ハイ、最初にお断りしておきます。
ただダークで鬱なSSを書きたかっただけです。
※三枝の家と二木の家のお家騒動が解決しないままトゥルーエンドを迎えた、という
前提を置いていますので相当な時系列の乱れがあります。いあ、まぁ、気にしないで。

 人は、変わるものだ。
放っておいても、独りと知ったら生きるために這い上がろうとする。
それが生存本能と闘争本能というものなんだろう。
私は、そうして生きてきた。もう、長い時間。
正直疲れた。よりどころのない生き方に。


人生で初めて煙草吸って咽たぜSS『May I smoke? -cigarette rahpsody-』


 カクテルが不味い。
景気よくシェイクするその銀色の器の中には、いろんな色、味、香りが混じっている。
そしてそれが振り終わるとき、器からグラスに移されたそれは外気に触れ、より色が際立つ。
まるで、人の生き方、この世界のあり方のように。
トマトジュースとウォッカを混ぜたカクテルが、隣の客に供される。
下品な飲み方だ。なんて思うけど、赤が鮮やかで少しばかりうらやましい。
ブラッディ・メアリー。血染めのメアリーという意味だそうだ。
熱心なカトリック信者で、清教徒(ピューリタン)を徹底的に弾圧した彼女は、今でこそ再評価が始まっているらしいが、
相変わらず彼女への評価は安定しない。治世を評価しない傾向にあるのだろうか。
評価されないと言ったら、私もそうなのかもしれない。
紅い血のカクテルに映る私。もういい加減眼をそらさないと、客がヘンな眼で見るだろう。
「…」
スクリュードライバの残りを一気に煽ると、目の前のバーテンダーがカクテルを差し出す。
「これは、向こうの方からです」
「…そう。どんないい男かしらね」
「えぇ、常連さんなんですよ」
興味を持たず、かといって邪険にするもの忍びないので、一瞥くれてやろうと横を向くと。
「三枝。久しぶりじゃないか」
「…」
その顔に、見覚えがあった。


 血染めのメアリー。
私は、あの時、あの事故で死んでいるべきだったのだろう。
私の命は救われた。修学旅行のバスの転落事故。絶対死ぬ、助かりはしない。そう思っていたのに。
だが現実は決して私に優しくはなかった。
好転したはずの三枝の家と二木の家の派閥争い、家督継承に関するお家騒動は、また掌を返したように
私に冷たくなった。
そして、佳奈多の家督継承が正式に決まると、佳奈多も必死に抵抗したが、私は要らない子となった。
学園を志半ばで去る悲劇。寂しい世界に放り出され、そして。
生きるために、身体を売った。
下品な男や会社の社長、時には有名政治家。
私の身体は気持ちいいらしく、リピートも多かった。
やがてそんな私は目を付けられ、風俗店から、AVにデビューしたりもした。
不特定多数の男たちが私の腰振りを見ながら、中に出されたり、顔面にかけられる姿を見ながら、自分のモノを
寂しくいじるのだろう。それが面白おかしい。
『やは〜っ☆はるちんだよ〜っ。みんな、今日も元気にシコってるかなぁ?』
そんなバカっぽい台詞を言うたびに、きっとこのDVDを再生する男達は画面の前で聞こえもしないのに『は〜い』とでも
言うのだろうと蔑んでもみた。それくらい、性は売れる。身体なんて、生きるためなら容赦なく売れるものだ。
それでも私は、自我を捨てなかった。
どんなにいやらしい眼で見つめられても、どんなに汚い種汁をぶちまけられても。
はるちん、なんて自分を呼んだのは、きっと、昔の仲間達に気付いて欲しかったからじゃないか、なんて思う。
あの仲良し野球チームの連中に、こんなDVDを見る人間が居るとは思わなかったけど、それでも。
気付いて欲しかった。誰かに、見て欲しかった。
そして、見てくれる人は。



