君のいない海で生きていこうとしたけど、思い出の重さで、泳げない。
いっそ、僕なんか殺してくれれば、いいのに。
そう思いながら、僕の身体は、沈んでいく。


WEB拍手の名無しさんのリクエスト曲SS『マリンスノウ』 music by スキマスイッチ

 空、どこまでも青い空。
海、果てしなく群青の海。
あぁ、世界はこんなにも単純で、こんなにも悲しかったんだ。
そして、そんな世界はもういらない。そんな世界に生まれてきたくなかった。
怖くなる、生きること、離別、喪失の繰り返しの中で、生きること。
だから、もう終わりにしたいんだ…。
理樹はそう願い、その身軽すぎる身体を、宙に預けた。
全校生徒、そして、教師達が見つめる中で。


 思えば、どうしてこうなったんだろう。
守りたい、命があった。守ってあげたい、未来があった。
だけど理樹はそれに背を向けた。生き延びることを考えた。
大好きな友達が守ってくれた、その命で生きる道を選んだ。
託された命、意志。重苦しくて潰れそうになる。
夏休みが終わり、自分以外は担任教師も、友達も、誰一人いない教室。
「直枝」
「大丈夫です。僕は大丈夫…むしろ他の生徒を…気遣ってあげてください」
「…」
声をかけた教師は、いつか唯湖を陥れようとして、逆にやり込められた数学教師。
その顔はいやらしい笑みが浮かび、そして心底イライラするほどにやついている。
今はもう唯湖がいなくなり、調子付いている部分もあった。だから、イヤミを言うつもりで接近したのだろう。
愛しの来ヶ谷が死んで寂しいだろう?でも俺は清々してるぞ。とでも言いたかったのだろう。
だが、理樹のあまりの冷静さに面食らう。そして何も言えなくなる。
「いや、直枝、俺がいいたいのはだな」
「僕はあなたに興味がない。それだけです」
「…ふざけるのも大概にしろ!たった一人の生き残りだからって調子付くな!校長や教頭は知らないが、イライラするんだよ!」
ついに怒りを露にする数学教師。理樹の制服の胸倉を掴み、壁に押しやる。
「お前はあの場所で来ヶ谷と死んでれば良かったんだよ!目障りな直枝!せっかく目の上のコブが消えたのによ!」
「…」
無言で睨む。ついにその教師は理樹を殴ろうと拳を上げるが、それは振り下ろされなかった。
理樹の目が、変わっていたから。
強いて言えば殺人鬼の目。触れれば、100倍で返ってきそうな、そんな悪魔のような目。
「…いいか、このことを誰かに話してみろ…死に損ないを本当に死なせてやるからな…」
到底教師にあるまじき発言。生前の謙吾が言っていたことは本当だったのだろう。
悪い噂ばかりの、器の小さい数学教師は、それだけ吐き棄てると、大股でその場を去っていった。


 「直枝くん」
「…」
あまりの暗い顔を心配した女子寮長が声をかける。だが理樹は反応しないままだ。
「直枝くん、色々ありすぎて疲れてるのよ。ほら、生徒会室でお茶でも飲んでいきなさい?」
「…結構です。興味がわきません」
「…あら、そう」
すっかり醒めてしまった声、以前の理樹ならもっと反応もいろいろあったのに。
試しに、胸を押し当ててみる。
「ほら、どう?」
「…やめて下さい。媚びた感じで、何か馴染めません」
「…」
「ねぇ、直枝くん、本当に大丈夫?」
「えぇ。何を、当たり前のことを言ってるんですか?」
心配してもこの言い草。何かが変わってしまっていた。

