「オレは…理樹が好きなんだ!」
真人のその言葉に、僕も危うく「うん!僕も真人が大好きだよ!」と言いそうになり
そして口に急ブレーキをかけた。危ない危ない。


珍しく真人が主役ですSS『其れ、愛ゆえに』

 なぜこんなことになったんだろうか。
今この部屋にいるのは、恭介、謙吾、鈴、真人、そして僕。
いつものお約束のメンバーがそれぞれのポジションにいて、そして頭を抱える。
「何でよりにもよって真人なんだ。その女めちゃくちゃだ。いやもうくちゃくちゃだ。くちゃくちゃおかしい」
「いや、人の性癖を否定しちゃダメだぞ、鈴。案外体力バカほど見所はあるんだぞ、持久力とか」
「そうなのか」
「お前自分の妹に何をしたいんだ何を…」
謙吾が頭を抱えながらとりあえずお約束の通りに恭介にツッコミを入れる。
「でも、どうして、真人なんだろうね」
「あぁ、まったくだ…こんな奴のどこがいいのやら」
そして、その『こんな奴』に一斉に視線が集まる。
真人は、まだ自分が当事者なのが分かっていないのか、お茶を煽ると一言。
「よし、お茶飲んだ分筋トレしてくる」
「お茶は基本的にノンカロリーだよ…」
僕のツッコミ、届いてる?
疑問に思いながら、僕も天井を見上げて思う。
---どうして、こんなことになったのかな…。


 事の起こりは今日の3時間目の休み時間だ。
「直枝くーん、お客さん」
「あ、うん」
クラスメイトの藤原さんに呼ばれて、その方向に目をやる。
真人は爆睡中、謙吾は日直の仕事で黒板消し、鈴は…言うまでもないか。
よく眠っている真人を起こすのをとりあえず何となく来ヶ谷さんに任せた僕は、廊下へ。
「えーと、君は確か…」
「…」
無口な女の子だった。
彼女は、C組の秀島さん。成績優秀で学年でも五本の指に入る才女だ(因みにトップは来ヶ谷さん。
スポーツも万能で、誰にでも優しく、健康的な長い黒髪のポニーテールが見る人を魅了する、
言うなればドラマなんかの『学園のアイドル』ってやつだと思う。
そんな秀島さんとは、面識はあっても実際に話した事はない。だから、なぜ僕なのか、イマイチ分からなかったが。
「えーと、ここでは何だから…場所、変えませんか?」
「え、うん、いいけど…」
それだけ伝えると、鼓膜が割れんばかりの真人の悲鳴を背に、そこを去った。何したんだ来ヶ谷さん…。

 「えーと、直枝くんって、その…井ノ原くんと、仲、良かったよね」
僕と秀島さんは、場所を移して近くの空き教室にいた。
ここで押し倒しても誰も助けに来ないよ、秀島さん。
…誰だ、僕の声を悪用する極悪物書きは。
「え、真人?」
意外だった。何で僕じゃなくてよりにもよって真人?
…じゃなくて。謙吾ならまだ分かる。この手の話で謙吾は有名だから。
(もっとも、そんな女の子達の告白を無視してまで剣道に打ち込むもんだから『そっちの人』認定されるんだと思うけど)
「うん、幼なじみだし、仲はいいかな」
「そう…それなら、話は早いかな」
そうして差し出されたのは一通の手紙。
「これを、井ノ原くんに渡して欲しいの」
「…え」
これって、所謂…恋文にてありおりはべり…じゃなくてラブレターだよね!?
思わず『早まるな!』といいそうになって全力で堪える。
「え、えと、こ、こういうのは直接渡したほうがいいと…思うよ?」
そんな当たり前のことを言っても、秀島さんは頷かない。
「分かってるのよ。でも…内容が内容だけに…ねぇ?」
「…」
僕の中で確信した。
この子はファミマよりセブンイレブン派だこれはラブレターなんだって。
だから、とりあえずその場はあいまいに頷いておいた。
「うん、分かったよ。秀島さんの名前は一応伏せておくね」
「ありがとう、助かるわ。それじゃ、よろしくね」
ウインク貰っちゃった。僕意外に役得?
嬉しさでひゃっほ〜ぃ!と叫ぼうとする僕の魂を無理矢理押し込めて、その場を後にする。
もちろん時間差だよ。だって、このままだと秀島さんを後ろからガバァっとヤッちゃいそうだったから。
…だから僕の秘めておきたい本音を勝手に語る極悪物書きはどこの誰だよっ!


