「ねぇねぇ佳奈多」
「何よ」
「ほら、見てコレ」
手には、ビデオカメラの箱。
「…」
静かに、ぐーぱんちをいただきました。ぐすん。


SONYのビデオカメラを宣伝したいわけじゃありません曲SS『毎日がスペシャル♪』 music by 竹内まりや


 「はぁ…パパ、こんな高い買い物、私に相談しないで勝手にしちゃって。返品してきなさい」
こめかみを軽く押さえて『疲れるわこのパパは』とため息を吐いてまた家事に戻ろうとする妊娠7ヶ月目のママ。
でも今更返品なんてできるわけないし、そんなの僕の正義に反する!
「でもだって、SONYだよ?」
「コンビニの次はSONYなの?」
またため息。年取るよ?
「誰のせいよ誰の。まったく。妻である私に相談しないで、どーせ10万くらいしたんでしょ?」
「ううん。ポイント使えないから現金値引きしてもらった。えっへん」
「でもバッテリーとかで結局はポイントありで買ったほうがお買い得だった、ってオチでしょ」
「う」
全部見破られてるようです、さすが僕の奥さんだ。
そんなこと言いながらも、一度はソファーから立ち上がったその身重の体をもう一度預けてくれる。
やっぱりビデオカメラには興味津々のようだ。
「佳奈多は、小さい頃、ビデオって撮ってもらったことある?」
「…そう言われればないわね」
そんなこと言いながら、まるで小さな男の子を見守るように、僕が箱を開けるのを見つめる。
「ねぇ、恥ずかしいよ」
「何を言うんだか。もう暫くしたら、相手してもらえなくなるのよ?」
「うー」
それはイヤだなぁ。なんて思いながら、クリスマスプレゼントの包装を剥がすように、ちょっと雑ながら箱を開ける。
「こら、そんなお行儀悪いことしないの。子供が真似したらどうするの?」
「それは大丈夫じゃないかなぁ。きっと佳奈多に似ると思うし」
「だといいんだけどね。それなら安心だし」
「うー」
つくづく、夫として、父としての威厳はないんだなぁ。と
「で、誰が接客してくれたの?」
「ほら、PCの新人の倉岡くんっていたでしょ?彼」
「へぇ、あの口下手クラッチに?」
口下手クラッチとは、言うまでも無く倉岡くんのあだ名だ。売り逃す理由の大半が余計なことを言ったり、言葉足らずで
意志の疎通が出来ずご検討になる例が多いことから。
「まさか、自分の部下だからって最初から買うつもりで教育と称して対応をさせたんじゃない?」
「うっ」
「最後まで買うという踏ん切りがつかなくて、それで部下をダシにして買うなんて、最低ね」
「うぅっ」
もう、本当に返品したほうがいいのかなぁ?
なんて考えてると。
「もう、バカね」
目の前には、柔らかいお母さん笑顔の佳奈多。
「怒らないの?」
「えぇ。私も欲しいと思ってたしね。それに」
これからの私たちには、絶対必要なものだから。まるで僕を子ども扱いするように、僕の頬を指でなぞる。
「どちらにしても近々、私から切り出そうと思ってたの。ビデオカメラか一眼レフ、買おうって」
「そうだったんだ…」
それなら、佳奈多の意見も聞きながら選ぶべきだった。
このビデオカメラはちょっと大きくて、彼女の手には大きく重い。
男の僕ならこんなの大したことが無いんだけど、やっぱり今は昔と違って父親だけじゃなく母親も使えるカメラが必要だ。
実際僕が仕事に行っている間、子どもと一番長い時間を過ごすのは佳奈多なんだから、当然ビデオカメラを持って公園に行ったり、
可愛い寝顔を撮影したり、それが億劫になる大きさじゃないか、なんて心配していると。
「これ、結構人気みたいだし、在庫少なかったんじゃない?」
「へぇ。知ってるんだ」
彼女は何でも知っている。さすがレジにいただけあって、どんな商品が出るのかという傾向も暗記してたのだろう。
「私もね、ちょっと大きくても、高性能なものがいいって思ってた。どうせそうそう買い換えるものじゃないし」
似たもの同士ね、私たち。
やっぱり、この人にだけは敵わないし、逆らえそうに無い。
くやしいのう、くやしいのうwwwww