 親友と、仲間達と、恋人を一度に失くしたこと。
転落するバスの中で、守ってもらい、そして見殺しにして逃げたこと。
両親を失くした経験があっても、まるで家族のように接してきた親友が地獄の業火の中悲鳴をあげ、そして
声がしなくなると共に、訪れる静寂と再びの爆発。その繰り返し。
理樹は現場から少し離れたところで救助され、病院のベッドでマスコミに囲まれた。
あの乗員乗客全員死亡という悲惨な事故にあって、唯一生き残った奇跡の少年として。
同時に、死に損ない、見殺しにして現場から逃げた、と同級生からレッテルを貼られる。そして人間不信。
理解してくれる人は少なくなかった。寮長もなんだかんだで理解してくれていた。カウンセリングまがいのこともしてくれた。
「ねぇ、直枝くん。前の直枝くんに戻れとは言わない。でも、もっと真っ直ぐに生きてみて?」
「…僕はいつだって真っ直ぐです。捻くれて見えるのは先輩の心が曇ってるから、ですよ」
「…そうね。そうかもしれない。でも、直枝くんのように涙を堪えてまで、生きようとは思っていないもの」
「…勝手ですね、そういうの」
もう、理樹には何を言っても無駄だと分かっていた。
2-Eは解散となり、編入先の新しいクラスにも馴染めず、心配して接してくれる人々にもこの体たらく。
だけど彼女は最後まで諦めなかった。可能性は棄てていなかった。
「まぁいいわ。泣きたくなったら素直に泣きなさい。そして祈るの。生かしてくれた人たちに。ね?」
「…綺麗事、ですね。僕に押し付ける綺麗事。面白いですか。そういうの」
「えぇ。あたしは少なくとも寮生の姉代わりだもの。もういなくなるけど、卒業までに直枝くんの元気な笑顔が見たい。それだけ」
「…」
何を言っても無理だ。理樹はそう言ってその場を去っていった。
「信じてるわよ、直枝くん」
「来ヶ谷さんも、みんなも、それを望んでいるんだから」
その声が、理樹に届けと願う。願うだけでも、それが自分に出来る全てなら、と。


 しかし、その思いは翌日打ち砕かれる。
「直枝!将来を悲観するな!君にはまだチャンスがあるんだ!」
「そうだ直枝!亡くなった彼らの思いを無駄にするな、こっちに来るんだ!」
フェンスの向こうの群青。飛び立つには絶好のポジションだ。
次第に秋めいてきた学校の風景を眼下にした、どこまでも群青の空という海。
その中に漂うマリンスノウ…プランクトンの死骸のように、この空をさまよってみたい。
理樹を止められるものは、誰もいなかった。
「直枝くんっ!こっちに帰ってきて!」
女子寮長が必死で叫ぶ。教師達は彼女が理樹に対し献身的なカウンセリングをしていることを知っていた。
だからせめて声が届く彼女に、最後に思いとどまるよう呼びかけさせたのだ。
だが、彼女の声は伝わらない。理樹の目には、もう、何も映ってないから。
「直枝くん!帰ってきて!来ヶ谷さんの代わりは出来なくても、あたしがずっと隣にいるから!」
「…」
それでも理樹は視線すらくれない。次第に離れていく彼の姿。
「来ヶ谷さんが泣いてるわよ!そんなのダメ!ね、今なら間に合うから!」
「…勝手なこと、言うなよ」
「っ!」
その目はもう、光すらない。
彼女はその場に崩れ落ちた。もう、救えるモノはこの世にはいない。この場にはいない。

そして、理樹はその身を宙に預けた。
ふわり。身体が自然落下していく。空という、群青の海の中に。
「…」
落ちながら、彼は夢を見ていた。


 「ときに理樹君。もうすぐ夏だが、理樹君はスイカ割りを拳銃でしてみたいと思わないか?」
「…何のことだかよく分からないけど、危ないと思うよ?」
いつかの何気ない会話。数学の時間をサボタージュした、そんな不可思議な時間軸での、お茶会。
「むぅ。男の子ならそういうのに憧れるだろう。チャカはあるぞ。喜べ、うー」
「ヘンなキャラが混じってるし、何よりチャカって発言危ないよ」
苦笑するだけの理樹に、面白いリアクションを半ば諦め気味の唯湖。そして理樹の自画像を描き終えると、呟く。
「私は…海が嫌いだ」
「そうなの?」
こくん、と頷く。
「溺れたワケではないんだが、小さい頃見た夢がトラウマになってな」
「夢?」
夢なら、理樹も何度もトラウマになる夢を見た、恐怖と、悪夢に魘されることは慣れっこだ。
しかし、唯湖の夢はもっと悲しい物語。
「私は、マリンスノウだった」
「海の雪?あの海中を動き回る奴?」
動き回るには語弊があるが、それでも間違いではない。
「うん…そして、周りは知らない粒。私もその粒の一つとして、海を漂い、海底に沈んでいく。誰にも見取られず、深い絶望に染まる」
「…」
「そしてその朝目を覚ますと、やらかしていたんだ。なにをやらかしたかは聞くな」
「…」
トラウマでもなんでもないじゃないか。とクスクス笑ったあの日の光景。
でも、そう思うと滑稽だ。
唯湖が言った、マリンスノウ。
今理樹も、その粒の一つとして、海底…アスファルトの地面に沈んでいくのだから。


