大切な人だから、会っておきたい。
だってそうじゃないか。僕にとっては…。
だから、僕は会っておきたいんだ。


なんとなく書いてみたSS『邂逅』

 目覚まし時計を止める手が重い。
まるで夢から覚めさせまいとする何かの野望のように。
また、踊らされているのだろうか。理樹は不安になりながら無理に手を動かしてみる。
鳴り続けるベルが近づく気配はない。むしろ遠ざかっていく気がする。
目を覚ませないまま何かを失う悲しみ。もうそんなものは味わいたくないと言うのに。
無理に力を強めてみても、一向に動かない体に嫌気が差す。
諦めよう。そうすれば、きっと全てが変わる。
そしたら、今までの幸せは夢だったんだと諦めがつく。目覚めたらきっとまた、あの病院のベッド…。
「なんだ、あっさりと諦めるんだな。私の旦那さまになるのなら、もう少し腕っ節を鍛えて欲しいところだな」
「…?」
愛しい人の声。そうだ、僕はまだ死ねない。
そう思いながら目を開けると。
「よう、少年。今日もいい朝だ」
「…そうだったのか」
一瞬で状況を理解した。
ここは、都心近くにあるホテルの一室。
そして全裸の唯湖がシーツを無造作に身体に巻きつけて理樹の腕を押さえ、もう片方の腕で目覚まし時計を
ベッドサイドから遠ざけていた。
「少年ってのはもうやめようよ。仮にも未来の旦那さまなんだから」
「あぁすまん。だがこんなのじゃまだまだ甘いな。おねーさんがっかりだ」
そういって愛しい人は、悪戯っぽく笑った。

 外泊許可を正式に貰った理由は簡単だ。
学園から都心までは時間がかかる。それだけの話。
で、たまにはバスターズの連中、そして寮生に邪魔されず乳繰り合いたいという唯湖のエロオヤジ的発言から
流れ的にチェックイン。昨夜も夜遅くまで唯湖と狂ったように腰振りを楽しんでいた。
「しかし休み知らずで良く頑張ったな。帰ったら敢闘賞シールをおでこに貼ってやろう」
「そんなのいらないから…あぁ、太陽が黄色く見えるって本当だったんだ…」
「そっちは太陽見えないだろう」
下着をつけながら、冷静なツッコミ。
理樹も起き上がると、下半身の違和感を感じ…。
「唯湖さん」
「却下だ」
即答。
「そう言わないで…」
「この行為を排泄と同じように考えるのなら改めるべきだ。平たく言うと『えっちなのはいけないと思います!』だ」
「よく分からないけど後生だから…」
「ダメなものはダメだ」
「えっと」
「ええいうるさい黙れこの暴れん棒将軍」
「いや、ぱんつ前後ろ逆」
「なにっ」
「スキありっ」
「っっっ!」
理樹も上手くなったものだ。
思わぬトラップでハメられた唯湖は、押し倒され、あぁもうどうにでもしてと諦めながら抱かれるのだった。


 「理樹君。腰が痛い」
「…実は僕も」
若さゆえの過ちで無茶をした二人。幸い歩けないほどの腰の状態ではなかったが、今後は自重しよう、と
心に誓う理樹。ともあれ、最寄の駅で電車の切符を二枚買うと、唯湖を庇いながら電車に乗る。
唯湖の自宅は正確には都心を少し外れた高級住宅地にある。
それを知ったのは、前日に地図を見たとき。
「ねぇ」
「何だ」
心配になって聞く。
「強面のお兄さん達が『姐さん、お帰りなさいませ!』って感じで出迎えとかしないよね?」
「…キミが私をどういう風に見ているかよく分かった。恭介氏には後で死んでもらうことにしよう」
恐らく出発前も恭介が余計なことを吹き込んだのだろう。そう察した唯湖は恭介に対し必殺を誓うのだった。