 「三枝。久しぶりじゃないか」
「…」
恭介さん。棗恭介。
もう絶対に会うことはないと思っていたリーダーだ。
「ここの常連なのか?俺もよく来るんだが、入れ違いだったんだろうな」
そう言って、懐かしい眼をする。
あぁ、この眼が憎い。
何もかもを見通しているような、最低の眼だ。
「…これは、いらない」
「…あぁ、すまない。お前の意見を聞いてなかったな」
ついつい俺の好物で選んじまったぜ…なんていいながらグラスを下げようとする。その手を止め、奪い取り、飲む。
「おい、身体に良くないぞ」
「んぐっ…」
柑橘系の味。
さっき飲んでいたスクリュードライバとはまた違う味だ。
レディーキラーという異名を持つスクリュードライバとまた違う、そんな奥の深い味。
「カンパリオレンジって言うんだ。ここのマスターに薦められて初めて飲んだ酒さ」
「…」
こんな甘い飲み物を、酒?
馬鹿馬鹿しくて虫唾が走る。
舐めさせられた辛酸が強ければ強いほど、その酒の味が映えるだろうに。
「三枝?」
「…もう三枝なんて気安く呼ばないで。私は」
と、その時。バーテンダーの青年が声をかける。
「えーと、そう言えばお客さん、初音ハルカさんですよね?」
「えっ」
「…」
恭介さんが意外な顔で私を見る。
「なぁ」
「…そうだよぉ?おにーさんもはるちんのえっちぃ身体のお世話になってるのかなぁ?」
「え、えと、は、ハイ…」
何かを言いたそうに口を開いた恭介さんを妨害するように、件のバーテンダーに微笑んでやる。
飛び切りエロく、そして見下す声と言葉で。
「こ、この間の中出しで引退なんて、ファン参加に応募したくらい大好きなんです!でも、引退ってホントですか?」
「…」
まぁ、この業界だ。長く続けられる仕事ではない。
正直、身体を売る仕事にも疲れてきていた。
欲しいものも特になく、服を買うくらい。後はいたって普通に貯金もしていたから、暫くは遊んで暮らせる。
それからまたほとぼりが冷めたら風俗なりAVに復帰しようと思っている。
「んー。まぁ、一つの節目ね。あと、今日はプライベートなの。仕事の話は控えてほしいな」
「は、はいっ!あ、これ、どうぞ」
そうして差し出されたのはスティック野菜の盛り合わせ。どうやら彼なりのサービスらしい。
「ありがとう。後でサインでも書くから、書いて欲しいものの準備だけお願いね」
「はいっ!」
いまどき中々珍しいタイプだと思う。
相手が憧れのAV女優と知るや、他の客がいるのにあそこまで恥じらいなく性癖を暴露できる彼が。
当然周囲も騒ぎ出す。あの初音ハルカだぞ、とか、はるちん最高っ!とか。
写メなんかの音もするが、別に今更だ。
パッケージ撮影で脚を広げて卑猥な映像を散々に撮られた今では、この程度、何ら恥ずかしくない。
ある程度静まり返ったところで、私たちは個室に移動することにした。

 VIPルーム。
本来なら常連さんの、それも上流階級にしか開かれない場所。
たかだか駆け出しのAV女優が堂々と鎮座できるほど卑しい場所ではない。
「ここでもね、撮影したの。だから開けてって言ったら開けてもらえる」
「ほう…」
ここでも、撮影があったのだ。
マフィアのボスの女という設定で、テーブルの上でストリップをし、そしてモノを咥える。
そんないわく付きの部屋。個室ゆえに落ち着いて話が出来そうだ。
部屋の中に焚かれている、オリエンタルな香りの御香が落ち着く。
悦に浸っていると、先に切り出したのは恭介さんだった。
「三枝」
「だから私はもう三枝じゃない」
「いや、あえて三枝と呼ばせてくれ。昔のように」
昔?
世界は救えても、私は救えなかったくせに。
そんな人間が昔の私を掘り起こさないでよ。
「お前とこうして飲める日が来るなんて、夢のようだよ」
「夢なら、悪夢だよ、きっと」
「…三枝」
あぁもうじれったい。
さっさと内容を言えばいいのに。昔から相変わらず理屈っぽくて、腹が立つ。
「三枝。あの時、何も出来なくてすまない」
「あの時ってどのとき?昔のことは忘れたなぁ。いろんな苦労をしすぎて、いろんな男に抱かれすぎて」
「っ」
率直に言ってやる。あぁ、気持ちいい。
何も出来なくてすまない?
そんなの最初から期待なんてしていない。そんな救いに希望が持てるほど、あのお家騒動は軽くなかったから。
根が深く、どちらが相手を潰すか。
私は負けたのだ。負けて、哀れな娼婦に身を落とした。
身体に受けた虐待の傷は、整形で完全に治した。まだよく目を凝らせばうっすら見えるけれど、普通には分からない。
それは、私が三枝を捨て、初音という新しい苗字に変わった瞬間でもあった。
まったく考えられなかった人生。たとえ間引きされても、殺されるか消されるか、それとも隔離されて静かな余生を送るか、
だと思っていたのに。まさか身体を売って儲けるなんて。
「…いつから、AVに?」
「学園を退学して、しばらく身体売ってたんだ。だけど、そんな時寝たのが風俗経営者で」
「彼にスカウトされて、風俗の世界に入った。その後は、AV会社の社長の目に留まって、スカウトされて」
そして、今に至るまでの経緯を説明し終わる。
あぁ、なんか雑誌の記者に話をしている気分であまり気持ちよくない。
「…お前」
「…」
恭介さんがドコまで信じたかは知らない。見下しているかもしれない。
それならそれで全然構わない。生きるために、食べるために、こうしてやってきた誇りがあるから。
「寂しく、なかったか?」
「っ」
言葉に詰まる。だが言い返す。
「寂しくなんかなかった。みんな優しいし、愛してくれた。お金もくれた。何でも買ってくれた」
「あの家のヤツらみたいに狂ってなかった。私に優しかった!」
「…」
そうか。とため息。
たまらず、ポケットの煙草を取り出し、火をつける。
ストレスには、ヤニが一番いいから。
「お前も、吸うのか?」
「…悪い?もう二十歳過ぎてるんだし、吸って悪いことはないよ?」
「…そうだな」
そして恭介さんも煙草に火をつける。メンソールのようだ。
「恭介さんこそ、吸うと思ってなかった」
「まぁな。俺もいろいろあってな。色々」
「…」
まぁ、私ほどの激動はないだろうし、あえて興味を持たないで居ることにしよう。
オリエンタルな香りが、たちまちケムリのにおいに染められる。
「…今度、理樹と鈴が結婚するんだ。直枝 鈴になるようだが、アイツにいい嫁さんが勤められるか心配なんだよ」
「…ふぅん」
あの鈴ちゃんが私より先に幸せになるなんて思わなかった。
正直感情表現に乏しい子だったから、無理だと思っていた。もっとも、理樹くんが相手なら問題は少ないと思えるけど。
「みんな、それぞれの道を歩み始めている。俺もようやく新聞記者の仕事が板についてな」
恭介さんは、記者だったんだ。
道理で口を割らせるのが上手い。いや、彼は喋り上手喋らせ上手なんかじゃない。
飲みすぎの私が、いけないんだ。

