いつの日か行きたい場所がある。
それは、キミが大丈夫だと心から微笑んでくれるところ。
それは私の隣?それとも、争いのない世界?
どちらにせよ、それはまだ見えてこない。
気長にキミと待ってみよう。探してみよう。
それが、今のところの私の夢、かな。


頭を刺激されてふと思いついたことを書いてみた曲SS『I wanna go to a place』 music by Riefu

 「ん…」
「唯湖さん…」
寮の唯湖の部屋で過ごすのが当たり前になりつつある最近の二人。
夜は会えないから昼間にいっぱい抱きしめあい、触りあい、そして愛し合う。
ケダモノでもなければ理性を持った動物でもない、人間特有の愛し方。
その心地よさが今の唯湖には心地よい。だから、そのゆりかごの中でもっと愛されたいと願ってしまう。
そんな彼が唯湖を抱きしめながらささやく。
「秋だからさ、こんなところでグータラしてないで」
「こんなところで悪かったな。これから出入り禁止にするぞ」
「いやそういう意味じゃなくて。それ困るよ」
本当に困った顔で笑う理樹を微笑ましく見つめながら、その髪を撫でる。
「心配しなくてもいいよ。私のほうがどうやらキミを捨てられないようだから」
「うん。それで話の続きなんだけどさ」

 理樹が提案したのは、ハイキング。
そして、目的地は。
「本来なら、僕らが死んでいたかもしれない場所。僕が、全てをなくしたかもしれない場所」
「…」
唯湖は返事に躊躇した。
本当なら、バスの転落で意識を失い、爆発で四肢を飛ばされ、地獄の業火で骨まで焼き尽くされた場所。
理樹が勇気を示さなかった場合、自分の墓標が立つはずだった場所。
複雑な気持ちだ。今があるから過去にIFは禁物としても、そこに行くことに躊躇がないといえば嘘になる。
「もう少し、平和な場所に行かないか?お詫びとして移動費やら一切は私が負担するぞ」
「ううん。見ておきたいんだ。元気になった唯湖さんと。これからのスタートラインとして」
「…」
あの場所に戻れば、このせっかく二人が結ばれた世界が、壊れてしまうのではないか。
それだけが怖かった。それを察したのか理樹が抱きしめる。
「大丈夫。もう今度は、絶対忘れない。忘れさせないよ。必ず、ね」
「…信じてるからな」
抱き締め返す。そして祈る。
この世界が夢ではないようにと。この世界が真実の世界でありますように、と。


 その山道につくまでに、彼らは電車を乗り継ぎ、そしてバスの駅を目指す。一日3本しかバスがない、寂れた山道。
「今なら引き返せるぞ」
「ううん。進む」
「…」
唯湖は普段の服装からは想像の付かない、山歩き用の格好。
そのリュックに何が入っているか、理樹も知らない。
そんな彼女が一番に怖がっている。だから、理樹は今一度手を強く握る。
「理樹君…」
「僕がいるから」
「…あぁ」
もう一度しっかり前を見据え、歩き出す。
やがて見えてくる開けた道路。
いや、開けているわけではない。ガードレールが千切れてなくなっているだけだ。
「…ここから、バスが」
「…そうだね」
真下に広がるのは、まだ多少生々しい爆発の跡。
結局あの事故で命に関わる怪我をした『生徒』はいなかった。
…ドライバーのおじさんは、ついに最期まで救出できなかった。
運転席が完全に潰れていて、器具なしでは救出なんて不可能だったから。
「…運転手さんを、僕は死なせたんだ。みんなの命と、引き換えに」
「家族もいただろうね。僕は、そんな彼の家族から、お父さん、そして旦那さんを奪ってしまったんだ…」
足元に広がる爆発のクレーターと焦げた地面を見据えながら、微動だにしない理樹。
そんな彼を後ろから抱き締める唯湖。
「唯湖さん?」
「いいじゃないか…そのおかげで私達がここにいられる。将来を誓い合えている」
「…うん」
そしてさらに密着し、理樹の背中に頬擦りしながら言う。
「その消えた命の代わりに、私がたくさん子どもを産む。それでいいじゃないか。それが生きているものの矜持だ」
「…」
相変わらず可愛いけど優しい、的確な言葉で理樹を慰める愛しい人。
そんな彼女に応えたいから。だから先を急ぐ。
「理樹君?」
「この先に降りる道があるんだ。下調べしておいたから」
「…」
行くのか。といいながら引き止める勇気はない。理樹に委ねよう。
そうして降りていく。約束の場所。そこを目指して。