 なんてバカ言っているうちに、ビデオカメラの開封が終わる。
さっそく付属のバッテリーを装着し、電源を入れる。最初の時間設定を終えると、画面が立ち上がってきた。
「あ、ママ、映ったよ!ほら!」
「どれどれ」
しかし、見る前にプツン、と切れる。
「あれ?」
「あら」
「初期不良かなぁ…クラッチ、後で死刑ね」
「…パパ」
カメラを僕から取り上げると、DCケーブルとACアダプターを繋ぎ。
「初期出荷段階では危険防止のために1/3にバッテリーを減らしてるって、部下に教えてるのはどこのフロア長さんよ?」
「…あ」
我ながら恥ずかしい。部下に教えてること何一つ出来てないじゃないか。
「はぁ…この子もあなたに似てとんでもないドジっこになるのかしら。コンビニに没頭しなきゃいいけど」
「ドジとコンビニは関係ないよ」
「至極正論だけど説得力が無いわよ」
「えー」
ではどうしろと。
そんなことを思いながら、僕はもう一度ディスプレイを開く。いい具合に画面が立ち上がってきた。
「やっぱりいいなー」
「ちょっとパパ、私にも触らせて」
「壊さない?」
「壊さないわよバカ」
生まれてくる僕たちの赤ちゃんへ。お父さんには威厳がありません。ヘタレですんません。
だからお父さんには期待しないで下さい。だからってママと一緒になって安月給のヘタレ野郎!とか責めないでね♪
半ば強引にビデオカメラを奪われて、なんかそんな疎外感を感じる僕に、佳奈多が構えるビデオカメラのレンズが向く。
「ね。パパ」
「ん?」
「その、笑って?」
「えー」
「笑いなさい」
「あーい」
夫婦漫才みたいなノリツッコミ?がちょっとあって、笑うことを強要される僕。
思いっきり作り笑顔してみると、佳奈多が怪訝そうな顔をする。
「ねぇパパ。普段こんな感じで対応してるの?」
「うん」
「……お客さんが怖がるわよ。特に子どもに泣かれたことない?」
はい、あります。ごめんなさい。
「…この子を泣かしたら、パパの笑顔は生涯禁止。笑うことも泣くことも出来なくしてやるわ」
「真実味があって怖いんですが」
「なんですって?(にっこり)」
ねぇ、まだ見ぬ僕らの赤ちゃん。
こんなパパのために、泣いてくれますか?イヤ待て、泣かれたら佳奈多に殺されるわけで。
「殺さないわよ」
「読心術?」
「?」
自覚は無いようです。怖いなぁ。


