粉々に砕けた、僕らのセカイは、一つ一つの思い出が、パズルのピースのように、バラバラになってしまった。
何とかする方法は、弱い僕にはなくて。助けてあげられなくて…。
見上げた空は、何も教えてくれない。ただ、僕を置いて過ぎ去っていくだけ。


また暗めのリクエスト曲SS『UNDO』 music by COOLJOKE

 病院の屋上。松葉杖と自分の身体を欄干に預け、見上げた空は夕焼け雲。
汗がじんわりと滲み出してくる。初夏の空は、次第に夏の夕焼け空に変わっていく。
黒い雲が出てきた。一雨、来るのだろう。
「理樹君、ダメじゃない。病室に帰るわよ」
「…」
彼の担当看護婦の白川涼子が彼のもとに近づいてきた。
理樹がここにいると察した理由も単純だ。
理樹は最近いつも無意識に屋上にいる。まだ本調子じゃないのに転落したら危ない、と言われても。
…まるで、小毬と過ごした屋上をトレースするように。
全てが無意識だから責めようはないが、最近の彼は、特別に目に輝きがない。
何もかもを放棄した、悲しい運命に生きる人間のように。

 事故は、理樹から全てを奪い去った。
尊敬する兄貴分、恭介をはじめ、すべてのリトルバスターズの命を、あっさりとその業火の中に飲み込んだ。
手元に残されたのは、辛うじて焼け残り、原形をとどめている数々の遺品たち。
「…」
溶けてしまった鈴が、ポケットに入っていた。
りんの、すず。
その鈴は絶対になることはない。持ち主が頷く頭をなくしていたのだから。
…頭部は、胴体から少し離れたところで…爆発のすさまじさを物語っているとでも言えば気が済むのだろうか。
鈴は、爆発のときに吹き飛んで外れたのだろう。地面で溶けて黒く煤けていた。
「…っ!」
嗚咽。涼子が駆け寄る。
「大丈夫、理樹君っ!?」
「触らないでっ!独りに、独りに…っ」
その願いをあっさり拒否する。
「ダメよ。独りにしたらあなたここから飛ぶじゃない。お姉さんがそばにいてあげるから、ね?」
「…」
この人は、どことなく、唯湖に似た感じの雰囲気、そして声がする。
…身体能力的に絶対死なないと思っていた彼女は、誰かを抱き締めたま発見されたらしい。
DNA鑑定の結果、そして唯湖のおかげで一部が残って発見された人間は、小毬だった。
姉御は最後まで姉御であり続けたのだ。守るべきもの、弱きものを守って、助けを待っていたに違いない。
それを見捨てた、理樹を責める苦悶の表情は見受けられなかった。苦悶を浮かべるには黒すぎて。
もっとも、見捨てたと思っているのは理樹だけだ。
その時意識があった理樹は、同じく意識があった鈴を引っ張ってその場を走って逃げた。
だが理樹はその時皮肉にもまたあの奇病…ナルコレプシーによって地面に吸い込まれる。その彼を見て、
鈴は彼をその場に残し、他の人間を起こしに行って直後の大爆発に巻き込まれて死んだ。
「僕があのとき、鈴を、みんなを、守れていれば…っ」
「悔やんでも、亡くなった方は帰ってこないわ。だけど、理樹君はみんなのために幸せになる義務があるの。わかるでしょ?」
綺麗事、身勝手な話。
今の理樹にはそれが苦痛でしかない。もう、心を閉ざしているのだから。


 大事なものは、いつだって失くしてから気付く。
家族だってそうだった。両親を失くして、彼は初めて気付いた。ゆりかごの、温かさに。
守られることの、幸せに。
「…」
ここにあるのは、守られた結果の世界。誰かを守れた世界ではない。
「…僕は、また、守られた」
大切な仲間を失って、守られた世界など、興味を示すに値しない。結局誰もいないのだから。
「…」
そんな彼が可哀想で、涼子が理樹を後ろから抱き締める。豊満なバストが背中を覆うように。
「理樹君。みんな何かをなくして大人になっていくの。理樹君は、みんなの代わりにみんなの分の優しさを知ることが出来た」
「それだけでも、これから理樹君が強く生きるに十分な材料よ。レシピは、理樹君の心が握っているわ。がんばりましょう?」
強く、生きる?
---これからは、強く生きると---

