もどかしい距離。
愛しているのに伝わらない、そんな寂しさ。
理樹君、私、壊れてしまいそうだよ…。


寂しい夜に奏でる曲SS『Marionette Fantasia』 music by GARNET CROW

 部屋に帰り、制服も脱がずベッドに横になる。
唯湖はその姿勢のまま天井を見つめ、そしてらしくないため息をこぼす。
「理樹君…」
そして、枕を抱き締めると、またため息。
「…どうして、なんだろうな」
外はしんしんと降り注ぐ雪。間もなくクリスマスが訪れようとする季節。
今年は何となく、ガラじゃないがクリスマスツリーを買って、部屋に飾っている。
イルミネーションが鬱陶しいので、ただの雪の代わりの綿とプレゼントを模したおもちゃを付けた木、だが。
「…理樹君」
どうしてだろう。一人は慣れているのに。

 「唯湖さん」
「ぐはっ…登場直後にその呼び方はやめてくれ…」
相変わらず加減を知らない恋人が放送室に入ってきたのは、終業式の終わった日の昼のこと。
「唐突だな。一体何があった。あとここには避妊具は常備してないから、必ず持参するようにな」
いつものようにケラケラと笑いながら理樹をからかうが、彼は動じず、そして告げる。
「ごめん…クリスマス、一緒に過ごせるか分からないんだ」
「…?」
クリスマスといえば後4日後。そんな日に突然なんだ、と言おうとするが。
「ごめん。でも分かって?唯湖さんのためなんだ」
その意味が分からず、反論しようとするが、言葉が出ない。
今までクリスマスは一人で何気なく過ごしていた。だから、初めて誰かと過ごすクリスマス。
それ故に何を言えば、何を伝えればという気持ちになる。
そんな彼女を後ろから抱き締め、ささやく。
「運がよければ、イヴの夜には…ううん。なんでもない。愛してるよ、唯湖さん」
「…」
どこまでもマイペースな男は、彼女の答を聞かず、放送室を去った。ただ、一陣の風を残して。


 「理樹君、私、寂しいぞ…」
カレンダーは天皇誕生日。12月23日だ。ということは明日はクリスマスイヴ。生誕の前夜祭だ。
カトリックで言うところの待降節の締めとなる、イエスの誕生を祝う祝日。
別段神仏を信じていない彼女にはどうでもいい日だったし、これまで浮いた話のなかった彼女には、
クリスマスなどカップルが増長する、直前にはカップルが急激に増える時期としか思っていなかった。
だが恋する女となった彼女にとっては、愛しい理樹と過ごせないこの時間が、どれだけ拷問に思えるか。
「…」
冷蔵庫にはとある筋から手に入れたシャンパン。堂々とアルコールを飲もうという魂胆だ。
そしてささやかなパーティーをするための準備をしつつも、忘れていない。
箪笥の一番上の段、この前の休日、理樹に内緒で買った下着。
非常に独特な薄布は、理樹が喜ぶように専門店のデザイナーに見立ててもらったものだ。
それを付け、理樹に自分をプレゼントする。聖夜に結ばれ、そして永遠を誓いたい。
少女趣味だと言われそうだが、それすらも彼女には初めての経験。つまり冒険だった。
「理樹君…」
許されるなら、理樹がアダム、そして自分がイヴになりたい。そう願った。クリスマスイヴに掛けたナイスなギャグ。
…本音を言えば、クリスマスじゃなきゃ積極的になれない自分に少しばかり嫌悪感を感じてはいたが。
「イヴに帰ってこなかったら…絶縁だからな…」
雪が降りそうなのに練習をした体がきつい。そのまま横になると、自然と意識が闇に落ちていった…。


 小さい頃。
両親は多忙を極める人だったから、唯湖はいつも一人でクリスマスを過ごしていた。
テーブルの上のケーキは、両親が唯湖の為に準備した有名パティシエの作品だ。
そして料理の数々も、有名な店からデリバリーで準備したもの。
近くにはクリスマスプレゼント。友達にサンタクロースを信じる子ども達が多かった中で、それを冷めさせるのには
ちょうどいいプレゼントの配置。寝ているうちに靴下に入れてくれる?そんなのは虚像に過ぎないと小さい頃に思った。
置手紙は、淡白なものだった。
『ゆいこ、メリークリスマス。ことしもいちねん、いいこでいるんだよ パパとママより』
唯湖は子ども心に思っていた。
あなたたちの言ういい子とはどんな子なんだ、と。
両親がいなくてもニコニコしていればそれでいいのか、と。
そんな操り人形…マリオネットみたいな生き方をすれば、評価してくれるのか、と。
一人でローソクに火をつけながら、思った。
…このまま家に火をつければ、両親は心配してくれるだろうか。
だけどその勇気もなく、一人でローソクに火をつけ、それを吹き消し、ささやく。
『めりー、くりすます…』
海外で育ち、日本では独特の存在感ゆえ、友達もいなかった。
友達でもいれば、みんなで楽しいパーティーでも出来たかもしれないのに。
唯湖はその寂しかった過去を夢に見ていた。
そして目を覚ますと、今まさに時計が午前零時…クリスマスイヴの始まりを指し示した。
「…」
理樹君、今晩こそ、帰ってきてくれるんだな?
かすかな希望を胸に、ベッドサイドの彼の写真にキスする。
寂しい思いは、したくないと。