 唯湖さん。
きっと僕は天国には行けそうにない。
だって、唯湖さんにもらった命を、粗末にしちゃうんだから。
でも、もういいんだ。疲れたんだ。
 唯湖さんの仕草、やさしさ、ぬくもり。
その全てが、浮かんでは消えていくんだ。まるで、それが当たり前のように。
あの日常が当たり前だと思っていた。恭介がいて、真人や謙吾、鈴がいて。みんながいて。唯湖さんがいて。
失くしたら、まるで酸素をなくした魚のように、苦しくなって。
君のいない海を逃れようとした、逃れられないと知って、必死で生きようとした。
だけど、君との思い出が大きすぎて、これ以上は生きて行けそうにない。泳げないんだ。

 蒼が、絶望の黒に染まっていく。もがこうとしても、空気が絡まる。
落下速度。周りには高速に見えていても、実際落下する理樹にはスローに感じる。
何もない、空虚なセカイ。愛しい人と過ごした僅かの時間。
その記憶だけを残して、理樹はこの世での意識を閉じた。
刹那、頭から地面に叩きつけられる体。もう、誰も彼を止められなかった。
鮮血は潰れたブドウのような理樹の頭から噴き上がり、たちまち地面を血に染めた。
まるで、マリンスノウが、海底に積もって一つの粒から一面の白に変わったように。


 そこを訪れるものはもういない。
凄惨な事故、生き残った少年の自殺から10年以上の歳月が流れたそこは、未だに時間が止まったようになっている。
爆発と火事で一時は開けたような森は、今すでにかつての密林のような佇まいを見せている。
回収された遺品は数知れないが、未だにそこらを掘り返せば遺骨片や遺品が見つかる。
だというのに、光も差し込まないそこは、もう、誰も近寄ろうとしない。誰もに忘れられた場所。
海底に沈んだプランクトンの死骸のような、小さな白い花たち。
その世界の中に、長い間風雨に晒され、もう原形をとどめていない黄色い、小さな帯がある。
それは、恐らくこの事故で犠牲になった少女の、忘れ形見のリボンだろう。
リボンは、草木に融合して、残りの風化する時間を過ごしている。
かすかに血をつけたそれは、静かに語る。
『どうか、忘れないで』
一面に咲く勿忘草が、そう呟くが、誰にも声は聞こえない。
もう、聞いてくれるものは、誰もいないのだから。

----ずっとこのまま 時を止めて 深い意識の淵
   漂っていられたなら 僕は独り ここで生まれ変われるのかな?----

(終わり)


あとがき

正 直 ス マ ン カ ッ タ 。
リクエストがあったら書くぞ、と公言していた手前、暇だったし思わず書いてしまった。今は反省している。
ということで、マリンスノウ。スキマスイッチファンの方には大変に申し訳ないです。
しかもリクエストでは唯湖 DEAD END後だったのに、唯湖があんま出て来てNEEEEEEE!!!!とわけも分からず暴走しています。汗
ただ最後の部分だけは我ながら描けたほうかな、と思いながらも、自己満足している暇はなく、次の作品のプロットを…。


ってことで、リクエストのルールを決めることにしました(唐突

1.基本は時流が知ってるアーティストの曲限定。もちろん応えられない場合もあります。
2.リクエストは
あくまで気まぐれであり、必ず聞くというわけではありません。よって急かさないこと。

これでリクエストが来たら来たで面倒くさがるんだろうけどなぁ←おまw
ってことで、時流でした。

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