---運命のルーレット廻して ずっと『キミ』を見ていた---


久々にしっとり目の曲SS『運命のルーレット廻して』 music by ZARD

 ガチャッ。小気味よい金属音と共に、小窓が外され、晩秋の夕暮れ特有の風が吹き込んでくる。
木々の色はすっかりその葉を夕日に似た紅に染め、風は少しばかり頬を刺す。
そんな昨日までとはまったく違う世界。そこに『天使』は舞い降りた、とでも形容すべきか。
トンッ。上履きがコンクリートの地面に降り立つ。短いスカートが鋭い風に少しばかり舞う。
健全な男子生徒がここにいたら、きっと無駄に欲情しかねないが、少なくとも彼女をそんな目で見たら
命がないと知るものが多数。
「小毬君のお気に入りの場所、か」
そんな彼女…来ヶ谷唯湖の立つ場所は、チームメイトの一人、神北小毬のお気に入りの場所だ。
以前、この場所を紹介されたとき、何故か知らないが小さなドライバーを貰った。
『ゆいちゃんとお友達になった記念のプレゼント、です』
『だからそのゆいちゃんというのは…』
半ば辟易しながら手にしたドライバーは、その時は何を意味するか分かっていなかった。
工具をプレゼントする女の子が逆にヘンに感じたのも事実だが、それ以来小毬が開けているとき以外は
面倒くさがって来ることもなかったため、実質今日初めてこのドライバーの意味を知ったといえる。
「・・・なるほどな。キミが愛する理由が分かったよ」
街を一望できる施設。この学校より高い建造物は街の中心に移動しても見られるものではない。
そう考えれば邪魔されることなく遠くを見渡すには絶好のスポットなのだろう。
「…ベストプレイス、か」
昔聴いた曲の一節にあった。心臓が始まったとき、イヤでも人は場所を撮る、と。
そこを奪われないように、そして奪い取った新しい場所で光を浴びる、と。
小毬はここを奪われても、それがここを気に入ってくれた人のためなら、と笑顔で明け渡すのだろうか。
そんな程度ならベストプレイスとは呼ばないだろうが、確かにここなら…。
「屋上には、いい思い出がないな」
水平線の向こうに、今にも沈みそうな夕日。
満たされた生活、以前に比べれば仲間もいて、居場所もあって、初めて喜怒哀楽を覚えたというのに。
「・・・まるであの頃の自分みたいだな」
ため息は、少し白く見えた。


 中学生になった頃だった。
冷静沈着、というより冷徹無情に近い彼女に、友達はいなかった。
そのクールでおおかた同級生に比べ中学生離れした風貌と体格から男子生徒からの人気はあったが、
女子生徒からは総じて嫌われ者。あらゆる嫌がらせを受けていたものだ。
身体に危険が及びかねないような、陰湿な嫌がらせだってされた。普通の人間ならそこで学校に行かなくなるか、
発狂して自殺するだろう。だが唯湖は逆にイジメの主犯格を自殺に追い込んだ。
嫌がらせには嫌がらせの応酬を。主犯格の少女の人間性が否定されるような報復のため、逆にその少女が、
放課後の学校の屋上から飛び降りたのだ。
地面が血で染まるのを、無表情で見ていた自分。それ以来、誰も彼女に近寄ろうとしなくなった。
逆らうものも、抗うものもない、完全に『無敵』の状態。
それはそれで味気ない時間だった。目を合わせると殺される、と皆一様に目をそむけるのだから。
ついには教師すら自主的には近寄らなくなった。
そしてその後、別の私立の中学校に途中編入試験を経て転校し、その中学校とは今に至るまで関わりがない。
自殺した主犯格の名前すら、今は記憶のかなた。あえて思い出す必要もない。
だから、夕方の屋上は、なんとなく、その飛んだ人間が見えそうでいい気分がしない。
「…」
風は相変わらず冷たい。まるで唯湖を押し退けるかのように。早く温かい校舎というゆりかごに帰れと諭すように。
「時間の無駄か…。まぁ、生きていること自体がある意味無駄なのかもしれないがな」
心臓が動いていることの、その摂理への忌避。所詮人は人でしかなく、その高い知能ゆえに、死のうと思えば自分から死ねる。
欄干に手をかける。飛ぶことがどんなに気持ちいいことか、そして、死がどれだけ甘美なことか、想像しながら。