 そして現在に戻る。
「しっかしまぁ、手紙の内容も意外に意味深だよなぁ」
「本当だね」
手紙の内容はこうだ。

『井ノ原くんへ
 いつも、いい汗を流して、筋肉を鍛えているあなたを見ていました。
 そんなあなたに、一つだけ伝えたいことがあります。
 面と向かって言うのは何だか気が引けるけど、勇気を出して伝えます。
 明日の放課後、体育館の裏で待っています』

「面と向かって言うのは気が引ける、ってのは何か引っかかるな」
「そうだよね」
それは僕も全面的に同感だった。
普通なら『恥ずかしい』とか『死んじゃいそう』とか『ローソンよりファミマが近いから好き』とか、
そんな言葉が書かれていてもおかしくないのに、何で気が引ける?
「まぁでも、語彙のない人間はそういう風に書くもんだろ」
「秀島さん、一応前回の中間考査、学年2位だよ」
「じゃその線はないか…まぁ、敵意のある手紙には見えないし、真人も喜ぶだろうよ」
と、その真人は部屋の隅で「ふんっ、ふんっ、筋肉筋肉〜♪」と鼻歌交じりで腹筋中。
「…真人は、嬉しくないの?彼女が出来るかもしれないんだよ?」
と、その発言の答えは即答で返ってきた。
「嬉しくはないな。オレは女より筋肉とカツが大好きだ」
「え」
「もちろん理樹はもっと好きだぜ」
「えぇっ!」
前者はともかく、後者は勘弁願いたい。僕そっちのケないし。ノンケだし。
「きしょいんじゃボケぇ!」
ずがーんっ。鈴の蹴りが側頭部に炸裂。
「まぁでも彼女が出来たらいろいろいいぞぉ」
そこで恭介が咳払い一つ、始める。
「何たって好き合ってる女の子ならお願いすれば、お前が好きなメイド服や巫女服、ブルマも着てくれる」
「なにぃっ!」
…そこで何で真人より先に食いつくのさ、謙吾。
「そうか!それなら雑誌よりも虚しくないな!よし待ってろ古式っ!うっひょひょ〜い!」
…あれ、謙吾壊れてない?やっぱりどこか打ったに違いないよ…。
…おぼろげにしか覚えてないけど、古式さんはそんな関係じゃないって公言してたじゃないのさ。
…あーあ、女子寮に向かって全力疾走しちゃってるよ。UBラインで撃破されちゃうよ…。
「まぁ、それは冗談にしておいても、何せ人間が成長するチャンスは恋愛が一番だ。な、理樹!」
「よく分からないよ…」
僕、恋とかしたことないし。デイリーヤマザキは好きだけど。
「まぁ理樹も鈴もいつかそれが分かる日が来るさ。その時までは俺が遊んでやる」
「よく分からんがうっといぞきょーすけ」
実の兄に容赦ないなぁ。
その後、UBラインで見事に『女子寮の黒い彗星』にあっさりと撃破された謙吾が帰ってきた。
「ぐすっ、古式ぃ…」
あれ、謙吾ってこんなキャラだったっけ。