 「もうね、AVは辞めるの。正直、疲れちゃってさ」
「…」
恭介さんは相変わらず顔色を変えないが、分かりやすいリアクションだ。眼が、光ってないもの。
「…AV会社のね、社長に愛人にならないか?って誘われたの。もう奥さんがいて、子どもも居るのにね」
「…」
「だけど私は断ったんだ。プロだからそんなことはしたくないって。そしたらね」
---ヤクタタズのお前を拾ってやったのはどこの誰だか覚えてるんだろうな!?
さすがに暴行されなかったけど、それ以来仕事が一気に減った。
そして、ついに引退AVの撮影。
あの時は、ちゃんとピルも用意されていたし、中出しに使うのも擬似精液だって言われていたのに。
「ピルはニセモノだった。そして、本番中出しされて…さ」
先日、嫌な嘔吐でもしやと思い産婦人科に駆け込んだ。出たのは、陽性反応。
「あの男優の中の誰かの赤ちゃんだと思う。顔も分からない父親。かわいそうだよね」
だから、酒に溺れ、煙草を吸おうと決めた。
中絶する勇気まではなかったし、どうせこんなヤクタタズの身体だ。
遅かれ早かれ子どもを巻き添えにして自滅するのは分かっていたから、このまま何も知らないふりをして
胎児に禁忌とされることをし続け、何も知らないまま消えてもらおう、なんて考えていた。
「三枝」
「だからさ、もう三枝じゃないんだ。初音でもない。私はもう、ただのヤクタタズ。魔法は、解けちゃったんだよ」
今私に残されているのは、お金と、元AV女優という肩書きと、そして、お腹の子ども。
そのどれもが、魅力を感じない。もう、いらないとさえ思えてくる。
「ねぇ、ここさ、防音装置完備だし、シちゃおうか?」
「三枝何を…」
「するコトって言ったら一つだよ。セックス。元AV女優で、妊婦さん。絶対抜けられない性癖になるよきっと」
「…」
服に手を掛ける。なに、脱ぐのはもう慣れっこだ。
「上から脱いで欲しい?それとも下から?」
「…」
バシッ。
平手。
あーあ、無理しちゃって。
私は頬が赤くなっているのも気にせず、また脱ぎだす。
恭介さんがそれを止める。
また手を振り解き、脱ぎだす。
また止められる。
また。
また。
また。
また、繰り返しだ。
まるで、あの世界の無限ループのように。
「ねぇ恭介さん、無理しなくていいんだよ?同意の下だし、レイプにはならないから」
「…」
「ほら、快楽は無視しちゃだめだよ。エッチは世界を救うのですヨ」
それは、AVでいつも狂ったように述べていた、性格には言わされていた、初音ハルカとしての私の信条。
だけど。
「そんなモンで救われるわけないさ。お前の心は」
「…」
「救いが欲しいから男にすがる。すがることが怖いから逃げ出す。その繰り返しなんて、もういいだろ?」
「…」
苦難を味わったことのない男が、何を。
「苦しいよりキモチイイ方が幸せでしょ?それのドコがダメなの?」
「…夢から覚めて、寂しくないか?」
「…」
相変わらずキチガイのように言ってくる。あぁもう腹が立つ!
「じゃ救えもしない人間にすまないなんて言わないでよ!何も出来ない、守れもしない、そんな相手に希望なんて持たせないで!」
「三枝!」
「いいよ、私はもうこのままでいい!どうせもう後戻りは出来ない人生なんだから、それならこのままでいい!」
そう。このままで。
だけど、抱き締められるのは慣れているはずなのにネ。どうしてかな。
懐かしい、香りがした。