 何かに襲われる感覚。頭がシェイクされ、かき混ぜられる感覚。
「っっうああぁぁぁぁぁあああ!!」
「理樹君っ!」
何かが違う、矛盾したセカイ。
きっと、あのときああすれば、救われたセカイ。
誰に誓った、強く生きると。
誰が為に誓った、強く生きると。
---理樹はいつだって優しいから大好きだ。あたしは、理樹と一緒にいる時間が、大好きだ---
鈴っ!
そうして欄干から身を乗り出す。この先の山、そのさらに奥に、今でも鈴がいる、そんな感じがしたから。
あの現場で発見された鈴は鈴じゃない、別の人間で、鈴はまだ…。
「諦めなさい」
「離してよ!僕は誓ったんだ!絶対守ると、これからは強く生きると!」
「…」
断固として離さない。そればかりか力を強める。
「私みたいな女の力も振りほどけなくて、何を守れるの?あなたは良く頑張った。誇りを持ちなさい」
「でもっ」
そこで意識が途絶える。あぁ、またアレだ…。
理樹は半ば諦めながらそれに身をゆだね、地面に吸い込まれていった。
直前で彼を抱きとめる涼子。そして近くにいた同僚のナースを呼ぶ。
「あぁ、舞?理樹君を運ぶの手伝ってくれないかしら?」
「うんいいよ〜。また倒れたんだね、理樹くん」
「そうなのよ。まぁ、可愛いからいいか、なんてね」
…外界からは、身勝手な声が上がる。それでも、理樹は目を覚まさない。
まるで、目覚めること自体を放棄したように。

 恭介たちがいない世界は、ジグソーパズルのようだ。
思い出の絵は、どれも最後のピースであるリトルバスターズの仲間達が欠けていて、未完成のまま。
理樹はすべてをなかったことに、すべてを夢だと割り切れば、そのまま生きられると思っていた。
だけど、彼らとの思い出があまりに幸せすぎて。
「理樹君。もう理樹君は一人で泣かなくていいの。私も出来るだけそばにいてあげるから」
夜勤に戻るため、さっきまで理樹のベッドで彼を慰めていた涼子が、下着をつけながら言った。
…涼子とは、最初可愛い男の子だからと冗談半分で襲った彼女の行動からすべてが始まり、今では歳の離れた彼女。
病院でも彼女を目当てにやってくる男性患者が後を絶たないと有名な中で、そんな人をそばに置ける喜び。
それすらも、理樹は持ち合わせていなかった。
半分振り返りながら、ブラをつける涼子が言った。
「…私じゃ、鈴ちゃんの代わりはしてあげられない?どんな子か見たことはないけど」
「…無理だよ」
「…」
分かっていても、即答で無理といわれると多少腹が立つ。
だがそれだけ彼の中で鈴という少女の存在が極めて大きいということを意味している。
年下の、しかも見たことのない女の子への敗北。屈辱的だがため息を一つ、彼にささやく。

 「この世界のどこかに、不満があるというのであれば」
「…」
「すべての仲間達が、そう思っているのであれば」
「…」
セカイは、あなたのためにもう一度やり直せる。
そう願いなさい。願わずに諦める現実より、願って諦める夢のほうが幸せじゃない。
そうして理樹に優しくキスをする年上の彼女。
「もしも、理樹君の夢が叶うとしたら、そしたら私は用済みね」
「そんな…」
言い返す唇、静かに乗せられる涼子の人差し指。
「ん…」
「もし、夢が叶ったとしたら、もう不平不満を漏らしちゃダメ。あなたのために叶った世界なんだから」
「…」
がんばれ、男の子。
ウインクは、彼の心に染み渡らなくても。
「僕は…」
「僕は、誓ったんだ。これからは強く生きると」
「だけど」
「守るものがないこのセカイは、進化の可能性のないセカイじゃないか」
「こんなのイヤだ」
「みんな、もう一度、僕に力を貸して…!」
「みんなといた日々を、何かの代償を負っても構わない、取り戻したいんだ!」
願う。それがどんなに不可能なことであっても、願う。
願うことはやがて、立ち上がらせることにつながる。
立ち上がり、歩く。夢の叶う場所へ。
壊れた歯車を、元に戻せる場所へ、その力を持って。