 そして夕方過ぎ、リトルバスターズの面々で、部室でのパーティーが始まる。
「えー、メリークリスマスあーんどハッピーニューイヤーン♪ってことで諸君、よく集まってくれた」
「恭介氏、思いっきりスベってるぞ」
「容赦ねぇなぁ…」
素直に思ったことを口にしながら、唯湖は外を見た。
夕日は既に沈み、雪がチラチラしている。
「うわぁ、ホワイトクリスマスだよぉ♪」
「わふーっ、キレイですっ」
小毬とクドが手を上げてはしゃぐ。この二人は来年もきっとこのままだろう。
「変わらないことも、大切だな」
唯湖は誰にでもなくささやく。ただ、ここには本当に一緒に過ごしたい人がいない。
「…」
「来ヶ谷、理樹とは連絡とってないのか?」
「…」
「来ヶ谷?」
そして、横目で恭介を見ると、そのままの姿勢で続ける。
「どうせグルになって悪巧みをしてるんだろう?もう隠さなくてもいいじゃないか」
「それが、俺たちもさっぱり分からないんだ」
恭介を庇うように、謙吾が続ける。
「俺たちにも行き場所を告げなかった。何度も聞いたが『大切なものを、取りに行くから』と言ったきりだ」
「…」
そんなはずがあるわけがない。理樹は事故の後強くなったとはいえ、そういったことには鈍感な男だ。
恭介たちの助言を得ずして、何かのモーションを起こすとはにわか信じがたい。
「オレたちてっきり来ヶ谷が何か途方もないプレゼントをねだって、理樹が嫌われたくない一心で探しにいったと思ってたぜ…」
真人の何気ない一言。さすがに唯湖もキレそうになるが、まぁまぁ、と恭介が制する。
「来ヶ谷がその程度で理樹を嫌うわけがないし、理樹だって何か考えてのことだ。待ってやろうぜ」
「…そうだな」
パーティーは淡々と進む。途中恭介考案の一発芸大会なども行われるが、周りが爆笑する中、唯湖はただ一人、
途方もない寂しさに打ちひしがれていた。帰ってきてくれるのか、そう心配しながら。

 とうとう理樹はパーティーに現れず、そのまま解散となる。
普段から仲のいいリトルバスターズの女生徒集団は、そのままクドの部屋に集合。
どうやら寮長も全面的にOKしているのか、各部屋ともクリスマスを祝う大宴会が催されていた。
「ゆいちゃん、やっぱり心配?」
「その呼び方は…いや、別に心配ではない。理樹君なんか嫌いだ」
「んー。冗談でもキライとか言っちゃダメだよ?理樹くんが何も考えずにゆいちゃんを一人にするわけないから」
「…」
教え諭されてしまった。何より恋人でもないのに理樹を知ったように語る小毬が少しばかり疎ましかった。
---私の気持ちなんか、分かっていないだろう。
そう言う度胸はないにしても、複雑な心境だ。ここまで、寂しくなるなんて。
今まで寂しさを知らなかった少女の、少しばかりの胸の痛み。
心此処にあらずといった状態のまま、女の子だらけのパーティーは続く。
そこへ鈴が近寄ってくる。
「…くるがや、安心しろ。理樹はもうそこまで来ている」
「…なぜ分かるんだ」
微妙な感じだが、鈴は物怖じせず応える。
「においがした。理樹がそこまで来てる」
「…」
信じよう。きっと理樹は今頃大急ぎでこっちに戻っている、と。
「慰めでも嬉しいよ、鈴君はやはり可愛いな」
「寄るなボケぇ!」
逃げられた。残念。


