小鳥のさえずりが心地いいのは、満たされた朝だからだろうか。
暖かい日差し。春はまだ遠いように感じるけれど、この陽気なら今日も暖かくなるに違いない。
でも春一番の強い風が吹かないといまいち春らしい感じがしないのは、それを感じられる心の余裕が、
私の心の奥にあるから、だろう。
まだスヤスヤと寝息を立てる、愛しい人の髪を撫でると、返ってくるのは、くすぐったいよ、やめてよ、と
身を捩る、子犬のような反応。
目の前の黒髪の女豹はもう目を覚まして、キミを狙っているぞ。優しく首筋を人差し指でなぞり、まだまだ寝ていても
いい時間だ、と気付いて、もう一度布団のぬくもりに身を委ねてみる。これも、幸せな初春の朝の姿なのだろう。


唯湖さん甘甘SS『ぴろーとーく。 -私の気持ち、キミの気持ち-』


 「ん〜…」
いつ見ても可愛らしい寝顔。この芸術品としての美しさと、人間としての温かさ。
私より低い身長、私より華奢な体なのに、私以上にしっかりとそこに立ち、しっかりと私を見る瞳。
我ながら自慢のダーリン、といったところだろうか。
そんな彼もやはり人間だから、眠っている間はとても幼い姿を見せる。
母犬に抱かれて眠る子犬。ん、私が母犬か?
私は最近になって、ようやく女として、誰かを愛するという感情(おもい)を知ったばかりだ。
…言うまでもなく、目の前でスヤスヤと寝息を立てるこのいいご身分の彼氏こと理樹君によって。
だから、少なくとも今の私では誰かの母親になる、という感情を持てと言われても、否定してヴァルハラまで全速力で
逃避行が出来る勢いに違いない。これは間違いない。
ではなぜ母犬?
…やはり私にもあるのだろうか。女としての感情も、母性本能も。
可愛い女の子を愛でる気持ちは、母性本能に起因しているのであって、子どもが欲しいとか、理樹君の子の母になりたいとか、
そういったものはノイズでしかない。今はそう断定しておこう。
…とはいえ、昨夜も子どもが出来る『そんなこと』をしていたのだが。
…ちゃんと避妊はしているぞ?
「zzz…」
ところがこの下半身だけライオンキングなファッキン小僧は『あ、忘れちゃった』とか言いながら避妊具もつけようとせず、そのまま
目くるめく快楽の世界に溺れようとしたから、とりあえず断罪しておいた。そのため彼が目を覚ましたのは1時間後。明日が危うく
今日になる直前の時間だったため、近所迷惑になるぞ、とあれだけ言い聞かせたにも関わらず…。
「認めたくは無いものだな、若さゆえの過ちというやつ…ん、誰の台詞だ?」
若さゆえの過ち…か。両隣は独身女性だし、一応防音はしてあるマンションだから、聞かれた心配は低いだろうし、聞かれて開き直ればいい。
…506号室のあの独身行かず後家は理樹君に色々差し入れと称して持ってくる女だからな。警戒しておかねば。
…ヤキモチなどではないぞ。大切なダーリンの身を守ってやっているだけだ。
「zzz…もう食べられないよぉ…むにゃむにゃ…」
相変わらずお約束の寝言をつぶやきやがる。そんな寝言マンガでも最近聞かないぞ。
本当は既に起きているのだろう。安心して私は起き上がる。
掛け布団から身体を出し、ベッドの上に座る。下半身はまだ掛け布団に隠れているが、上半身は…。
生まれたままの姿。今更何を遠慮することがある。セックスで散々お互いの身体を隅々まで舐め合っているのだから。
これからお互いともに歩んでいく中で、やがて女の魅力が無くなっていけば、こんなことも出来なくなるだろう。
それなら、美しいうちに、見て、目に焼き付けて欲しい。私の一番美しい姿を。
…理樹君なら、案外私が年老いても襲ってきそうな悪寒がしないでもない。昨日の暴れん棒っぷりを見ていれば。
私自身、この身体は決して悪いものではないと思うし、むしろ自信が豊富にある。