 それは、静かな夢の終わり。
理樹はあまりに非力すぎて、そのセカイをもう一度立ち直らせるには至らなかった。
悔しさと、そして死への渇望の中で、彼は一つの答えに達した。
神の領域を侵す行為。
---夢が終わるのであれば、もう一度夢を見ればいいんだ。
---そして、何もなかった日常で、時間を止めてしまえばいい。
---永遠に、覚めない夢を見ればいい。
---また、無邪気に笑っていたあの頃に、戻るために。
そうして彼は手元のカッターナイフで頚動脈を掻き切る。舞う鮮血は、綺麗に放物線を描く。
赤い水、エリクシルの水。
刹那、異変を察知して飛び込んできた涼子が駆け寄る。
「理樹君、理樹くんっ!」
鳴り響くナースコール。集中治療室へ運び込まれる前に、その腕は力なく垂れた。

 死の直前、彼はあの場所にいた。
マウンドに立つ鈴。そして各自の守備位置に立つ仲間達。
「理樹、いくぞっ」
「うんっ」
そのボールは決して彼に届くことはなかった。代わりにそこにあったのは、差し出された手の数々。
「こっちに来いよ、理樹。うまいもんたくさんあるぞ!」
「また昔のように敵を探して闊歩しよう」
「理樹、俺のミッションはさらに激しくなるぜ?」
「理樹君、私のおもちゃになるがいい」
「理樹くん、おかしもいっぱいあるからね」
「やはー。こっちも中々悪くないモンですネ」
「直枝さん、一人は寂しいでしょう?」
「リキ、また、きゃっちぼーるをしましょう!」
そして、愛しい人の声。それは、彼らと相反するものだった。
「理樹、まだこっち来るな!」
え、なんで。
差し出した手ははじかれる。
そして、夢の終わり。

 「今なら思うよ。鈴なら、むしろ他の仲間達も、鈴と同じことを言うはずだ、って」
「そう…」
かつての悲惨な痕跡に立つのは、涼子と、件の自殺未遂で今は半身不随になり、車椅子での生活を余儀なくされた、理樹。
ここに来たがった理由。それは、見ておきたいから。世界の、結末を。
「そして、僕はここにいられることに、きっと感謝している。涼子さんが支えてくれていることにも、感謝している」
「…」

 だけど、神様とはいつも皮肉屋で。
望まない、思わぬプレゼントをくれるんだ。
それは。いつだって唐突で、いつだって不思議で。
まるで、狐か狸に化かされてるんじゃないかって、そう錯覚しちゃいそうな、出来事なんだ。