 不意に、その身体に、重く温かい何かが掛けられる。
ダッフルコート。誰かが今まで着ていたものだろう。匂いで分かる。この匂いは。
「こんなところじゃ風邪ひくよ。それに、危ないし」
「…理樹君」
チームメイトの直枝理樹だ。
とにかく唯湖のペースを平然と崩す。どちらかといえば小毬や美魚に近い感じの人間だ。
そんな彼がどうして。答えはすぐに分かった。
「帰りに近くを通りがかったら、階段から風が下ってきていたから。きっと誰かいるんだろうな、って」
「それがお菓子をくれる小毬君じゃなくて、お小言しかくれない私ですまなかったな、少年」
我ながら上手い皮肉だと思うが、理樹はその皮肉に気付かないのか、否定する。
「そんな、僕は、来ヶ谷さんに会えて嬉しかったよ」
「…正面きってそんなこと言ってて恥ずかしくないのか。度し難いな、キミは」
そうしてダッフルコートの礼を伝える。
「ありがとう。だが私はこんなことでは風邪を引かない。あいにく不良品だからな」
コートを脱いで理樹に突っ返そうとするが、その手は理樹によって制される。
「…なぜだ。キミが風邪を引くぞ。本末転倒じゃないか」
「ううん。僕は大丈夫。だけど、不良品なら尚更着ていてよ。不良品はヘンなところで壊れるんだから」
「…」
少しムッとする唯湖。別に不良品といっているのは自分自身なのだから怒ることもないのに。.
「理樹君、キミに不良品と言われると腹が立つのは気のせいか?」
「それは、心のどこかで来ヶ谷さんが自分は不良品じゃない、普通の人間だ、って思ってるからだと思うよ」
「…」
そして理樹が何を目論んで自分を不良品と呼んだか理解する。あっさりと罠に嵌められた、というわけだ。
「下らん。私は帰る。コートは明日私のいろんな液体をまぶして帰してやろう。嬉しいだろう」
「あいにくそんな性癖ないから…」
といいながら、唯湖の手を掴み、握る。
「何のつもりだ」
「…ほら、夕日が沈むよ」
「…」
いつもいつもペースを乱されるが、もう慣れっこだ。
確かに空はそのオレンジを、瑠璃色に変え、風が少しずつ強さを取り戻していた。
唯湖は理樹の真意に気付く。確かに多少は肌寒くなってきた。本当に暗くなれば、寒さも倍増するだろう。
だから、気を利かせてこんなことを…。不器用なのはどちらかと問いたくなる少年だ。
「帰ろう、来ヶ谷さん」
「…そうだな。長居する理由はない」
瑠璃から藍に変わった空の色に別れを告げ、彼らは家路に就いた。


 翌日、理樹は見事に風邪を引いていた。
強がりはいけないんだな、そういう体からのメッセージをかみ締め、ベッドで横になる。
孤独には慣れっこ、それは唯湖だけではなく、理樹もそうだ。
両親が死んだ後は、ごく近しい親戚のところで、邪魔者扱いされながら育ったから、
孤独に離れていた。むしろ孤独であることを望んでいた。なのに、恭介たちと出会ってから、
少しずつ孤独への恐怖を覚えている自分がいた。
---だから、来ヶ谷さんに屋上で声を掛けたんだと思う。だって、寂しそうだったから…壊れそうだったから…。
その代償がこの風邪なのに、少しも後悔していないあたり、理樹は天然か、あるいは少し抜けた人間なのかもしれない。
そんな中でまどろみに堕ちる。
「…」
---今日は数学の小テストがあったなぁ。
---真人、ちゃんと勉強してたのかなぁ。
---アイツ、ちゃんと授業出たかな。また裏庭でお茶会かな。
---来ヶ谷さん。

