「さて、今日のミッションだが」
夕暮れ時。食事が終わりいつものように何故か理樹と真人の部屋に集合していたバスターズの面々。
そして例の如く、恭介の口から発せられたミッション。
唐突さは今更ながら、そのインパクトの激しさに、全員閉口する。
「理樹を生徒会長にするぞ」
「「「「…はぁ?」」」」
この男の野望は、果てないのかもしれない。


思わぬところで理樹がすごいことしそうなSS『No one stand on the sky -天の空座-』

 「理樹を生徒会長なんて、お前、何言っているか分かっているのか?」
謙吾が理樹に代わって擁護する。いやむしろ擁護というよりどちらかと言えば幼なじみの観点から、
理樹には絶対勤まらない、むしろ立候補しても絶対に支持が受けられない、といいたいのだろう。
 季節は11月。気が付けば学祭も終わり、もう暫くすると生徒会長選挙が告示される。
生徒会。彼らリトルバスターズにとっては天敵。校内の風紀を乱す組織として認識されているからだ。
そんな生徒会に理樹を送り込む理由。それはここにいる人間のうち恭介と謙吾は分かっていた。
「つまり、理樹を全校生徒の長である生徒会長にすれば、俺たちの活動も堂々と出来る。俺なき後の後顧の憂いもなくなるぞ」
「…だとしても短絡的だ!大体日ごろの俺たちを見ていれば理樹が当選する確率など知れているだろう!」
その言い草はあんまりだとしても、確かに難しいところが多すぎる。
そして生徒たちは現在生徒会…言うなれば自治会にまったく興味を示していない。
これは近年どこの学校でも起こっている事態ではあるが、結局面白おかしいことの出来る会長がいない限り、
誰がやっても生徒会なんて同じことだからだ。
「だからこその逆転の発想さ。いつもの俺たちがいい意味でも悪い意味でも注目されてるなら、チャンスだ」
その発言も一理ある。校内で堂々とバカやってるリトルバスターズ、その次期リーダー(現状でも十分リーダーだが)、
その彼が出馬するとなれば教師や生徒会を快く思っていない一部生徒は賛同するだろう。
退屈な日々を、ぶっ壊してくれると期待して。

 だが肝心の理樹はまったくその気はない。公然と反論する。
「ちょっと待ってよ恭介!僕にはそんな大任務まらないよ!第一、人望もないし…」
生徒会は基本的にその年に何らかの役員をしたものが立候補し、実質その中から選ばれる。
新参者が立候補するのはあまり意味を成さない場合もあり得るのだ。こと今年の生徒会は、相当な人材が
そろっている。既に一部では風紀委員長の二木佳奈多が最有力候補だとささやかれており、現に生徒会側も
全面的に佳奈多を擁立する方針のような素振りを見せている。
仮にだ。その状態で理樹が立候補したとしても、票の集まりはたかが知れている。
恭介が言うようなミラクルが起こる可能性は皆無でないにしても、生徒会が全面バックアップをするのであれば、
広報活動には広報部が、寮生への宣伝活動は、次期寮長の地位を欲する人間が中心に行うだろう。
大規模選挙キャンペーンに対し、リトルバスターズは十名そこら。とても勝ち目がない。
だがあくまで恭介はある種の精神論を曲げない。
「いいや。最有力候補の二木のほうが生徒からの人望はないぞ。風紀委を嫌う生徒は多いからな」
「そんな…」
それが根拠のない豪語とは言い切れないが、勝てる見込みもない。
話は平行線のまま、その日は解散となった。


 「なぁ理樹よぉ。立候補するのか?」
「…しないよ。多分」
ベッドで横になっていると、上段に寝ている真人が『まだ起きてるか?』と声を掛けてくる。
それに応じたらこの質問だ。理樹はその気がないと伝える。可能性はゼロじゃないと示唆しながら。
「俺は理樹にやって欲しいぜ。そしたら恭介がいなくなった後も、今みたいなバカが出来るしよ」
「…そうかなぁ」
恭介がいるから、ある種面白いことができる。
理樹にはそれ自体が可能か分からないし、何より落選したときのことを考えると気乗りしない。
「恭介の話じゃ落選しても何らかの職務にはつけるらしいし、出てみろよ」
「…」
 確かに、生徒会長選挙で落選した人間でも、生徒会役員として取り立てられる場合がある。
しかしそれは譜代の人間、つまり以前から一般役員とか、生徒会に近いところにいた人間が大半であり、
完全な外様、それも生徒会の敵である風紀を乱す組織のリーダーならその可能性は極めて低いと言える。
理樹はあくまでネガティブに捉え、その可能性はないよ、おやすみ。と伝えると毛布を頭まで被る。
「(なんで恭介は、あんなこといったんだろう…)」
最後まで、その真意に気付けぬまま。