それは、毎晩彼が私を抱くたびに、気持ちいい、気持ちいいよっ。と息も絶え絶えに伝えてくれることからも実証済みだ。
理樹君は嘘をつけない。素直を通り越してバカ正直過ぎる感があるくらいだ。
そんな彼に毎晩一回は抱かなければ眠れない、と言わしめるしなやかな身体。勿論維持だって容易ではない。
別に彼に抱かれたくて維持をしているわけではない。いつまでも、彼が自慢できる私でいたいだけだ。
「大物の器でもないくせに、私にここまでのことをさせているのだから…」
代償は、高くつくぞ。フッ、と微笑みながら、彼の頬を突っついてみた。
「むにゅ〜…ゆいこにゃぁん…」
「ぐはっ!?」
つ、ツボだ。今のゆいこにゃんはツボだ!
名前で呼ばれるのは相変わらず慣れるものではないが、今のはちょっと油断していた。
可愛い男の子がにゃんキャラになるとここまで破壊力があるなんて…意外すぎる。
「ゆいこにゃぁぁん…まだ、ねむねむ〜…」
「この半年寝太郎め、さっさと起きろ」
流石に三年待たされたらこの気持ちも冷めるだろう。だから私が待っていられる半年で設定してみた。
「ねたろうじゃないぉ…」
そして、とても寝坊した子とは思えない力で、私の腕を引っ張り、もう一度布団の中にいざなう。
「どうした、理樹君」
「…おっぱい」
「?」
そして、私の返事を待つまでもなく、彼はその可愛らしい唇で、私の乳首を挟み、ちゅーちゅーと吸い始めたのだった。
「!」
「ちゅぅ…ちぅっ…」
「…理樹君、まだ母乳は出ないぞ?」
「…出るようになったら、教えてね…一番に飲むからぁ…」
「…自分の子より先に飲む父親か。よろしくないな」
母乳が出ない乳首を吸われるのは、多少の違和感と痛みを感じる。
それが心地よい痛みで、くすぐったい感じなのだと脳が認識するには、確かに時間は掛かった。
掛かったからこそ、こんなに甘える少年を心から愛しく思うのだろう。
「理樹君。起きない子には乳はやらん」
「にゅ〜…」
そして私はまたさっきの姿勢に戻る。
朝の空気は静謐で、澄んだ中にある鋭さが私の肌を刺す。
今年は桜が咲くのも遅いんじゃないか、なんて心配しながら、手元にあるテレビのリモコンを手に取り、そこで電源を入れるのを躊躇う。
「そもそも早起きしてまでニュースをみる理由が分からん」
そんなものは出先で携帯でも見れる時代だ。ワンセグ万歳。
どうせ朝の講義は全部バックレる(死語)つもりだ。無論、嫌がる理樹君を巻き込んで、な。
…しかし分からないものだ。なんでこんな私と一緒にいるために、彼は私と同じ大学を選んだのか。
彼ならここまでレベルを上げなくても、国立のそこそこの大学には十分滑り込めたはずだ。なのに、何故落第・浪人というリスクを省みず、
私と同じ大学を選んだのか。勿論、理樹君が合格するなんて少しも考えていなかった。ソレくらいのところとだけ言っておこう。
「…やはり目の付くところに置いておきたいのかな」
独占欲の強いダーリンめ。と苦笑しながら、頬を軽く抓ってやる。
「ほら、いい加減起きろ半年ファック太郎」
「…みゅ〜」
しかしおかしい。
普通は女子が低血圧で朝起きられないはずなのに。
言われて見れば同居…同棲のほうがスキャンダラスで私は大好きだが…し始めて、彼に起こされたことは…一回あったな。
それも、私がインフルエンザに感染したと言うのにあろう事か『唯湖さん、仮病はダメだよー襲っちゃうよー』とほざきながら、起き上がれない
私のパジャマを脱がし、下着もキャストオフさせて、絶賛インサート。
…数日後、私は肺炎で入院、理樹君もインフル感染。そう、記憶に新しすぎる去年のクリスマス前だ。
おかげで肝心のクリスマスは病院のベッドの上で、病院の不味いケーキを食わされるハメに。で、退院して暫くして正月。
まだ本調子じゃない私に姫初めと称してあれこれしやがった理樹君。あぁ、この変態ショタ顔と一緒にいるとロクなことにならないな。

