仮にこの世に百万枚撮れるフィルムがあったとしても、撮り切れない僕らの思い出。
それは、これからも続いていく物語。みんなで紡いでいく、物語。


初SSはリトバスで曲SS『Million Films』 music by コブクロ


 「暑いな」
「暑いね」
「エアコンが欲しいですヨ…」
青春真っ盛りの男女が数名、少しかび臭い、そして埃っぽい部屋に集まっている。
それは、もうだいぶ前からずっとおなじみの風景でもあるが。
季節は初夏。リーダー、棗恭介の突然の思い付きから始まった野球チーム、リトルバスターズも
気が付けばすっかり校庭になじんでいた。先日は市内野球大会にも出場し、2回戦敗退と課題の残る結果だったが、
少なくとも全員ベストを尽くしたのか、後悔の顔をしたものは誰一人いなかった。
「で、呼び出した恭介の野郎はまだか」
「無理も無いよ。三年生は進路相談とか定期的に入るみたいだから」
理樹の言うとおり無理も無いことだ。
人は育つにつれて必ず人生の岐路に立たされる。その岐路を乗り切れるように教師達も必死なのだ。
…あわよくば、自分の過去の未練を、生徒に叶えてもらおうと。
だからこそ勉強が嫌いな真人が一番に食いつく。
「んな事ぁ分かってんだよ。問題なのは呼んだ本人が何も言わずに遅刻するこった!」
「お前の脳みそは虫食いにでも遭ってるのか?理樹の言うとおりだ。お前に恭介の人生をどうこう出来る権利などあるまい」
謙吾が冷静になだめる。もっとも、そんな挑発的な言い方では…。
こんなところで暑苦しい男達が喧嘩を始めるのは正直勘弁願いたい。と一触即発の二人を止めようと立ち上がったときだった。

「遅れてすまん。部室にエアコンが入るぞ!」
いきなりドアを開け放って誰か入ってきたと思ったら、その先には来ヶ谷。
「…今のどう考えても恭介の声だよね」
「恭介、お前女装趣味なのか…?しかもあろうことか来ヶ谷に…」
「…君たちの目は節穴か?窓を見ろ、窓を」
「…」
全員振り返ると、窓から恭介が出現していた。
「…女装趣味のド変態」
鈴の一撃が恭介のハートをぶち抜く。
「…人を勝手に女装趣味にするなああぁぁああぁああぁあぁあぁ!!!!」
泣きながら窓からダイビングしていなくなる恭介。情け容赦のない妹に絶望しながら土に還るのだろうか。


 「さて、話を戻すぞ。エアコンが入る」
どうやら読者の期待に反して土に還らなかった恭介が、机の上座に腰掛け、顔の前で手を組んで某アニメの司令のように
薄ら笑いを浮かべながら語り始めた。
「事の次第を細かに説明するとだな」
「いや別にいいから。てか、工事いつすんだよ?」
「真人、人の話は最後まで聞くもんだぞ」
しかしながらここの誰もが話を聞く体力を残していない。
「このサウナみたいな部屋で1時間半待たされたんだからよ…」
「西園さんが最初からこなかった理由が分かった気がしたよ…」
「なんだお前達、練習すればよかったのに」
「…無風状態でしかも炎天下で練習って地獄を見るぜ地獄をよ!」
ついに真人がキレた。
しかしまったく動じないリーダー。いつもの調子で続ける。
「まぁだからさ、進路相談のとき『部室にエアコンつけてくれ』で延々通し続けた」
「…は?」
理樹がワケが分からないといった風で聞いてみる。
「だから、エアコンつけないと話進展しないぞって脅してみたんだよ。案の定次が痞えたから教師もOK出さざるを得なかった」
「「「「「「…」」」」」」
その場に居合わせた全員が無言になる。
どこの世界に、大事な進路相談で教師を脅してエアコンを部室に導入させる奴がいるのだろうか。
「否、目の前にいる」
「恭介…胸張って言うことじゃないよ…」
「まったくだ…」
メンバー思いもここまで来ればただの病気だ。そう思わざるを得ない彼らだった。

 エアコンはなんと即日工事でやってきた。
「本来は廃部同然のとある部活動の部室に入れるはずだったんだが、その情報を仕入れてな、先手を打った」
「恭介ってこんなところだけはちゃっかりしてるよね」
呆れながら言う理樹は、地獄からの解放が嬉しいのか、恭介が頼もしいのか笑顔だ。
「当たり前だ、どうせここより地味な部活だからよ。くれてやるのがもったいないぜ、こんな文明の利器」
「文明の…理樹?」
「いや、イントネーション違うから」
思いっきり阿呆なボケをした真人に冷静にツッコミを忘れない。
「文明の理樹くんかぁ。理樹くんの優しさは文明ですっ♪」
小毬に言わせれば理樹の何もかもが優しさに変わるのだろうか。無垢な話だが。
「で、その優しい文明の理樹君、早速だが買出しだ」
「え、買出し?」
横から唯湖が出てくる。
「あぁ、そうだ。エアコンが設置された祝賀会だ。まぁもっとも恭介氏の事だ。何かにつけて騒ぎたいのだろうよ」
「そうかなぁ…」
「ともあれ、行くぞ。日が暮れる前にな」
壁の時計は午後4時30分。まだまだ日暮れまで時間はあるが、練習時間も考えれば急がなければ。
半ば唯湖に引っ張られる感じで部室を出て行く。なぜ自分が選ばれたのかイマイチ分からないままで。


