ただ生を渇望し、死を恐れる。
それだけで生きている気がしてた。
だけど、あの子たちは、ソレすらも乗り越えている。
まるで、死という前提を置いているかのように。
…あながち間違いじゃないかもしれない。この乱世においては、だが。


思わず書いてしまいました真・恋姫†無双な曲SS『ライオン』 music by 中島愛


 目の前で大勢が死んでいく。
矢を受け、血を噴き出し地に伏す者。
刃に切り倒され、肉と骨を絶たれ、それでもなお勇猛に突進し、大勢を巻き添えに死ぬもの。
首も、その上の鼻や眼球や耳、腕や足や指、それらが砕かれ、切り裂かれ、転がる。
…後で、野良犬や鳥に貪り食われてしまうのだろう。
「…」
彼、北郷一刀もまた、そんな戦いの中に身を投じる一人。

 いつから、こんな風になったんだろう。
光に包まれて、目が覚めて、周りは今までと明らかに異なる世界。
三国志の時代、というのは頭では分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
…目の前の、肉塊になったモノを見るまでは。
「死ねェ!」
振り下ろされる凶刃。茫然自失の彼に、受け止める力はない。
「あぁもう世話が焼けるわね!」
そこに、横から銀の刃が一閃。敵の首が飛ばされる。
「ヒッ!」
「一刀、勝手に前線に出ちゃダメ。まったく。さぁて、お遊びはここまでかしらね」
彼を優しく諌めた女は、その視線を、眼前の敵に据えると、まるで熱に浮かされた病者のようにゆらり、ゆらりと
敵に迫る。巻き起こる血飛沫。血霞。彼女の行く手を遮るものは、尽く殺し尽くされる。
勝ち鬨があがり、戦の終わりが告げられる頃、一刀は、未だに立ち尽くしたまま、微動だにしなかった。

 「一刀っ♪」
「…」
戦いの後、敵もこれ以上の攻勢が出来ないと判断し陣を払い撤収した一刀たち。
屋敷の木の下、触れる温かい手。振り返ると、そこには。
「雪連…」
「身体、冷えるわよ?」
「…俺の世界じゃ、バカは風邪引かないって言葉があるんだよ」
「…ふぅん。不思議ね。生きている限り誰でも病魔は迫るでしょうに」
そうか、と思いなおす。
この世界にはまだ病原菌という概念もなければ、病気とは天罰の一種だと信じられていた時代だ、と。
「(確かに、この人にはそういうの無縁みたいだもんな。天に愛されてるというか、何と言うか)」
その天に愛されている女、孫策伯符---真名を雪連という---は、不思議そうに首をかしげた。
吸い込まれてしまいそうな瞳、優しげな声。
それだけ見れば、とても美しく、そばにいてくれる事だけでも、何も分からない彼には心強かった。
右も左も分からないこの大陸における生き方、活路の見出し方。
それを教えてくれる優しい人、だというのに。

 「(彼女も、笑いながら人を殺せてしまうんだ…)」
無表情に、時には愉しむように。
今日も一刀の目の前、多くの人だったモノが、肉の塊に変えられた、
痛かっただろう。まだ生きたかっただろう。
それはこの乱世の世界には通じない発想だということは本能が分かっていた。
だからこそ許せなかった。雪連がではない。そんな彼らを弔う心の余裕がなかった、自分が。
「…」
だから、頬に当てられた手がイヤだ。
今にも血の臭いが香ってきそうで。彼らの無念が、伝わってきそうで。
「ねぇ一刀。今日はどうしてあんなところにいたの?」
「…」
なぜ、って言われても困る。
阿鼻叫喚の中、気が付いたらあの場所にいた。
指揮を執るでもなく、かといって剣を振るうでもなく。
途中、天の御遣いたる彼を守ろうと、大勢の兵士が身代りになって斬られた。
斬っては斬り返し、また斬る。
そんなところで死ななかった自分が妙に嘘っぽく感じたのも事実だ。
それだけ、麻痺している。そんな話。
「冥琳も祭も心配してたのよ?北郷がいない、北郷がいないってね」
面白かったのだろう。思い出して含み笑い。
確かにあの周公謹の慌てぶりなんて、中々見れるものではない。
それだけ心配してくれていたのだろうか、なんて自惚れられる精神状態でないのは、雪連もわかっているくせに。
「…雪連はさ、辛くない?殺すの」
「辛くないって…」
言葉につまり、考え、言葉を紡ぐ。
「確かに辛くないかって言われたら即答しかねるわ。今までそんな質問を浴びせた人間はいなかったもの」
それはそうだ。殺すことで生き残る。そんな時代なのだから。
「だけど大切なものを守るために剣を振るう、誰もが幸せな笑顔を浮かべられる孫呉を作る。そのためには死んでもらうしかないの」
目の前にある、下郎風情には。
言っていることは至極当然だが、色がない。
その言葉を笑顔で紡げる雪連は、正直に凄いと思う一刀。
逆に、浴びせられる質問。
「一刀には、そんな発想とかなかったの?第一、一刀のいた天の世界って軍隊はあるの?」
「…公式には軍隊じゃないけど、あるよ。戦争をするための組織」
自衛隊。専守防衛の軍隊。
守るために戦う。それは、かつての侵略戦争を反省しての事だ。
教師が顔を真っ赤にして語ったのを覚えている。あの戦いは、侵略じゃなかった。そう言い切った一刀に対して。