 電車から降り、タクシーを拾う。そして10分ほどで高級住宅地に到着する。そこから少し歩くと、かなり重厚な門構えの
家に突き当たる。どうやらここが来ヶ谷邸のようだ。
「いや、ここは加藤茶の自宅だ」
「それ絶対嘘でしょ。来ヶ谷って書いてあるよ」
「いや、逆から読んだら加トちゃんペと読める」
「それは絶対あり得ないから」
「ええいうるさい黙れこの腰振り人形」
「何気に酷いよ!」
泣きそうになりながら抗議する理樹が可愛かったのか、思わず抱き締める唯湖。
「…恥ずかしいよ」
「気にするな。いつも裸で抱き合ってるじゃないか」
「それはそうだけど…」
男としてはここでリードされるのは恥と思う。が、そんなのもいいかと思えてくるのは、やはり慣れだろう。
ともあれ、その重厚な金属製の門を開けると、そのまま中へと進む。
「メイドさんとかいそうだね」
「いや、両親や私が不在のときは基本的にいない。何をされるか分からないからな」
いるんだ、と思わずツッコミを入れそうになるが、確かにこの規模の邸宅を持っていれば一人くらい雇っていても可笑しくない。
そして入り口までの長い石畳の道を進みながら、理樹は心の準備と深呼吸を繰り替えす。
「…」
「そんなに緊張するまでもない。大丈夫だ」
「…うん」
大丈夫。大切な人がそう言うのだから、本当に大丈夫なのだろう。
しかし理樹の中でちょっとだけ心配なことがあるとするならば、唯湖の横顔が少し素っ気無い感じに見えたことか。
「実家、嫌いなの?」
鍵を開ける唯湖に問いかける。返事はすぐに戻ってきた。
「好きなら今の学園には通っていない。縛られるのは好きじゃないんだ」
「…」
カチャッ。施錠を解き、これまた頑丈そうなドアを開く。
「ただいま」
「…お、お邪魔、します」
本当に素っ気無い、片や超緊張気味の男。
「まぁ、あがるといい。あと靴は脱がなくていいぞ」
「えっ」
そう言えば玄関に日本のような激しい段差がないことに気付く。
「言ったろう?両親はほぼ年中海外だ。私ほど日本にいないからな。靴を脱ぐのに違和感を覚えるらしい。
「そうなんだ…」
建てる人が特殊な環境で育った人ならそういう例外はあり得るということか。納得し靴のままお邪魔する。
「さて、リビングと完全個室のゲストルーム、地下室の拷問部屋、どれがいい」
「…普通にリビングがいいかな。後ろ二つは危ない気がしないでもないから」
「つまらん。実に残念だ」
本当に残念そうにするから「やっぱり」と言いそうになって止める。唯湖のペースに乗せられるところだった。
「はっはっは。まぁこっちだ」
「うん」
そして邸宅に見合ってこれまた広いリビングに案内される。
「ソファーに座ってくつろいでいてくれ。お茶を淹れる」
「いいよ。僕も手伝う」
そういう彼を手で制止する。
「座っていてくれ。旦那さまなんだから」
そう言われると、うんとしか言えない。肯定の返事をして、ソファーに腰を下ろす。
「…」
しかしなんと言うか調度品もヨーロッパスタイルだ。
マイセンの陶器が普通に置いてあり、ドイツのマイスター(職人)が作ったような重厚な机が目の前に控えている。
ソファーも本物の革張り。合皮と見分けが付かない理樹でも一発で分かる本物の匂い。
「茶器もウェッジウッドとかかな」
なんとなく、そんな感じがして目を伏せると、目の前の重厚な机の上に置手紙。
少なくとも日本語以外の言語で書いてあるその手紙が何なのか、理樹には分からなかった。


