荘厳な空気って、そうそう味わいたくないものだと思う。
例えば、結婚式やお祭り、そんな笑いあれば涙もある、達成感もあることなら何度でもあっていい。
だけど、誰かが死ぬときとか、そのお葬式とか、そんなものは出来たら起こって欲しくない。
でも、それを毎日のように味わえるところがあるとするならば、それはそれで自らを律し、御し、制する。
そんな夢みたいなことが出来るのかもしれない。


久々に書いてみた短編甘いSS『唯湖と過ごす日曜日』


 『神の子羊 世の罪を除きたもう主よ 我らを憐れみ給え』
なんかお腹に響く重低音。パイプオルガンの音だ。それに乗せて奏でられる単純な旋律から出来る歌。
それを僕は聖歌と呼ぶことを知っている。そして、その歌が届く先は。
磔にされた、男の人の像がある祭壇。
日曜日の朝。まだ寝ぼけ眼の僕をたたき起こした彼女は、そのまま僕をここに連れてきた。
そもそも僕はこの磔にされた人…イエス・キリスト。彼を知っていても、それはあくまで歴史上の人物としてだけ。
その人を信仰する勢力に加担した覚えもなければ、入信した覚えもない。
それでも、隣の彼女は。
「…」
特別に声を出して祈るわけでもないのに、その祈りの波動が、僕にも伝わってくる気がする。
レースの刺繍が綺麗な被り物---ベールというらしい。それを被ることがこの建物…教会の礼拝堂では当たり前のことらしい。
もちろん、女性限定。男がかぶってたらそれはそれで変な目で見られるけど。
でも。
「ねぇ来ヶ谷さん!なんで僕までベールかぶってるのさ!」
小声。こんな重低音の中なんだ。きっと彼女に届くはずは…。
ギュッ。足を踏まれた。
「ッ!」
「五月蝿いぞ理樹君。聖体拝領前なんだ。もう少し静かにしないか」
「むぅ」
痛いんですけど。地味に痛いんですけど。
そんなの意に介さない、むしろ意に介すわけがない。どこまでもマイペースなこの人は。
仕方なくベールを外そうとすると。
ギリギリ。足が思いっきり踏み拉かれた。
「!?」
「後でどうなってもいいなら外していいぞ」
もうどうにかなってますから。主に足の溢血的な意味で。
ため息。ベールを外そうとした手を引っ込める。彼女も満足したのか、そのまま賛美歌の終わりとともに、聖体拝領…。
言うなれば、信者の中でもそういう『儀式』を受けた人しか貰えない、何かを貰う列に並び始めたのだった。


 「意外だったよ」
「何がだ?」
お祈りの会…ミサと言うらしい…が終わったあと、礼拝堂から出た僕たち。
ふと、疑問に思ったことを口にしてみた。
「ほら。来ヶ谷さんって何か、神様を信じない感じがしたから」
「ふむ。なかなか察しがいいな。おっと、そのベールを外すのはナシだ」
「いい加減外させてよ!」
この布外したいよ、いい加減…。
でもベールをかぶっている来ヶ谷さん、とっても美人だった。ううん、今も十分美人なんだけどさ。
「大体なんでベールなのさ」
美人の隣で、男がベール被ってたら、なんかこう、浮いちゃう気がするんだ。理由はよくわからないけど。
「そのほうが萌えるからではないか?真人少年や謙吾少年が被ると極刑に値するが」
「萌えで男に被せないでよ…」
日曜日のミサが終わると、退屈な時間から開放された子供たちが走り回る。これから街に買い物にでも行くのだろうか。
そんな子供たちの間を、手を繋いで避けながら歩く。
「来ヶ谷さん、なんとなく、マリア様みたいだった」
「処女ではないがな。どこかの誰かさんが熱く激しくぶち破ってくれたおかげで」
「感動台無しだよ!」
あぁもうこの人は!
「なんだ?これからホテル街に繰り出して俺のマグナムでジーザスを孕ませてやるぜグヘヘヘヘと言いたげではないか」
「断じて言わないから!」
もう、子供たちが見てるんだよ…。
「そしていい加減ベールを外させてよ!」
「却下だ」
「即答!?」
ロマンのかけらもないや。
でも、彼女が本当にマリア様に見えたのは、内緒だ。
もちろん、僕は本物に会ったことはない。さっき礼拝堂の石像で見たくらいだ。
実在した彼女がそんな姿だったかなんて、誰も知っているわけがない。だけど。
「来ヶ谷さんがもっとおしとやかになったら、マリア様っぽく見えるのかな」
「何だと貴様」
「なんで怒るの!?」
ほら、子供のお母さんたちがクスクス笑ってるよ。
僕たちがお笑い芸人な夫婦漫才キャラにでも見えてるのだろう。
恥ずかしくって、ベールを外し、下を向く。そんな僕に来ヶ谷さんは。
「私から角が取れて、今より丸くなったら、きっとそれはそれで理樹君もショックを受けると思うぞ」
「なんでさ」
「今みたいに、いぢって貰えなくなるし、な」
「僕はそのほうが平和でいいよ…」
「何だと貴様」
「なんで怒るの!?」
あぁ、さっきと同じ掛け合いになってるじゃないか!手抜き相坂め!
「いぢって貰えない理樹君など理樹君たる価値がない」
「そこまで言う!?」
「勿論、私はそんな君を尻目に、君のジョニーを口いっぱい頬張るがな」
「もういっそすがすがしい!」
しかもそんな恥ずかしいこと言わないでよ!ここ教会だよ!?
さすがにママさんたちも顔が引き攣り笑いになってきたから、僕は来ヶ谷さんの手をとり、そのまま教会の敷地を後にした。