 多くの生徒が横たえられていた広い場所。理樹と鈴だけで多くの生徒をここまで運んできた。
唯湖は自分が横たえられていた場所にしゃがみ、その土を手に救う。
「覚えているよ。この場所。花が咲いてた。ちょうど、この花が」
「…」
理樹は誇りに思っている。大切な人の命を救えたことを。
戦争映画やドキュメンタリーで、ヒロインや苦境にある人を救うヒーローはたくさんいても、現実では難しいものだ。
結果として見殺しにしなければならないという苦境に立ったとき、理樹は迷わず立ち向かった。
だから、声高にそれを自慢しようとしない理樹を『スカした奴』だと揶揄する輩もいた。
しかし結果としてそれでいいのかもしれない。極限状況で勇気を示したことは、胸を張っていい。
だけどそれは理樹にとってはあくまで大切な人を救うプロセスの中で発生した出来事に過ぎない。
今、隣を歩いてくれている、その人を守るための。
「理樹君は、私が生きていると信じていたか?」
「もちろん。あの身体能力だもん。生きていると思ってた。案の定、小毬さんを庇って気絶してた」
唯湖は小毬を庇うように抱き締め、そして車外に放り出されていた。
だから、小毬を抱き締めたまま一緒に運んだ。無意識に離そうとしないのだから。
幸い小毬が軽かったおかげで思ったより楽に運び出すことに成功したのは言うまでもない。
「恥ずかしいじゃないか。だが感謝している。これだけでも、愛している理由になるだろう?」
「充分ね」
そうして手を繋ぎなおすと、さらに奥を目指す。最後の目的地。爆心地へ。


 そこは気持ち悪いくらい静寂を保っていた。
爆発の後を示すものは焦げた土と爆風で折れた樹木くらいしかない。
当初は車両の破片が樹木に突き刺さり、ドライバーの遺体が爆散し、凄惨な光景だったという。
爆心地で手を合わせる。そして祈る。
「ごめんなさい。そして約束します。隣にいる人、唯湖さんと幸せになることを」
「安らかにお眠りください」
そう言って唯湖はリュックから日本酒を取り出す。
「そんなもの入れてたの!?」
「当たり前だ。日本のお参りには酒が基本だぞ」
「…」
そんな基本は知らないがどこから仕入れたのやら。
そんな彼を無視するが如く、酒をそのあたりに撒く。
「本当なら、私もこうやって清められていたのかもな」
「…そうはさせないよ。絶対」
「…もしもの話だぞ?」
分かってる。そういいながら、そこにブルーシートを敷く。
「理樹君も持ってきていたのか。私だけだと思っていた。
「うん。だって、きっと足りないから」
「足りない?」
何を言うのだろう。この場所には今二人しか…。
言いかけて気付く。

 「よう。お前らだけで楽しそうなことやってんじゃねーか」
「…恭介氏。どういうことだ」
みると、そこにはリトルバスターズの面々が。
「そりゃ決まってるだろ。もう二度と来ることがない場所だ。最後くらい拝んでおきたくてな」
「二度と?」
そこで真実を知る。
凄惨な事故の現場であるにもかかわらず、今度この周辺が採石場となるため、埋め立てられることを。
「結局ニュースを一時期騒がせただけの場所だからな。保存運動なんて聞かないさ」
「幻の、リトルバスターズ終焉の地になるはずだったのにネ。あらこれは失言」
理樹があくまで行きたがっていた理由が分かった気がした。
だから、みんなにこっそり情報を教えていたことも。
「ってことなんだ。だから、今日はみんなで過ごそう?」
「…断れるわけないじゃないか。いいだろう。過ごしてやる」
「そう来なくちゃな!」
荷物持ちの真人が運んできたモノを全部下ろす。
「お菓子やら何やらで苦労したぜ…もっと量減らせよ、小毬先生よぉ」
「えへへ〜。ごめんね〜」
まったく反省をしていないように見えるのは、つっこまないでおこう。
「どうやってここに?」
「あぁ、車さ。例の如くワゴンだ。帰りはお前達も乗せてやるぜ」
「…うん。修学旅行の続きみたいだね」
そう言ってもう一度この地から見た空を仰ぐ。
多くの偶然が重なって僕らは生きている。
だから、その偶然がいつか必然だったと思えるような人生にしよう。
願わくば、誰よりも愛しい、唯湖さんと共に。


---そしてもっと探して 目の前に気付いて 明日はきっと風向きも変わるように
   風がそっとささやく 『うごめくのはこの大地』 迷わないで 優しさ見えてくるように---

ひらひらと、どこからともなく舞い降りてきた紅葉。
散り始めの葉を拾い、思う。もうすぐ肌を刺す風が吹き荒ぶ季節になると。
「今年は、あったかいかな」
秋風に乗せる言葉は、ゆっくり、静かに、思い出の眠る焦げた地面に吸い込まれていった。
(終わり)


あとがき

思わず書いた。今は反省している。
安らぎとは程遠い、本来なら悲劇の舞台となった場所。
そこに行く理由は、過去の思い出との決別。
こうして理樹君はまた一つ、大きくなった。
さぁ、そろそろクリスマス編になりそうだけど、時期的にまだ早いかな?
ってことで時流でした。

【戻る】