 程なくして、唯湖がお茶を持ってくる。
「粗茶だ」
「紅茶も粗茶って言うんだね」
茶器は予想通りウェッジウッド。以前学校のパソコンで見た奴と同じだ。
確か…ワンペアで数万円の。
紅茶はどこの茶葉を使っているのか気になるが、少なくとも飲むのが勿体無いくらいのものだと察し、
あえて聞くのをやめる。
「まぁ、飲んでくれ」
「うん」
そう言って口に含み、絶句。
「なにこの味…」
「キムチの汁を混ぜてみた」
「…」
はっはっは。いつもの笑いが部屋に響く。
「…警戒心解くんじゃなかった」
「なかなかのジョークだっただろう?ほら、ちゃんとした茶だ」
茶を運んできた盆に載っていた器に理樹のお茶を移すと、新しいのをポットから注ぐ。
「私のお茶一滴の為にどれだけ土下座できるか試してみたいな」
「うん。出来ないけど代わりにいっぱいキスするよ」
「それなら100回だな」
頷きながら紅茶を飲む唯湖。その姿勢は何となく貴族的だ。
「中庭のお茶会とは大違いだね」
「そうだろう。格式は大切だ。あ、理樹君。ソーサーを持ち上げてからカップを手に取るのがマナーだぞ」
意外にお茶にこだわりがあるようで、その後事細かに指導を受ける。
それすらも楽しくなってくる。こんな時間がずっと続けばいいのに。そう願いながら。

 そして談笑し時計が3時を回る頃、唯湖が思い出したように口にする。
「そう言えば両親が遅いな。約束の時間を大幅に過ぎているぞ」
「…あっ、そう言えば」
思い出し、ポケットに入れていたものを取り出す。
それは、さっきの言語不明の置手紙だ。
「…これは?」
「机の上にあった。何語か分からなかったからポケットに入れてたんだ」
「キミは人の家の伝言を勝手に持ち出すのか?ん、ドイツ語だな…何々…」
ドイツ語だと一発で分かるあたり、やっぱり唯湖の頭はすごいと感心する。
が、次第にその唯湖の顔が硬直する。
「唯湖さん?」
「『急な仕事でドイツに戻る。紹介してもらうはずだったボーイフレンドには悪いが、どうも唯湖には似つかわしくないかもしれない。
 本能がそう言っているんだ。ずっといい友達でいてくれれば、特に文句はない。少なくともその彼がこの手紙を読めないのなら、
 私は彼を認めることは出来ない』」
…なんという置手紙だ。
まだ会って話もしていないのに、その言われ方はあんまりだと、理樹が口にする前に唯湖が静かにキレる。
「…私を散々一人にしておきながら、私の愛する人にその態度か…面白い…殺してやる…」
「唯湖さんっ!」
目が、いつかの教室のドアを真っ二つに蹴破ったときと同じになっている。
「ねぇ落ち着いてよ!僕は平気だから!それでも唯湖さんだけを愛していくから!」
「…私を傷つけるのは構わん……だが理樹君を傷つけるのであれば、四肢をもぎ取ってさらし者にしてやる…」
必死に静止しようとするが振り払われそうになる。それを繰り返し、ついに理樹は無意識の唯湖に弾き飛ばされる。
「キミを守るためだ……敵は殺して何が悪い………」
「やめてよっ!僕と同じ悲しみを味わわないで!もうこれ以上僕に何かを失わせないで!」
駄々をこねる子どものように突如飛び出す大声。驚く唯湖。
「…っ。なぜキミが絶叫する必要がある。これは私の問題だ」
そう突っ撥ねようとする唯湖に、なおも食って掛かる。
「だって、僕にとっては『両親』になる人なんだよ!?どんなに冷たくされても、親になってくれる人なんだ!だから…」
「理樹…君」
そして唯湖は冷静になり思い出す。
理樹には両親がいない。小さい頃に死んでしまったから。
愚かな話だ。彼が心から渇望していた家族の情。それをいとも簡単に絶とうとしたことが。
他人が持っていないものを持っていると、かえってそれが当たり前に感じてしまう人間の心理。
苦しみを背負って生きてきた人が、目の前にいるというのに。
「どんな人かまだ知らないけど、でもお願い…僕と同じ苦しみを、自分から味わおうとしないで…」
「…」
幼い頃から仕事で家を開けていた両親。
日本に来てからもずっと一人で暮らしていたことが、逆に感覚を麻痺させていたのだろう。
「…すまない。理樹君。冷静を取り戻したよ。君がいなかったら、私は…」
大事なことに、気付けなかった。
そして、今一度ソファーに腰掛ける。今度は理樹の隣に。