 でも今現に目の前で侵略している国と、これから統一に向けて侵略を開始する君主とがいる。
そこには己の正義に突き動かされた飽くことのない殺し合いが待っているのみ。
平和を守ることが、綺麗事では収まらない。その現実を突きつけながら。
「…専守防衛って言ってさ。相手が攻めてこなきゃ戦えないんだ。だから、軍隊じゃない。凄い技術をたくさん持ってるけどね」
「それこそ宝の持ち腐れよ。どんな綺麗事やお題目を口にしたって、最後は殺さなきゃ、滅ぼさなきゃ自分達が同じ目に遭うわ」
一度国を失った人間の言う言葉は重い。そして、鋭い。
これ以上は、何を言っても、何を問いただしても、無駄なことだろう。
重い腰を上げると、入れ替わるように雪連が腰掛ける。そして、手を引っ張られる。
「ドコに行くつもり?」
「どこって…」
当てもないし、部屋に戻るくらいか。
それが許されないようだ。
「いいじゃない。少し夜風に当たりましょ?」
「…身体、冷えるぞ?」
「あら心配してくれてるの?でも大丈夫。まだ一刀との子どもはお腹にいないから」
「そういう問題じゃなくて!」
そこで雪連のあられもない姿を勝手に想像して、勝手に紅くなりうつむく一刀。覗き込むのは、してやったり、という笑顔の雪連。
「やっと、元気な声聞かせてくれたね。嬉しい。どんなカタチでも、ね」
やっぱり、敵わない。
腰掛けて見上げる空は、満面の天の川。