 「たまには、こんな遊具も悪くないな」
「うん」
教会の敷地を少し進むと、そこにあるのは幼稚園の遊具。
二人してブランコに腰掛ける。子供用だからすぐに地面に足がつく。漕ぐのも一苦労みたいだ。
「だが正面から見たら私のぱんつが拝めると思ってワクテカしているんだろう?スケベ理樹君は」
「しないよっ!」
黒のタートルネックのセーターに、桜色の短いスカート。そしてトレードマークになりつつある、絶対領域な黒ニーソ。
確かにその格好なら、正面から見れば十分拝めるだろう。いや、拝まないけどさ。
「それはそれで不愉快だ」
頬を膨らます彼女の、膨らんだ頬に。
「…っ」
やさしく触れる、そんなキス。
「不意打ちは卑怯だぞ。何だ、理樹君は私の下着より頬がお気に召したのかい?」
「どうだろ」
僕にもわからない。なんでそんなことをしたのか。
「ただ、触れたかったんだ。来ヶ谷さんの、やわらかいところに」
「…ますます度し難い男だな、キミは」
やらかいところなら胸だってあるではないか。そんな風に風に乗せてぼやく彼女がますます恋しくて。愛しくて。
頬に、もう一度キス。
「調子に乗るな」
ごつん。拳骨が落ちてきた。
地味に痛いけど、春先の少し冷たい風には心地いい、その熱い痛み。
「いい加減疑問なんだ。何で僕を教会に連れてきたのか」
「そうだな…理由など設ける必要があるのか、逆に聞きたい」
「うーん…」
そこで僕はひとつの結論に達する。
「デート、だから?」
「うむ。理樹君としては上出来だ。及第点をやろう」
僕の頬に、触れる優しい唇。甘い芳香。
「唇のキスが欲しければ、合格点を取れるような答えを持ってくるんだな」
「合格点…」
正直、それ以上の答えが浮かぶ気がしない。
そこで、ふと落とした目線の先。左手、彼女のか細い指の、小指から数えて2番目に。
「…その指輪、付けてくれてるんだ」
「理樹君こそ」

 お正月。
恭介たちに内緒で二人っきりで行った初詣。
面白半分で買った福袋に入っていた、どこからどうみても安っぽい指輪。
それが僕の袋にも来ヶ谷さんのそれにも入っていて、大爆笑。
気を取り直して、指輪交換ごっこなんかしたっけ。
「お守り、みたいなものだからな」
「神様を深く信じないのに?」
「そうだな。だが」
重なり合う、僕たちの左手。
「古来、左手に指輪を付けるのは、幸運を掴み、不幸を避けるお守りらしい」
「それが?」
「例えば、理樹君は目の前に幸せがあるとして、みすみすそれを投げ出して別の幸せを探したいのかい?」
「…」
重なった手は、やがてお互いの手を掴む形に。
「私は、捕まえてしまったからな。キミの手という、幸せを」
「来ヶ谷さん…」
お互いの指の間に、重なり合う指。
「教会に来たのって、その幸せの再確認?」
「うむ。合格点だ」
塞がれる口。混ざり合う舌と唾液。
「んむ…ぅっ…」
「ふぁ…ぁ…」
やがて、お互いの口が離れ、唾液が生んだ銀の糸が、別れを惜しむようにプツン、と途切れるころ。
「私は、直枝になっても、逆にキミが来ヶ谷になっても、変わらぬ愛情を注ぎ続けられる。キミは?」
「…きっと、唯湖さんと同じだよ」
「名前で呼ぶな」
「いいじゃない…っ」
また、塞がれる唇。
「んふぅっ……口答えはナシだぞ。未来の旦那様」
「不意打ちだってダメだよ、未来の可愛い奥さん」
心なしか、来ヶ谷さんの頬が、ピンクに染まった気がした。
「私だって女だからな。籍を入れるだけなんて淡白なことはしたくないぞ。必ずウェディングドレスを着せてくれ」
「ブーケトスもする?」
「いや、むしろトスじゃなくてスマッシュだな。主に葉留佳君あたりターゲットで」
「葉留佳さん逃げて!超逃げて!」
そして、次の瞬間にはすぐに表情が変わる。
こんな彼女が愛しくて。
不意に、腰に回す手。奪う唇。腰からお尻にそれとなく手を回しもう片方の手で後頭部を抑える。
逃げられない、キス。来ヶ谷さんに唾液を注ぎ込む。
「んぐぅ…んちゅっ…ん…っ」
「ん…っ、ゆい、こ…」
やがて唇が離れ、そして。
「ねぇ、唯湖さん…すごく、シたい」
「……エロエロだな、理樹君は。だがここは教会だ。さすがにそんな禁忌は…ッ!」
もう一度、抱きしめ。
「神様に祝福されながら愛し合いたいよ…。ねぇ、唯湖さん…ッ」
「理樹、君っ!」
絶対に、離したくない。
そんな僕に、彼女は。
「…私は、理樹君にとって体だけの女なのか?」
「…唯湖、さん?」
じわっ、と目じりに浮いている涙。
初めて見るかもしれない、彼女の涙。
「私だって、理樹君に愛されたい。体のすべてを支配されたっていい。だが…」
「こんな、こんなこと…」
「唯湖さん…」
あぁ、そうだった。忘れてた。
この人は誰より心に余裕があって、だけどその反面誰よりもウブで、誰よりも攻めに弱くて。
「誰かに見られたくない。私は、私の心と体は、ずっと、理樹君だけのモノでいたい」
「…そう、だね」
そして、誰よりも一途な人だから。
僕は、抱きしめながら言った。
「早起きしたんだから、ご褒美、欲しいよ」
「…ホテルで、な?」
彼女は、はにかみながら言った。