 ついに唯湖の両親は現れず。そのまま寮に帰ることにする。
「まぁ、私の両親には盆正月もないようなものだからな。いざとなれば勝手に籍を入れてしまえばいい」
「…う〜ん、それはそれで勇気がいるよ」
だけど案外唯湖がいいと言うのなら、それもアリなのかもしれない。そう思ったときだった。
鳴り響くベルの音。電話のようだ。
「…電話だ」
しかも国際電話のようだ。手紙の日付は4日くらい前。ならもうドイツに着いていて可笑しくない。
唯湖も何食わぬ顔でその電話を取る。
「もしもし」
『あぁ、私だ。すまないな。呼びつけておいて。急な仕事が入ったから戻ったんだ』
「それなら最初から呼ばなければいい。私も彼も失望していたところだ」
まるで挑発するように語り掛ける彼女は、最初から両親への興味などないのかもしれない。
だけど、次の瞬間、理樹に手招きをする。
「父が君と話したいらしい。許してくれるのなら話してやってくれ。いっそイヤミの一つくらい言って構わん」
「…」
その勇気はないよ、という目で見てから受話器を受け取る。
「…もしもし、初めまして。唯湖さんとお付き合いさせてもらっています、直枝理樹といいます」
『そうか。君が理樹君か。想像と違って大人しそうな子だな』
どんな想像をしていたのかは分からない。少なくともいい評価とは思えないが。
『非礼を詫びよう。そしてこれからも唯湖といい友達でいてやってくれ』
「…僕は唯湖さんの彼氏であり、唯湖さんと将来を誓い合っています。お友達なんて範囲には収まりません」
はっきりとそう明言する。隣の『無茶しやがって』と言いたげな目線が痛い。
『…君は思い違いをしているな。私は友達でいてやって欲しいと言ったんだ』
「それは出来ません。それだと唯湖さんが泣きます。それだけは絶対に見たくないです」
『…』
唯湖と代わってくれ、と有無を言わさぬ口調で言う父親。やむなく代わる。
「安心しろ…もしもし。あぁ、ご覧の通りの私のダーリンだ。誰よりも優しさを知っている」
「だから保護者面をしたいならまず娘の幸せを喜べ。彼を認めろ。ちゃんと会うまで適当なことは抜かすな」
『しかしだな…』
しかしあの親にしてこの娘あり。最後の一撃をくれてやる。
「なら孫の顔は見なくていいんだな。いい。直枝家に嫁ぐ。そして子どもを産んでも会わせてやらん」
『…!』
容易に想像できる。OTL←こんな感じになっている唯湖の父親が。
『唯湖、それだけは考え直してくれ』
「それに貴様らもバスの転落事故くらい聞いているだろう。その時私を救ってくれたのは、彼だ」
追い討ち。さすがにその情報は届いていたらしく、唯湖が理樹にベタ惚れな理由を察する。
「命の恩人で、しかもここまで娘を好いてくれる男はそうはいない。よって理樹君とこれからも添い遂げる。以上」
ガチャッ。電話を切る。そして向き直る。
「行こう」
「どこに?」
微笑み、そして理樹を抱き締める。
「決まってるじゃないか。私たちの帰る場所。学園の寮だ」
「…うん」
上手くまとまったのか心配だが、今は帰るしかないのかもしれない。
チャンスはいくらでもある。そう信じながら。



 数日後、大急ぎで日本に帰国した唯湖の両親に呼びつけられたのは、また別の話。
仕事はどうしたんだご両親様よ…。
(終わり)


あとがき

ちと長く書いてみた。曲は涼風真世の『涙は知っている』を聴きながらだったけど、あまりにイメージと離れたから、
作品名を適当なものに変えてとりあえず逃げてみた。
ってことで、結局理樹と唯湖の交際は認められたのかな、というのはまたいつか別の機会を設けるとして…。
いよいよ次回はリトルバスターズみんなでクリスマスパーティー!何が起こるのかはお楽しみ♪

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