 「でも肝心の真人がこれじゃあねぇ…」
相変わらず暑苦しい筋肉をぶん回して筋トレ中。そろそろやめない?と言いたくもなる。
だけどそれを食いしばりながら、ファミマの新作スイーツのカタログを横目にラブレター(仮)を…
「ふむ。確かに恋文だな」
「そうだよねって来ヶ谷さんっ!?」
「よう少年に愛しの鈴君、そしてバカ3人」
何故か恭介までバカに混じってるよ!?
「あれ、珍しく恭介氏と呼んでくれないんだな」
「うむ。たまには趣向を変えて可愛いものとそうでないものを分けてみた。悪くないだろう」
基準はそこかっ!
ともあれ、どこから沸いて出た!と言おうとすると…。
あぁ、窓の鍵のところに綺麗なマルの穴が開いてるよ…これじゃ当面寝ずの番をしないと…トホホ…。
「というわけで私が来たからにはもう安心だ。ほら、おねーさんとしっぽりムフフをしようではないか」
「寄るなボケぇっ!」
あのー来ヶ谷さん?
とりあえず何しに来たのかな。内容次第では僕も怒るよ?
「内容次第では怒るぞという顔だな。それもソソるがまぁいい」
あれ、また声に出てた?
と心配していると、来ヶ谷さんは手紙をひらひらさせながら問う。
「これは、昼間の秀島女史からのものか?理樹君?」
「え、っと」
そこで思いとどまる。秀島さんには絶対名前は伏せるって約束したし…。
でもそんなもの最初から来ヶ谷さんはお見通しで。
「まぁキミが言わなくても分かるさ。秀島女史か…ふふっ。成る程な…」
「何がおかしいのさ」
とりあえず疑問に思ったので聞いてみる。来ヶ谷さんのその含み笑いの理由を。
すると彼女は、なんだ知らないのか?と言いたげな顔で返した。
「そうか。まぁ、いろいろ噂はあるが、匂いで分かるんだよ、何となくな」
「…」
「さて、私は帰るぞ。キミらも早く寝たほうがいい。もういい時間だ」
「…っと」
宿題してなかった。時間は既に午後10時を回ろうとしているところだった。
「鈴君、おねーさんと一緒に帰「イヤじゃボケ!」そうか」
こっちもかわいそうな人だったが、もし一緒に帰った後の鈴の運命を考えればさほど可哀想じゃなかった。
そして全員が引き上げた後の部屋で、すでにベッドで横になっている真人に聞いた。
「真人、嬉しくないの?」
「あぁ。オレは理樹や恭介といるほうが楽しいからな。女なんていらねぇ」
「…でも」
真人にとって、最後のチャンスかも知れないよ?
そう言いかかって、やっぱり止めた。
だって、こんなに優しい真人だから、これが最後だなんてありえないよ。
きっと、真人には真人なりの、考えがあるんだ。
だから、僕は言った。


「やっぱファミマが一番だよね」
「いやトライアルだろ」



じゃなくて。
「でも、ちゃんと真人の気持ちを伝えたほうがいいよ。そうじゃないと、ヘンな期待を持たせちゃうしさ」
「…そうだな。オレの恋人は筋肉ですと伝えておくぜ」
「うん。そうして」
そしてやがて寝息を立て始めた真人をチラッと見ると、僕はそのまま宿題の残りを片付けることにした。


 そして、翌日の放課後。
「なぁ理樹よぉ。秀島はこの時間に来るんだよな」
「うん。間違いないよ。放課後って言ってたし」
放課後の体育館裏。
ただの告白にもかかわらず「いや、案外カツアゲやらヤキ入れが目的かも知れねぇ」と戦闘前の筋トレを
始めようとする真人を押しとどめて、そして体育館の裏へ約束どおりに来て見たのだが。
「秀島さん、いないね」
「本当だな」
因みに、観測ポイント(体育館から少し離れた、死角になっている茂み)から、恭介たちが監視をしている。
いざとなったら助けてくれるに違いない。だから、僕らはとりあえず待ってみることにした。
「…ヒマだね」
「あぁ。ったく、胸糞悪いぜ…」
呼び出しておきながら待たされる事が相当腹たったのか、真人は気が立っている。
「秀島って奴にゃ会った事ねぇが、来た瞬間一発ブチかましてやんぞ」
「ダメだってばっ」

 と、そこに足音。
来た、秀島さんだ。
短いスカートを翻しながら、あの知性的な笑顔が近づいてくる。
「ごめん、日直の仕事で遅くなっちゃった!」
「あ、いいよ。僕たちも今来たところだから」
「ゴメンねっ」
真人が待ちくたびれたぜとはき捨てようとするのを止めながら返事をする。
「井ノ原くん、こうして面と向かってお話しするの、初めてだよね?」
「あぁ」
待たされてストレスが最高潮に達しているのだが、そんなのはまったくお構いナシの秀島さん。
マイペースに話を進めるので、とりあえず仲介することにした。
「秀島さん、この後僕たち練習なんだ。だから、出来たらすぐに伝えて欲しいんだ」
真人への想い。
すると『え?想い?』という言葉が返ってくる。
「だって、あの手紙の内容って」
「…うん。それなんだけどね。井ノ原くん」
少しうつむき、呼吸を整え、そして、一言。