 でも佳奈多も何だかんだで気に入ってくれたのか、シャッターを押してみたり、動画を撮ったりしてる。
「やっぱり、一家に一台ね」
「そーかな」
「買った張本人が何言ってるのよ」
中々鋭い。うーん、威厳ないなぁ。
「小さい頃ね」
「ん?」
佳奈多のほうから、ビデオカメラのディスプレイを見ながら切り出す。
「小さい頃、ビデオ撮ってもらったことないって言ったでしょ?」
「うん」
ディスプレイを見つめる彼女の顔が歪んだ気がした。
「いつか、話したでしょ?私の家のこと」
「…」
佳奈多の妊娠が発覚してから暫くしたある日の夜。
妊娠の報告をしにいこうと、僕がしつこく言って、僕と佳奈多は、初めての夫婦喧嘩をした。
何も知らないくせに。
あぁ、何も知らないよ!
なら関わらないでよ!
なんでだよっ!
そんな子どもみたいな言い争い。そのあと冷静を取り戻した僕らは、向かい合って、改めてお互いについて話し始めたのだ。
…我ながら情けない。妻としてもらっておきながら、妻のことを何も知らない最低の夫。
ウェディングドレスもまだ着せていない、籍だけ入れただけの夫婦。そのくせ、妻の全てを知った気でいる僕に嫌気が差した。
だけど、佳奈多はちゃんと話してくれた。
妙なお家騒動に葉留佳さんと佳奈多は巻き込まれ、お互いを憎しみ合うように育てられたこと。
欲にまみれた大人たちのせいで、だ。
僕とは違うベクトルの、そんな悲しい世界に生きてきた彼女。その話を思い出す。
「…だから、撮ってもらえたわけが無い。写真ですらあまり残ってないのに」
「…」
「だからね、この子にはいっぱい残してあげたいの。成長記録だけじゃない、一瞬一瞬の笑顔を」
「…」
母親としての自覚。
やっぱり産む人は強いや。僕なんて、きっと明日佳奈多に陣痛が始まってもオロオロするだけで何も出来ないに違いない。
案外救急車と思って必死で時報に電話したり、近くのファミマに電話してみたり。
そうしてるうちに佳奈多が自分でタクシー呼んで自分で病院行っちゃう的展開なんて絶対見たくない。
僕も、もう少ししっかりしなきゃなぁ。なんて思いながら、思いつく。
「ね、佳奈多」
「何よ」
「…実は、これも買ったんだ」
「…普通純正品の三脚まで買う?リモコンなんてそうそう使わないじゃない」
「まぁまぁ」
言いながら、三脚にビデオカメラを乗っける。
そして、佳奈多の隣に座り、ビデオカメラのリモコンをいじる。
「何する気よ」
「まぁ、見てて」
あーあー、テストテスト。
「バカじゃないの?」
「そんなこと言っちゃダメだよ。ビデオレターなんだから」
「誰に?」
「それは」

---それは、将来、この子が大きくなったとき、同じように歳をとった、僕たちへの、メッセージ---

 「えーと、コホン。10年後の僕へ」
10年後の僕へ。
君は、相変わらず威厳の無い父親として、バカやってますか?
ママに怒られ、子どもには遊んでもらえず、寂しく紙飛行機なんか作って部屋の隅っこで飛ばして遊んでいたって、
子どもといっしょにスポーツに励んでいたって、どっちだっていい。
子どもと奥さんを、泣かすようなことはしてませんか?
仕事にかまけて、それを理由に家庭をないがしろにしてませんか?
ねぇ、10年後の僕。
ううん、見るのが10年より後だっていい。
誰もがみんなちょっとずつ歳をとっていく。いつかは子どもに看取られながら死んでいくんだ。
だけど、そのときちゃんと胸張っていてね。
僕は、こんな素敵な家族を守ってきた、素敵なパパなんだ、ってね。

ピッ。
電子音が凄く大きく響いた気がした。
「…どう?」
「…どうって…ぷくくっ…」
「なんで笑うのさ。それも半べそで」
ちょっと目を潤ませながら笑う、可愛い可愛い僕の奥さん。
「いちいち台詞が臭いのよ。もっと、こう、笑える、ネタないの?」
「泣きながら言っても説得力ないよ」
じゃ、佳奈多がお手本見せてよ。
そういうと彼女は、僕からリモコンを掻っ攫うと、姿勢をただし、そして、お腹を撫でながら、録画のボタンを押した。


 「えーと。まだ見ぬ私たちの赤ちゃんへ」
まだ見ぬ私たちの赤ちゃんへ。
パパとママは、あなたが生まれてくる日を本当に楽しみに待っています。
そして将来、成長してこれを見るあなたは、何を思うかな?
頼りないパパに失望したときにママから見せられるのかしら。
ちょっと厳しくて勉強しなさい勉強しなさいと五月蝿いママに嫌気が差してパパに泣きついたとき、見せられるのかしら。
でも、忘れないで。
あなたは、どんな時だって独りじゃなかった。
お腹にいるときから、こんなヘンテコだけど誰よりも優しいパパと、とっても優しいママに包まれて。
生まれてきてから出会ったでしょ?たくさんの人、たくさんの友達。
その誰もがあなたを大きくしてくれたでしょ?それだけで、あなたは独りじゃない。
だから、あなたはどんな姿でもいい、どんな性格でもいい。
何も気にせず、元気に、ただうるさいくらい元気に生まれてきてください。
まだ見ぬ私たちの赤ちゃんへ。
パパとママは、あなたに会える日を楽しみにしています。