 「なんかさ」
「ん?」
ディスカウントストアでお菓子やジュースを買い込む。その帰り道。
途中ドラッグコーナーで唯湖が『媚薬はないか』と女性店員に聞き、赤面する店員に平謝りしながら唯湖を連れて逃げたのは
一刻も早く脳内から消したい黒歴史になりそうだが。
「こうやって歩いていると、新婚さんみたいだね」
「ぐはっ」
さっきの意趣返しとばかりにしてやる理樹。
「最近言うようになったな、理樹君。生意気だぞ」
「唯湖さんも、ね」
「…」
まだ名前で呼ばれて赤面する仕草は変わっていない。
だけど、少しずつなれていこう、とお互い約束したから。

 率直に言うと二人は交際している。
それはバスターズの面々も知っていることだが、相変わらず彼らの前では苗字で呼んでいる。
一度それで、小毬につっこまれたことがあった。
『大事な人なんだから、その人だけの名前で呼んであげるべきだよ〜』
口で言うのは簡単だけど、晩熟の理樹にはそれすら困難だし、名前で呼ばれることに慣れていない唯湖ならなおさらだ。
「君はズルイな。私の意志は無視か?」
「違うよ。好きな人の名前だから、呼んであげたいだけなんだけどね」
「…コマリマックスの入れ知恵だろう?」
「…」
反論できない。
確かにそこに自主性がないのかもしれない。
名前の事だって、小毬に言われるまで気付けなかったことだから。
「やれやれ。どうせ呼ぶのであればもっと有難がりながら呼べ。手をこすり合わせながらひゃっほぅ来ヶ谷ちゃん最高!と崇めろ」
「…」
不器用な照れ隠し。
そういうところ、ぜんぜん変わってないな。
「唯湖」
「っっっ!」
だから、あえて呼び捨てにしてみる。
「な、なななな、なに、なにをぉっ」
思いっきり赤面している唯湖を見つめながら、続ける。
「唯湖、唯湖、唯湖唯湖唯湖っ!」
「っっっっっっ!」
刹那、あまりに血圧が上がりすぎたのか、それとも照れ隠しの為なのか、唯湖が理樹の胸に倒れこむ。
「唯湖さん?」
「…君は私を殺す気か…?」
「…うん。愛情って武器を使ってね」
「…バカだ。実にバカだな、君と言う奴は…」
夕暮れの商店街。抱き合う若い二人。どちらからともなく重なる唇。
「ん…」
「…」
幸せ。その感情をかみ締めながら。


 …と、部室に戻るなり理樹、卒倒寸前。
「どうだ理樹!いい画撮れてるだろ!」
「…」
壁には、A3ノビサイズに拡大された、理樹と唯湖のキスシーンが。
それも、ついさっきの商店街でのアレ。
「こういうこともあろうかと、鈴に尾行させておいて良かったぜ。さすが我が妹。素晴らしい行動力だ」
「…理樹がくるがやを混乱させたおかげでかんたんだった」
「…尾行されてる気配はしていたが…私としたことが…不覚だった…」
その言葉を最後に、唯湖、赤面しダウン。
「あーぁ。もうみんなっ!やりすぎだよっ!」
「まぁまぁいいじゃないか。なんだかんだでお前も楽しかっただろ?」
「…」
恭介にはいつも敵わない。
確かに唯湖と二人きりで外出するチャンスもあったし、嬉しかったのに偽りはない。
「来ヶ谷さんが起きるまで、そばにいる」
「あぁ、そうしてやれ。俺たちは練習に行く。祝賀会はその後だ」
エアコンが効いた部屋を未練たらたらと出て行くメンバー達を見送ると、唯湖に膝枕をしてやる理樹。
「…少年、君はいつからそんな特技を…おねーさん最早決壊寸前だよ…」
「少しは…成長してるんだからね?」
「…そうだな…」
外を見ると、夕暮れ。
「夕方が長く感じるな」
「そうだね…綺麗な空だなぁ…」
と、ふと視界に外の電柱が目に入る。
五線譜みたいな電線を見つめながら思う。
「また、ピアノ聞かせてね」
「…気が向いたらな」
「うん」
「…直枝理樹に捧げる綺想曲、第2楽章のテーマは…好き」
「恋してるほうの、好き、だよね?」
「もちろんだ」
「…うん」
そして見つめる二人のキスシーンの写真。
こんなシーンが百万回続くのであれば、それと引き換えに何かをなくしても構わない。
二人の思い出をいっぱい焼き付けていこう。
いつか、悲しい思い出のアルバムが、全部二人の優しい笑顔で埋まるように。
そう願う初夏の夕焼け空に、一番星が煌めく頃。二人はまた、どちらともなく唇を重ねた。

(終わり)


あとがき。
初めてのSSは初々しい二人の姿を描いた青春ぽいSS。
ってか、序盤のエアコンってどうでもよくね?と書きながら爆笑していました。
むしろドラッグストアで媚薬を買おうとする唯湖さん。そのあとそれを何に使うつもりだったんだ。
1.小毬さんとクドリャフカをそれで…
2.普通に理樹の為に…

まぁそんなことはどうでもいいわけで。(なら言うなよ
個人的には一番好きなキャラ、唯湖さん。
理樹くんにはもったいないけど、これからもこのカップリングが一番多くなる気がする。
ってことで、時流でした。

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