 「筋肉、やめてくれない?」
「「へっ?」」
二人して聞き返す。筋肉ヤメロ?
「筋肉止めて欲しいの。あなた一人ならまだいいわよだけどあなたが筋肉筋肉って毎日のようにやるから
 クドリャフカちゃんとか小毬ちゃんとかみんな筋肉筋肉って筋肉電波発するようになっちゃったじゃないっ
 大体女の子に筋肉は最小限度しか必要ないしまして私の愛しのクドリャフカちゃんなんて筋肉が少なめだからこそ
 あの可愛さが映えてるっていうのに余計なことしないでよこの筋肉バカ!分かってくれた?」

「…」
「…」
それだけ伝えると、さらに一瞥して一言。
「今後クドリャフカちゃんにヘンなこと仕込もうものなら」
あなたを、殺します。
なんか某三十路のペチャパイ長女を思い出させるような言葉を最後に、彼女はスカートを翻して去っていった。
…偉そうなこと言って穿いてるのは白の子どもぱんつじゃん。真人、眼福をありがとう。

 と、その真人は完全に白く燃え尽きて固まっている。
「…おーい真人ー」
「…」
「やはり、予想通りだったな」
来ヶ谷さんが現れた。
「どういうこと?」
「見ての通り聞いての通りさ」
そして、昨夜の来ヶ谷さんの発言から、ちょっと分かった気がする。
「まさか」
「そうだ。そのまさか。あの子は…レズっ娘、百合娘なんだ」
来ヶ谷さん曰く、以前から転校生のクドを狙っていたらしく、この間は体育が終わった後のクドの体操着を盗み出して
トイレの個室でクンクンハァハァしていたという。
「それ以外にも能美女史が履いていた上履きを嘗め回すシーンも見たな。どうだ、幻滅だろう?」
「今の、秀島さんに憧れている男子には絶対他言無用だよ…?」
好きな女の子が百合で、しかもガチレズ、しかも変態衝動で行動する子だとしたら、相当なダメージを…。
そんな僕と真人を見て『まぁ、気に病まずしっかり生きろよ?』とだけ言うと、来ヶ谷さんはいなくなった。
「…真人、絶対いいことあるよ」
「…理樹、オレはこの瞬間決めたぜ」

 あれ、真人の目がやけにキラキラしてる。なんかヤな予感…。
「理樹、オレと結婚してくれ!」
「いやいやいや僕男だから無理だよっ」
と、そこへいつの間にか後ろに現れた恭介。
「いや方法はあるぞ」
肩に手を乗せると、耳元で僕にこう囁いた。
「俺たちの友情の為に、モロッコ行ってちょーっと肉体改造してきてくれ」
刹那、恭介と真人が鈴の強烈なハイキックで空中高く放り上げられるのが見えた。
…鈴は白か。うん。終わり。


あとがき

ところどころにバカ理樹が登場していますがあくまでノイズですのでお気になさらず(;ぉ

ってことでepicurean始まって以来初の一人称(理樹視点)で書いてみましたがいかがでしたでしょうか。
作品的には相当短い時間(一時間ほど)で書き上げてしまったので薄っぺらい上に背景描写もアレですが、
真人くんの苦悩が伝われば幸いです。
て言うか謙吾が相当なバカになっていることに今更ながら後悔しました。


 さて、秀島さんは今回オリジナルキャラでしたが、実は高校時代の親友の苗字です。
エピソードも同じで、あたしより頭良かったです。学年2位もホント。しかも運動も出来て性格もいい、
だけど…百合なのも実は本当です(文芸部で百合小説書いてました)。
でも今は無事に男に興味を持ったのか、結婚して一児のママやってるそうです。なんと言う身替りの早さよ。
さて、そんな百合っ娘の次回登場はあるのでしょうか。いやないな。くちゃくちゃないな。時流でした。

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