でも、愛しているから、そばにいるんだろう。
…こんなことを言えるようになったのは、私が少なからず成長している証拠なのだろう。


 そんなことを思っていると、理樹君が起き上がってきた。
「…唯湖さん?」
「ん、どうした?」
手元には、携帯電話。別にメールが着ているわけでもないのに、ついついメールボックスを見てしまう。
内容は大概『唯湖さん、今日僕が食事当番だから、お買い物よろしくね。買ってくるものリスト…』とか。
『唯湖さん、お誕生日おめでとう』とか。
でも大事なメールは望まなくてもついついプロテクトをかけてしまう。
もう、いつかのセカイのように、失いたくない。失わせたくない。
さて、そんな感情を私に植え付けた張本人はというと。
「…」
私の胸を枕に寝ていた。
「…」
「すぴー…」
「…」
サクッ。とりあえず延髄切り。
「…」
「…」
まずい、息をしてないぞ。
「何故殺たしwwwが脳裏に浮かんだが、息を止めてるだけだろう?ミエミエだぞ」
「…」
「理樹君?」
「…ぷはぁっ!お、おっぱいで溺れるかと思った」
ただ胸で呼吸が出来なかっただけらしい。このファッキン小僧め。
そのファッキン小僧は、また乳首に吸い付く。
「んちゅっ…」
「んっ…」
いとおしむように、赤ん坊に授乳をするように、頭を支えてやる。
「…ねぇ、唯湖さん、またおっきくなった?」
「…あぁ。94cmだそうだ。どこかのバカ野郎が毎晩毎晩揉むせいで」
理樹君と出会ったときが90cm。それから付き合い始めて、理樹君がおっぱい星人と気付いたときには止まっていたはずの胸の成長が
再び激化し、今では94cm。目下成長中。
「んちゅっ、んく、んくっ」
「…」
いい加減、この感覚にも慣れてきた。
いつか生まれてくるであろう、まだ見ぬ私たちの子ども。きっとその子よりも手のかかる子なのが、理樹君なのだ。
「理樹君、そんなことではいつか子どもに笑われるぞ」
「…赤ちゃん」
「なんだと」
乳首から口を離すと、銀の糸が、私の乳首と彼の唇の間に紡がれ、プツッと切れる。
そして、笑顔で一言。
「唯湖さんの口から、赤ちゃん、って聞いてみたいな」
「…なんだ、それは」
怪訝そうな顔で見てやる。ん、自分の顔なのに怪訝そうという表現はまた度し難いな。
「…唯湖さん、きっと赤ん坊とか赤子とか子どもとか、差し支えない言葉を使うから…」
「…言いたいことが分からんぞ」
「…赤ちゃんって言ってよぉ…」
…要約すると。
私は恐らく子どものことを子ども、乳幼児を赤子とか赤ん坊と表現するに違いない。
だけど、理樹君としては赤ちゃんという言葉を使う私も見てみたい、というところか。
「赤ちゃんなんて言わせてどうする気だ。説明しやがれこの与太郎が」
「…ん〜?」
別に何も考えてはいないようだ。寝起きの少年の発想は実に度し難い。
「私と理樹君の赤ちゃん、欲しいな…って俯き加減で言ってよぉ」
「…」
決めた、即断罪だ。
手刀を準備すると、理樹君は私の胸の中で駄々をこね始める。
「ねぇ、言ってよぉ…言ってくれないと今日学校行かないよ…」
「…別にそれは問題ではないぞ。後悔するのはキミだ」
「…じゃぁもう唯湖さんと寝ないぃ…美香さんの部屋で寝るぅ…」
美香さんというのが、その問題の506号室の行かず後家だ。
「…そうなった場合、キミは果たして明日の朝日が拝めるかな?」
「うぅ…じゃどーすれば言ってくれるのさー…」
「言わん」
「うぅ…」
あぁ、可愛い…。
思わず全速力で飛びついて、全力で抱き締めたい衝動を抑えながら、至極冷静に振舞う私も滑稽だ。
「…安心しろ。妊娠すれば、イヤでももう少し丸くなるだろう。そのときに一回くらいは言ってやるかも知れないぞ?」
「…じゃー待つー」
そこでまた横になる理樹君。いい加減起きろと。