 そして、先に部屋に戻ると、一人寂しくシャンパンを開ける。
ポンッ。小気味良い音とともにコルクが弾け飛ぶ。壁に跳ね返ったそれは、唯湖の額を直撃。
「〜〜〜〜〜っ!」
こんな聖夜に何一人でドリフみたいなことやってるんだ!そう思うと腹立たしくなってきた。
「理樹君殺す、必ず殺す。必殺と書いてピッコロだ。ピッコロ大魔王だ」
そしてそのギャグがツボだったのか、一人で笑い転げ、静寂に我に返り、またため息。
「…理樹君」
近所の教会の鐘が聞こえる。唐突な鐘の音。
愛しい彼のぬくもりを思い出せ、そう脳内で言葉が巡るから、腹立たしくなってそれをかき消す。
心の中の、剣を使って。
「もういい。寝よう。理樹君の馬鹿」
「…」
「…」
「…眠れん」
眠れるわけがない。さらにもう一杯シャンパンを呷るが、まったく効かない。
「…よく見たらシャンメリーに摩り替えられているじゃないか」
冷蔵庫の横に手紙が貼ってあった。
『どんな理由でも、飲酒はダメ!』
その少し可愛げのある字体には見覚えがあった。そう、勉強を教えていたときと同じ字体。
「…理樹君っ!」
そうだ、理樹が帰ってきたのだ。
しかし、どこにいる。
唯湖がいない間に部屋に忍び込み、こんなイタズラをするのであれば、そう遠くにはいない。
そう思ったとき、ドアが叩かれた。
「…はい」
『あぁ、来ヶ谷さん?お届けものよ』
どうやら寮長のようだ。しかし届け物とは?
そしてドアを開けると、寮長から一切れの紙を渡される。
「可愛い女の子、寮では見たことないけど、その子からよ」
「…」
見たこともない女の子?
いや、まさか理樹がそんなアイデンティティを自ら捨てるような真似は…。
そう思い、手紙に目をやると。
『誰もいない放送室で、泡沫の時を待つ』
…何のことだ?
そう思って時計を見ると、時間はあと15分でイヴの終わりを迎えようとしていた。
「ほら急ぎなさい。こんなこと出来るの、多分彼だけよ」
「…変なところだけ強くなって…ごめんなさい、ちょっと行ってきます」
「えぇ。頑張れ、女の子!」
寮長の後押しを受けて、走り出す。彼女の脚力なら、放送室はすぐだ。
そして抜け道を使ってうまく校内に侵入し、放送室のドアを開けると。

 誰も、いない。
ただのイタズラだったのだろうか。それとも別のメッセージが?
そう思ってあちこち探すが何もない。
「理樹君…」
そして椅子に腰掛けたとき。
「メリー・クリスマス」
「!!!」
それまでまったく気配のなかった部屋の隅から、声。
そして、不意に放送機材の上に置かれていたクリスマスツリーが光りだす。
…そう言えば部屋のテーブルからツリーがなくなっていたことを思い出した。
「メリークリスマス、唯湖さん」
「…相変わらず馬鹿を…殺してやりたい気分だ…」
「うん。殺されてもいい。だけど、せめてこれを受け取ってからにして?」
そういって差し出されたもの。それはペアリング。
「…こんなプレゼントで私を釣る気か?」
精一杯の皮肉。それを笑顔で返す理樹。
「ううん。これは、死んだ父さんと母さんの婚約指輪。父さんの実家に取りに帰ってたんだ」
「…!!!そんな大事なもの、もらえるわけないだろう!!!」
キミは家族の遺品を何だと思っているんだ!そう言おうとして、理樹の確固たる決意を秘めた瞳に射抜かれる。
「受け取って欲しいんだ」
「その義理はない!私は、そんな価値など…ない」
少しでも、君を信じられなくなった、私にその価値はない。
言い張る唯湖を抱き締める理樹。


 「父さんがね、母さんにプロポーズをしたのも、イヴだったんだって」
「…」
「だから、父さんをトレースするのはイヤだけど、今日くらいはいいかな、って。世界一大好きな人に、こうするのも」
「…」
キミは、私でいいのか?
そう問いかける唯湖に、一言。
「僕の記憶の両親は、本当に幸せそうだった。だから、僕はせめて、そんな二人を越えてみたいんだ」
「唯湖さんを世界一幸せにして、その結果、振り返るときに、僕は幸せ者だった、って思えるように」
「…」
そこまで告白されて、断る理由はない。
左手を差し出す唯湖。頷いてその薬指に母の形見の指輪を嵌める。
「唯湖」
「理樹。私もしてあげたい」
そして差し出された理樹の薬指に、彼の父の形見を嵌める。
「将来は、直枝唯湖でいいのか?」
「別にこだわらないけど、来ヶ谷理樹ってのも、なんかかっこいい感じがするなぁ」
「名前の響きで将来を決めるな」
そしてどちらからともなく重なり合う影。長針は、ちょうど午前零時を指す。
ぎりぎりセーフで叶った、二人の愛。

ちなみに、その後お互い交わりあいながら、最後までどちらの苗字になるか討議し続けた二人だった。
(終わり)


あとがき

スマン><
本当は理樹と唯湖の結婚式を恭介たちが開く、って感じだったんだけど、それじゃ芸がない。
って思って無理矢理こんな展開にしたけど、さらに陳腐化してしまったことに反省。
ってことでGARNET CROW。結構好きです。不思議な世界観。そしてこの曲もかなり不思議な感じ。
だから聞き出してからすぐに言葉が浮かんで、スラスラ書けました。

てことで、久々のあまーいお話、気に入っていただけたら幸いです。時流でした。

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