 「来ヶ谷…さん…」
「ん。寝言か。起きているならひゃっほーぅ来ヶ谷さんの黒ぱんつすげぇセクシーでエクスタシーっスよムッハーと叫べ」
「…来ヶ谷さんっ!?」
ゴンっ。急に妙な発言で現実に引き戻され、さらに二段ベッドの天蓋に頭を強打し、また倒れる。
「きゅ〜…」
「ん、なんだ情けないな少年。そんなのじゃ私の黒の下着は拝めないぞ」
「お、拝まなくていいから…」
「…それはそれで屈辱的だな。殺す」
「もう勘弁して…」
頭は痛いし、しかも風邪。こんな状態で唯湖のイタズラに付き合っていたら命がいくつあっても足りない気がする。
ケラケラ笑ながら唯湖が続ける。
「まぁピンピンしてて何よりだ。下半身の大砲も元気みたいだしな、私は早々に引き上げる」
「…」
「…どうした、捨てられる子犬みたいな目をしているぞ」
「…」
無意識に唯湖の手を掴む理樹。
「お願い、行かないで」
「…黒いぱんつ見たいのか?」
「違うよっげほっげほっ」
興奮して咳が出た。すぐベッドサイドに座ってやる。
「なんか、一人になったら…怖いんだ…」
「もう大丈夫なのにな。大丈夫、元より帰る気はない。タオル用の水を替えに行くだけだ」
「うん…」
理樹はそんなときでも、自分がしていること、そしてなぜ引き止めたか分からなかった。
無意識にしてはヘンだ。こんなとき恭介たちが長居しようとすると必死で追い返すくせに。
「…」
頭痛い。今は考えないでおこう。そう決めてもう一度枕に頭を埋める。

 頭のタオルが交換される。熱を吸収する冷たいタオルが心地いい。
「来ヶ谷さん、看護士とか似合うんじゃないかな」
「あいにく人の命を救うとか、人を長生きさせることには興味ない。死ぬときは運命なんだ、だから黙って死なせてやりたい」
「…僕が、そんなことになっても?」
キラーパス。唯湖が寂しそうな顔で訂正する。
「…キミはこの世界の例外だ。勝手に死ぬことはおねーさんが許さないぞ。永遠に私のオナペットだ」
精一杯の照れ隠しで下品な単語を使うが、照れているのは目に見えている。
だから、手を伸ばしてみる。そして唯湖の手を握る。
「…っ!」
「…手当て」
そしてその手を自分の頭に持っていく理樹。唯湖は呆れながら笑う。
「…やれやれ、いつものキャラぶち壊しだぞ。この甘えんぼさんめ」
「手当て…だから…」
言われて、唯湖も納得する。
手当て、手を当てれば何となく治りそうな感じがしないでもない。昔の人もよく考えたものだ。
知能の高い唯湖ならそれをシャーマン治療と一笑に付すところだろうが、理樹がいうのなら確かに治りそうなのだろう。
「…ゆっくり休め、少年」
「…うん」
少しばかり、元気が戻りそうな、そんな感じがした。


