろん教師達にはこっぴどく叱られた。だがその誰もが反省の色を見せなかった。
「またやりたいね♪」
「うむ。またやりたい」
「理樹、怪我はないか?」
反省の色などない小毬と唯湖。心配して駆け寄ってくる鈴。
「大丈夫。みんな、ありがとう」
「何水臭いこと言ってんだよ。仲間だろ?俺たち」
あぁ、そうだ。
この人たちはこんな単純だから、優しいんだ。
「また、飛びたいなぁ。いつか。今度はみんなで」
「集団自殺なら勘弁です」
最後に全員の感動に止めを刺す美魚の言葉で、その日は解散となった。


----どこまでも果てなく 夜空を纏い 新しい世界を探そう
   会いたくて 会えなくて 揺れ惑うけれど 目覚めた翼は消せない----

(終わり)


あとがき。
まさかL'Arc〜en〜Cielとは自分でも予想外でした。
個人的には鳥人間コンテストに出てみたいなと思いながら中々そんなチャンスに恵まれません。
ってことでそんな夢を理樹くんに重ねてみたわけなのですが、理樹くんだったらもっとスマートに飛べそうで、
たぶん不器用な発進になるんだろうな。

だって、その愛情が不器用だから。

でも少なくともTH2の貴明に比べたらむしろ逞しいヘタレだなぁ、なんて思ってみたりする最近の時流でした。

【戻る】