「…」
頭を撫でてやると、くすぐったそうに身を捩る。
「人の母、か」
もしもこんな女が母親になったとして、その子どもは幸せなのだろうか。
感情があるとはいえ、それは他人に比べればそこまでではない。きっと、子どもが出来たとなると戸惑い、どうしたらいいか、
それが分からなくなるに違いないのだから。
「…」
いつか子どもが宿るであろう、下腹部を撫でてみる。
「…」
私の母親は、どんな思いで私を身篭ったのだろうか。
私の父親は、どんな気持ちで私を待ってくれたのだろうか。
「…」
考え始めて、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
人の命がどこで宿り、どこで途切れるか分からないことなど、この私が一番知っているはずではないか。
それなら。
「まだ見ぬ未来に絶望するより、目の前のこの子犬をいじめて遊ぶとしよう」
それがいい。それが、私らしい。
私ももう一度、ベッドに横になる。
「…理樹」
「…むにゃむにゃ」
タヌキ寝入りということは十分承知の上で、呼び捨てにしてみた。
「…」
次に、思わず仰向けの彼の胸板に頭を乗せてみた。
彼の手が、私の後頭部を撫でながら、胸板に押し付ける。
やはり、こんな華奢でも男の身体なのだ。逞しく、力強い。この胸板に守られるのが、生涯私だけならいいのだが。
…恋多き男だからな、理樹君は。今のところ誘惑に負けずに一直線に私に帰って来てくれるが。
「浮気は許さんぞ」
「浮気しないよ。こんな素敵な奥さんがいるのに」
「…もう結婚したつもりなのか。こんな安い指輪一個寄越したくらいで」
「ひどいよ」
まだ籍を入れたわけでもない。送られた指輪も、宝石も何もない、質素な銀の指輪。
「それでも、僕にとってはもう奥さんだよ」
「…」
何故だろう。彼の胸板がとても心地よい。
「でも流石におっぱいの質量は凄いね。息しにくいかも」
「私の知る理樹君ならヒャッホーゥこいつぁ役得だぜグヘヘヘと言いそうな内容だが」
「そうでもないよ」
「屈辱的だな。殺すぞ」
「ひどいよ」
それでも、彼の胸板から離れられそうにない。と、助平なダーリンの手が、私の恥部を守る陰毛に触れる。
「…何処を触った」
「…意図してないよ、今のは」
「…」
もう少し下だったら、な。
「朝からエロエロだな」
「…うん。大好きな人の身体だから、時間関係ナシに抱いていたいよ」
「…だが時間と場合を弁えよう。今のは不問に…」
「…」
「理樹君…っ」
手はやがて私の恥部に伸び。
…朝から1回戦とは。今日は何回戦するつもりかな。
抱き締める力が強くなる。そんな彼の背中に私も指と爪を立てながら、ふと、考えてみた。
この暖かさも、幸せなのだと。


あとがき

ちょっと短いですけど、ピロートーク。(加筆修正はするかも。
理樹君は甘えんぼではありません。唯湖さんも甘えんぼじゃありません珍しく。
寝起きの理樹君を可愛く書きたかっただけです。でも下半身はマンモスみたいです。

ピロートークって、愛情の確認の場所であり、クールダウンの場所であり、この幸せが夢ではないという認識が出来る場所。
一時の感情で抱き合ったカップルなんて、絶対ピロートークはしないし、ヤることヤッたら服着てさよなら。
枕並べてニコニコするその時間が、どれだけ大切で、どれだけの意味を持つか。書きながら再確認する相坂でした。

…あたしとピロートーク?いくらくれるの?

BGM:LOVE LOVE LOVE / Music by DreamsComeTrue / Cover by Hideaki Tokunaga

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