 目を覚ませば外は夕方。
「…寝てた、んだね」
言葉はハッキリしないが次第に視界が戻り始める。
「あれ…」
そして横を見ると、理樹のお腹に手を置いたまま、ベッドの縁にもたれて眠っている唯湖。
「…」
母親が子どもを寝かしつけるとき、よく布団の上からお腹を優しく叩くが、それをした痕跡なのだろう。
「…」
絶対に見せない無防備な姿。理樹は呟く。
「不良品だなんて…こんなに優しい人なら、下手な完成品より、そばにいて欲しいよ」
手を伸ばし、頭を撫でてみる。お返しとばかりに。
「…」
そして思い出す。
入学式の日から、かっこいい、なんか近寄りがたい人だと思っていた。
だけど話してみたら疲れるけど意外に気さくな人。笑顔が可愛い人。
イタズラ好きで、オッサンみたいな発言もするけど、誰よりも優しさを知っている人。
「…ずっと、見てたんだよ。入学した日から、今まで。絶対内緒、だけどね」
「…」
ピッ。その場に似つかわしくない電子音。理樹の鼓膜がそれに刺激され、目が完全に覚める。
確かコレはどこかで聴いた音。そう、たとえるなら電機屋さんに置いてあるICレコーダーの類とか…。

 案の定、目の前には満面のイタズラ笑顔を浮かべた唯湖が。その手にはICレコーダー。
「く、くくく来ヶ谷さんっ!?寝てたんじゃないの!?」
「あぁ寝てたよ。目だけ」
「それは狸寝入りって言うんだよっ!?」
「ええいうるさい黙れこの万年ショタが」
「どういう了見なのさっ!」
その手に握られたレコーダーから、声がする。
『ずっと、見てたんだよ。入学した日から、今まで。絶対内緒、だけどね』
ピッ、そして繰り返し。また繰り返し。
「もう、勘弁して…」
「ダメだ。これは私の宝物だ。理樹君のプロポーズとしてな」
「…」
そして、熱もすっかり下がった彼の頭をその豊満な胸に抱く。
「ちょっ…」
「私も、ずっと見ていたよ。キミの事。運命なんだろうな、この世界での」
「…」
落ち着く香り。あぁ、僕はここにいていいんだね…。
そう感じながらまた眠りに落ちようとすると。

『爪爪 to many 女傷  法律狂わして濡らすがいい…』

ICレコーダーからとてもこの場に似つかわしくない音楽が流れる。
「あぁすまない、音楽プレイヤーにも使っているからな」
「…感動ぶち壊しだよっ!」
はっはっは、と笑いながらレコーダーの電源を切る唯湖に、ついに拗ねて布団にもぐりこむ理樹。
部屋を去るとき、振り返り、理樹に告げる。
「それでも、さっきのことは本当だ。約束しただろう?」
「…約束?」
「あぁ、約束だ。だから早く風邪を治して学校に来い。これは至上命令だぞ」
「…」
---そのときは真意が分からなかったけど、今なら分かるよ。
---全部、このときのためだったんだね。


 翌日、風邪の治った理樹は、晩秋の夕日差し込む教室にいた。
目の前には、唯湖。そして、告げられる言葉は。

『理樹君、好きなんだ』
『恋してるほうの、好きなんだ』

---ほら運命の人はそこにいる ずっと 君を見ていた---

(終わり)


あとがき

これはないわwwwwwwwと恭介風にぼやきながら書いてました。
ZARDの名曲ですよね。この曲。
ナントカ還元水のおぢちゃんが自殺した日に亡くなられましたよね…。あの時はもちろん泣いたけど、ぶっちゃけると
そのあとトリビュートアルバムとかベスト盤が次々に発売されるZARD商法にはちょっと懐疑的でした。
『志半ばで亡くなった人を金儲けに使うな』って信条から、ベスト盤も買わなかったです。なんか、御涙頂戴金頂戴的な感じが
許せなかったんです。だけど今ではまぁ偉大な業績を遺した人だし、そうせざるを得なかったレコード会社に理解を示してます。

というのはまぁ置いといて。理樹が奇跡を起こした後〜唯湖の告白に至るまでの間を想像して書いてみました。
まだiTunesに入れて3日目だったのにもう50回再生しちゃいましたよ。だから、このほろ苦い恋の曲を聞きながら、ぜひぜひ
お目汚しの駄文を読んでやってくださいな。時流でした。

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