 「二木が何も教えてくれなかったとき、俺は理解した。俺は誰も守れなかった。守りたいヤツを守れなかったって」
「…」
「だから探したよ。新聞記者にまでなって。この業界なら情報が手に入る、そう信じていた」
「…」
「そして三枝に良く似た子をAV女優として発見した。嬉しかったんだ、生きていてくれて」
「…」
反吐が出る綺麗事だ。
「…で、そのAVでお世話になった?右手で、いっぱいシェイクした?」
「…三枝の裸。綺麗だった」
「…」
綺麗って言われたのは初めてだ。
みんな私に何も言わない。可愛いとかビッチとか、メスブタとか言うくらいで。
「許されるなら、永遠に俺のものにしたい、ギャグ抜きでそう思えたよ」
「…口説き文句?悪いけどそんな安い言葉で捕まえられるほど安くないんだけど」
私が知りたいのは、そんなことじゃないのに。
「ねぇ恭介さん。もう無理しなくていいよ。一言抱きたいって言えばそれで済むんだから」
「…」
「抱きたい」
「永遠に、そう。これからは日のあたる場所で、お前を抱き締めていたい」
「…」
抱きたい違いだよ、恭介さん。
「帰ろう」
「…イヤ」
「帰るんだ」
「帰る場所なんてない」
「…あるじゃないか」
どこに。直後、抱き締められた。



 その晩は恭介さんのマンションに泊まった。
男の割に小奇麗な部屋に驚いたけど、それ以上に。
彼は、優しかった。
いつしかそこが居場所になり、私は、気付いたら三枝でも初音でもなくなっていた。
棗 葉留佳に、なっていた。
もちろん籍は入れてない。勝手に名乗っているだけ。
今の彼にとって私が負担になることは避けたかった。
…そう、流産してしまったのだ。
件のAVで孕んだ子どもは、その後恭介さんのフォローもあって、産むことを決めた。
どんな男の子どもでも、葉留佳が産むのなら、俺たちの子どもだ。なんて一昔前のドラマみたいな台詞を吐いて。
だけど、全てが遅すぎた。
子どもは未熟なまま、私のお腹から出て行った。
誰の子かわからないのに、寂しくて泣いた。それは、恭介さんも同じだった。
恭介さんは今日も私のために働いている。ちゃんと行って来ますのキスもしてくれる。
今はまだ、初音ハルカとしての私の残り香があるから、公に動いて回れないけど、
ほとぼりが冷めたら正式に彼と結婚しようと思う。夫婦になって、今度こそ誰かのために生きたい。
誰かに求められる生き方をしたい。
ぴんぽーん。
チャイムが鳴る。
女独りは物騒だからと、恭介さんは鍵を閉めるように言っている。
それを忠実に守る私。時間はちょうど彼の帰宅時間と同じだ。
安心してパタパタと駆けていく。それが、いけなかった。
ドアを開けた瞬間、いつかのAV会社の社長と、強面の男達。
ナイフをお腹に突き立てられ、そして。
意識が、遠のいていく。
となりに、横たえられる恭介さん。
あぁ、あなたも、殺されちゃったんだね。
確か、鈴ちゃんの結婚式、明後日だったのに…。
ごめんね、結局私は、最期まで、やく、たたず…だったね。
寒い。冷たくなる体。消え始める意識の中で、私は、まだぬくもりの残る恭介さんの亡骸の手を握る。
天国に上るときは一緒だよ、そう念じながら、この世界での意識を閉じた。


あとがき。


…葉留佳。ごめん。はるちんファン、許せ。
途轍もなくダークエロを書いてみようと思ったら、ダークだけが強くなってしまいました。
この手の作品に、ハッピーエンドは禁物なんじゃないか、と思ってあえてのBADエンド。
これ、期間限定で公開してそのうち消します。うん。ごめんなさい。

はるちんには出来たらバカみたいな役回りをさせたいな、次回は。ってことで相坂でした。
…これの挿絵とか依頼したら怒られそうね。うん。

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