 「なぁ、理樹君」
「ん?」
フカフカのベッドの上。二人の凹凸は、まだお互いに納まったまま。
ベッド以上にやわらかくてしなやかな彼女の体。すっかりクセになってしまった、僕。
「そろそろ来ヶ谷になるか、私を直枝にするか、どっちか考えないか?」
「あくまで本気なんだね、唯湖さん」
その問いにも。
「まぁ、な。言っただろう?私も女なんだ。こんな感情、今まで知らなかったけれど、今なら言える」

---私は、きっとキミだけの聖母マリアになるために生まれてきたんだろう---

「我ながらクサイ台詞だな」
「ううん。唯湖さんは、マリア様じゃないよ」
「なんだ。さっきまで私をマリア様みたいだった、なんて持ち上げていたくせに」
「きっと、抱きしめてから気づいたんだよ」
「何にだ?」
今一度、左手同士を重ね合わせ。
「あの事故を乗り越えた今だからわかる。唯湖さんと僕は、きっと神様じゃわからない何かで繋がってるんだ」
「それを探していくことが、これからの僕の生きる意味だと思う。だから、今はマリア様だなんて固有名詞で断定したくない」
「…もうキミは、私の心の大学院で博士号まで獲得しそうな勢いだな。だが」
「ッ!」
不意打ちのように、彼女が振り始める腰。
「ふははッ…来ヶ谷マイスターを自称するなら、これからもこれくらいの攻撃には耐えて欲しいところだな…ァッ」
なんだ、唯湖さんだって感じてるじゃないか。
徹底的に節操ナシなお互いの下半身。見合わせた目、呆れたようにお互い笑いあい。
「まだ時間はあるから…欲しい、ッ、理樹、もっと、もっと…ッ!」
「うん、唯湖、ゆいこぉぉっ…」
あぁ、ホテルから出るときはちょうどお昼過ぎ。太陽が黄色く見えなきゃいいけど。
そういえば、ゴムしてたっけ。あぁ、この気持ちよさならゴムなんかしてないや。いや待てよ、薄型…なワケないか。
それが彼女も分かっているのか、半分諦めた目で、一言。
「もう、2回出すのも3回出すのもぉっ、お、同じ、ことだぞっ。さぁ、諦めて、私の、私の奥にぃ…っ」
何を諦めろというんだろう。いろいろ諦めて、彼女を幸せにする未来だけ考えよう。
僕の上で元気に腰を振る彼女の手をしっかり、離さないように握りながら、僕の意識は真っ白に飛んでいった。
(おわり)


あとがき。

な ん だ こ り ゃ 。

 勢いで甘いもの書いたらこうなるから相坂はダメなんだ。
はい、リハビリなんで大目に見てくださいな。久々に唯湖さんで甘く書いてみた。
だけど理樹君がエロすぎてぶっちゃけアホみたいに思えてきたよ。

相坂もカトリック信者です。
最初の一節は聖体拝領前の賛美歌です。正直美味しくはないし、神様の一部だなんて思えない。
でも教会のやり方と信仰は別だと思うしね。そんな理由から、相坂は最近教会行ってません。
さぁ、寝る前に勢いで書いたSSなんで誤字脱字もありそーだなー。相坂でした。

【ちなみに相坂としてはマスオさん理樹くんより、直枝唯湖さんが見てみたいです】