ピッ。
電子音が大きく響くのは仕様なんだろう。
「佳奈多」
「理樹…」
お腹を撫でてあげると、僕の首に手を回してくる。
「ねぇ…」
「ん?」
優しい笑顔。再会した頃や学生時代には絶対見せてくれなかった顔だ。
「私、今が一番幸せ」
「じゃこれからは?」
「先のことは分からないもの。まぁ、幸せに変わりはないと思うけど」
違うよ、佳奈多。
抱き締めてキスしながら、可愛いママに一言。
「毎日がスペシャル♪」
「…えぇ、毎日がスペシャル、ね♪」
カウンターキス。実はこのときばれない様に録画ボタンを押していたけど、結局それがバレて、お小遣いが減らされたのはまた別の話。


 おまけ。

「ねぇ、パパ」
8ヶ月目に入ったある日、佳奈多が笑顔で近づいてきた。
「疲れたでしょ?お茶飲む?」
「あ、いいよ」
さっき帰りにコーラ飲んだばかりだから。
そう告げると、まーまーいいから、と僕を強引に椅子に座らせる。
「いいお茶菓子が手に入ったんだけど、ほら、私お茶飲めないでしょ?妊娠中はカフェイン摂取は禁物だしね」
「そうだね。でも僕もいいよ」
「いーから飲みなさいっ!」
「うー」
よく分からないけど、身の危険を感じ、お茶を飲む。
そして出されたお茶菓子を味わう。うん、コレ結構いける。
箱を見ると…オランダ語かな?いや、国旗のマークがオランダだったから。
オランダとフランスの区別くらいできるんだよ?えっへん。
すると、佳奈多は『食べたわね、食べたわね』と一言。
「ねぇ、佳奈多。何かあった?」
「う。べ、べべべ別に」
妖しい。佳奈多がこんなに取り乱すわけが無い。
逆を言うと嘘をつくことが凄く苦手な奥さんだから。
だから言ってあげたんだ。何も隠さないでいいよ。僕は怒らないし、どんなことがあってもママを愛しぬくからね。って。
それに安心したのか、佳奈多はテーブルの上に何かを置いた。

…それは、先日買ったばかりのビデオカメラの、残骸でした。
…ベランダから落として壊しちゃったらしい。
…結局両親の遺影に頭を下げて、両親の遺産からちょっと使ってビデオカメラを新調したのは別の話。
ただ、お小遣い減少は解決されなかったとさ。あれ、僕だけ損してない?


あとがき。

相坂はムービー担当じゃありませんが(白物家電→PCヘルプ→白物家電)、ムービーは大好きです。
今回はSONYの現行機種、HDR-XR500VSをイメージしながら書きましたが、商品の特徴まで書いたらくどい、と思い、
とりあえず会社名出すだけで終わりという展開。
相坂自身はSONYよりCanon派なんだけどね。うん。

今回は『空のマニ車』の後日談的なお話。
お腹が大きくなっていく佳奈多さん。家族の温かさ、自分達みたいな経験はさせたくないという愛情。
その中で、ビデオカメラを通じて10年後の我が子と自分達へのメッセージを送る2人の姿。
出産までは描く勇気ないなぁ。あたしも立ち会ったことあるけど、あの声にならない声を文章化する勇気と技量が無い…。
それは、また追々チャンスがあれば、ね。もしかしたら近々相坂がお母さんになっちゃうかも…ってそれはないか。
ってことで、相坂でした。毎日がスペシャル♪

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