 「来てたのか、理樹君」
「…来ヶ谷さん」
後ろには、かつての仲間達。
理樹の紅い血の代償。そしてもう二度と動かない下半身の代価という等価交換によって。
神様がもたらしたのは、最後のお別れをいうチャンスなのかもしれない。
「理樹君が願ってくれたから、この地に残った私たちの残留思念が具現化したんだ。そして、もうすぐ天に帰る」
「…そうなんだ」
手を伸ばしても、届きそうにない距離。涼子には見えていないのだろうか。
「理樹君?」
「…」
涼子の言葉に反応せず、彼らとの対話を続ける理樹。
「理樹、あたしたちはもう行かなきゃならない。だけど、あたしたちはいつまでもお前のそばにいるぞ」
「だから、信じて進め。お別れは言わない。きっとみんないつか生まれ変わってお前の前に現れる」
そう、歴史は繰り返すのだから。
そうだとしたら、きっと彼らは、近所の悪ガキ集団、リトルバスターズから始まり、そして、高校で野球チームを作り、
何気ない毎日を最高のミッションに作り変えるのだろう。そんな彼らに、近い将来会えるのなら、こんな別れも悪くはない。
「待ってろよ、理樹。そのときはいい筋肉で会おうな。楽しかったぜ」
真人が親指を立てて、背を向けて去っていく。光に包まれ、消えていく体。
「ふふっ…みんな思ったとおりさ。きっと私も、今度現れるときは、キミが泣いて交際をねだるような女になろう」
ケラケラといつもの調子で笑いながら、光に包まれていく。
みんな、そうして別れを告げて、去っていく。
それはきっと会えない距離、会いに行くには、代償が多すぎる距離。
でも、願って、信じて待っていれば、また彼らは生まれてくる。
もしも、許されるなら、すべてを失くしてもいい。犠牲にしてもいい。
あの塞ぎ込んでいた毎日に光を入れてくれた、仲間達に早く会いたい。

「さようなら、リトルバスターズ」
「そしてまた会おうね。今度は、違う世界で」
そうして隣にいる女性の手を握ると、静かに、そこで眠った。


 時間は過ぎる。
気が付けば、理樹は学校にいた。
去年定年退職し、静かに教鞭を置いた彼は、今事務員としてこの学校に勤務している。
もちろんそこは、かつての母校、リトルバスターズ終焉の学校。
妻は彼の教員生活の終わりを見届け、静かに息を引き取った。今は言うまでもなく寂しい老後というところか。
しかし、その寂しさは当分訪れないだろう。ここに来ればいつでも元気な声が聴けるのだから。
奇しくも去年受け持ったクラスに、面白い生徒達がいた。
筋肉に情熱を燃やす、体力バカの青年と、剣道で県下最強の有名人。
どこか間抜けだが笑顔の可愛い女生徒、他クラスからやってきては騒ぎを起こすツインテールの少女、
留学生の割に日本語が流暢で、そのくせ逆に英語がまったくダメな女の子、クールで多くを語らない、物静かな少女、
本ばかり読んでいる印象の、どことなく浮いた感じの少女。

 そして、頼りない男の子と、その彼を叱咤激励する、幼なじみの女の子。
彼女は人見知りが激しいが、昔からの親友には容赦のない少女だった。
そんな彼らに一人ずつ声を掛けて、そして放課後のグラウンドに呼び出す。告げる言葉は、こうだ。

 「野球チームを作ろう」
「チーム名は、リトルバスターズだ」
叶わなかった夏の思い出を、塗り替えられる夏が巡ってくる。
願わくば、次こそ、良い夢を、この老いぼれに見せてくれ。
託した空は、あの日の空だった。


---どうか どうか 時間を止めて 君の面影をこの胸に刻んでくれ
  もしも もしも 許されるなら 全てを犠牲にしてもいい あの笑顔をもう一度---

(終わり)


あとがき

 すべてが終わったセカイで目を覚ました理樹は、全てが終わりきったセカイで、新しいスタートをきった。
すべてがループしうるセカイ。それは、理樹が望んだ世界。
UNDOを聴いて、思わずそんな情景が浮かんだから文字にしてみた。今は反省している。

白川涼子さんは、ゲームブランド『アトリエかぐや』のナースにおまかせ!など一連のシリーズに登場する人物ですが、
なんと中の人が奇しくも唯湖の中の人、一色ヒカルさんだったりします。で、看護婦なんで組み合わせてみました。
作品終盤の妻というのも彼女のこと…?

ともあれ、この終わり方はハッピーじゃないにしても、失いながら前向きに進んだ結果の勝利だと思います。
今度こそ理樹君は、幸せになって欲しいな。ってことで今から甘えんぼシリーズを書いてみます。
この精神状態だったらぶっ壊れネタが書けそうだ!時流でした。

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