 星が、とても綺麗で、そしてとても静か。
「天の世界でも、星は見えるの?」
「…ううん。あまり見えない。建物が森や林のように立っててさ、空すらもまともに見えないんだ」
「難儀ね…発達すると、そういうハメになるのね」
大事にしたいわ、この孫呉の空を。
真剣なまなざしの横顔にドキッとする。心臓が早鐘のように鳴るのを隠しながら続ける。
「でも勿論自然は残ってるよ?だからそこからは空も綺麗に見えるんだ。もっとも」
電線ばかりで綺麗に見えないことも多いけどね。
言いかかって止めた。この世界には電気なんてまだない。
話したら、またその方法を教えてくれ、と来るだろう。
「もっとも?」
「高いところでも障害物はあるからね」
「ふぅん…」
もっと深い事情があるのだろうと、あえて聞かない彼女。
「雪連は、星は好き?」
「好きってほどじゃないかな。ただ、思うの」
こんな時代に、殺しあっている人間達の上で、ここまで輝く星達が、残酷なほどに美しくて。
「いつか、あの星を叱りに行きたいわ」
「…死者を祝福してる、って発想はダメかな?」
「ダメよ。祝福なんかされたら殺した意味がないもの」
よく分からないや。心の中で整理して、こっそり教えてやる。
「…俺たちの世界では、あの星まで行く方法があるんだよ」
「えー!それホントなの?」
「うん。ロケットっていう乗り物なんだ」
「ろけっと?」
地面に、木の枝で書いてみる。
「こんなのに人間が乗って、打ち上げ台から発射するんだ。凄い勢いで宇宙に行ける乗り物」
「うちゅう?」
そうか、この世界にはまだ宇宙という概念がない。
話していいものか、と悩むが、話すだけならタダだ、時代が変わるわけでもない。
「昼間に見ていた蒼い空は、本当の空じゃないんだ。人間の目がこう、太陽の光線のせいでそう受け止めてるだけ」
「へぇ」
「本当の色は、この星空なんだよ。そして空を上っていくと空気のまったくない世界に行く。それが宇宙」
分かりやすい言葉で噛み砕いて説明してみたが、伝わったか心配だ。
そして最後に宇宙という漢字を地面に書いて終わる。
「空気がないなら、生きられないんじゃない?」
「そうでもないよ。ちゃんと空気を持っていく装置もあるから」
「…一刀、それ凄いよ!早速作りましょ!何を集めればいいかしら?」
「無理だよ」
「えーっ」
第一、そこまでたどり着くためのエンジンや、燃料、そして筐体を作る金属が、まだこの時代にはない。
作れば可能かもしれないが、それを鋳造錬成する技術もないし、第一何を材料にすればいいかも分からない。
「ホント、一刀が持っている知識って、こっちじゃ役に立たないね」
「ゴメン…」
何で謝ってるんだろう、なんて考えていると。
「でも、好きかも。そういうの」
「えっ…」
そんな知識が好きなのか、それとも、そんな知識を持っている自分が…?
自惚れる寸前まで行っていると、雪連が声を上げる。
「ねぇ見た!?星が流れたよ!」
「見逃した」
「誰かが死んだのかもしれないわね」
「…」
星が流れることは、誰かが死んだということ。
そんなおまじないの世界なのだ、三国志の英雄達が生きた時代というのは。


 「仮にわたしが死ぬなら、どれだけ大きな星が落ちるかしらね」
「…」
「一刀?」
生き残りたい、まだ生きていたい。
死んでいった多くの命と同じように、一刀もまたそう願っていた。
だけど、崖っぷちでもいい、誰かとともに生きていたい。
縁起でもないことを言う雪連を抱き締めたのは、偶然じゃないだろう。
「一刀…」
「悲しいこと、言うなよ…」
「…うん。ゴメン。でもこんな時代だもの。いつ死んだって可笑しくない」
「…死なせないよ。死なせるもんか」
「…うん。過度な期待しないでおくわ」
今更何かを失うことが怖いわけじゃない。
失った後、自分が立てるかどうかが怖いわけでもない。
自分は覚えているけど、あるかどうかも分からない天国や地獄に行った人は、それを覚えていてはくれないだろう。
今日死んだ兵士たちも、それを覚えていてはくれない。ただ、肉が土に還るだけだから。
星はあくまで美しい。
「星を回せ 世界の真ん中で」
「…一刀?」
「くしゃみすれば どこかの森で蝶が乱舞」
「か〜ず〜と〜?」
何かのアニメで唄われていた一節。それが何だったかは、覚えてないけど。
「そう言えば、一刀の世界の歌って、どんなのがあるの?」
「色々だよ。悲しい歌から、幸せな歌まで」
「今のは、どんな歌?」
「…決意、かな」
「決意?」

---生き残りたい 崖っぷちでいい 君を愛してる---

 その真意を教えて欲しいとすがる雪連を上手くいなして部屋に戻る帰り道。
そこを冥琳に見つかり、今は大事な時期なんだから病気にでもなったら困る、と有難いお説教をいただき、
二人そろって寝不足だったのはまた別のお話。
(終わり)


あとがき

 みなさんお久しぶりのおはこんばんちわ〜。
初めての方は初めまして〜。
えーと、まぁ、アレですよ。幼なじみから恋姫を強奪…ゲフンゲフン、借りまして。
(そのときの状況についてはaisp.tv参照)
一応今全ルートを同時進行しています。でも個人的には雪連が一番好きです。
なんか、少女の心と大人の身体、たまに見せるクールな言葉が胸に響きますね。
そんな彼女ですが(以下ネタバレのため自主規制)。いやぁもうホントに泣きました、うん。

 そんな彼女を用いてライオン。
どの辺がライオンかは軌かない方針でお願いします。
やっと棚卸も終わったし、これから定期的にSS書けそうです。
…元気が残っていれば、の話ですが。相坂でした。

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