 翌日。生徒会長選挙告示まで後1日。そんな急な時期に恭介も本当に突発的なことをしてくれたものだ。
すでに廊下にはポスターを貼る位置の指定や選挙ポスター掲示板の準備もされており、受付も順当に進んでいた。
「どうやら今年は二木女史とA組の…名前は忘れたが現副会長、そして1年のバスケ部のエースが立候補するらしいぞ」
いつものように休憩時間にジュースを買いに行くと、次の数学をサボる唯湖に見つかり、そして連行されて今に至る。
いつものお茶会。そこで唯湖から情報がもたらされる。
「へぇ…やっぱり二木さんが圧勝かな」
「賭けるか?理樹君が諭吉10人出すなら、私も英世1人で参加してやらんこともない」
「明らかにそれ僕だけ不利だよね!?」
「細かいことは気にするな、少年」
はっはっは、といつもの笑いにどっと疲れが押し寄せる。数学のほうがまだ疲れなくて済んだだろうと。
「だが理樹君は立候補する気があるのか?」
「まったくないよ…勝ち目なさそうじゃない…」

 まず現風紀委員長の佳奈多。現在一番の有力候補とされている。全ての生徒の敵である風紀委員長だから、
恭介が言うような可能性が起こり得れば、理樹にも有利に働く。がそれは現状見込めないだろう。
なぜならあの唯湖が名前を忘れている現副会長、そしてルックスの良さだけで立候補した1年のガキでは、
とてもキャリアも才能もある佳奈多を上回ることは出来ないだろう。
「まぁ、私も恐らく二木女史に投票するだろうな。理樹君が立候補しないのであれば」
「酷なこと言わないでよ…僕じゃ無理だよ…」
素直に無理。だから今日の夕方5時までの立候補受付も行かないつもりだ。
受付は本人がいないと却下される。つまり恭介たちとの約束の時間を破れば、特に問題はない。
「ほう。親友を裏切るか」
「裏切るんじゃないよ。ヘンな期待持たせて、がっかりさせたくないんだよ」
ある意味結果が見えている戦いで、期待させるだけさせて、落選。
仲間たちは笑いものにされるだろう。勝ち目のないバカな戦いに挑んだバカのチームだと。
どこまでもネガティブな理樹に、失望を露にする唯湖。

 「キミは昔の親友すら信じられないのか?」
「なんでさ」
「私はキミほど彼らと一緒に過ごしたわけではないが、少なくとも彼らはその程度でキミを責める器量の小さな人間とは思わんが?」
「…」
器量。
確かに、それは…。
「もしかして、試してるのかな。僕の度胸を」
その仮説に、唯湖は全面的に賛同する。
「だろうな。次のリーダーとしてふさわしいかどうか。それなら、恭介氏が安心して卒業できるように、度胸を見せろ、少年」
「…」
やれやれ、恭介らしいや。
そんなことまでして僕を試してるんだね。
呆れながら、チャイムと共に腰を上げる。
「行くのか?」
「うん。イヤだけど、面白そうだからさ」
「…頑張れ、少年」
私はもう少し残るよ。とだけ伝え、立ち上がった理樹を送り出す。そしてその背に向けて小さく呟く。
「まったく。あっさりと翻ったよ、恭介氏」
「…なんだ、気付いてたのか」
茂みから出てきたのは、葉っぱにまみれた恭介。
「当たり前だ。私とて常に臨戦態勢だ。警戒は解かんからな」
「…そりゃ素晴らしいことで。まぁ感謝するよ。これで理樹をさらに強く出来る」
「あぁ、私への報酬は高いぞ」
空を見上げれば、もう色づいた木々。
「茶会の続きをするから後は任せたぞ」
「やれやれ、俺はお呼びじゃないってか」
苦笑し、そこから去っていく恭介。いつかの世界よりも、理樹が強くなれるようにと信じて。

 同時刻、理樹は自分の意志で生徒会室に向かい、そして自分の意志で立候補の意志を伝えた。


 「さて諸君、よく集まってくれた」
「いやいるの真人と謙吾と恭介と来ヶ谷さんと僕だけだけど」
部室にいるメンバーは上記の通りと、そして机の上にはポスター用の画用紙10枚、そしてタスキなど。
「いまどき手書きのポスターとは。生徒会もコレがないと見えるな」
唯湖がその顔に似合わず下品に親指と人差し指を丸め、お金のジェスチャーをする。
「だろうね。でもパソコン室は使えないし…」
使えないのは本当だ。現在何故か生徒会が独自でそこを保有している。選挙対策室として。
「まぁおおかた生徒会の地位を利用してパソコンでポスターを作るんだろうよ。宣伝効果を考えれば手書きよりいいからな」
「胸糞わりぃぜ…一般生徒には禁止とか言っておきながらよ…」
実際に選挙要綱には『ポスターは手書きに限る』と書いてある。が現に生徒会がそれを堂々と破っている。
最初から勝ち目を与えないつもりであることは目に見えていた。件の副会長と佳奈多の一騎打ちというわけだ。
「安心しろ。私に考えがある」
「?」
と、唯湖がバッグから取り出したのは…ペンタブレット。
「…パソコンは禁止じゃないのか?」
謙吾の疑問もあっさりと覆す。
「パソコンは禁止となっているが、パソコンを使った手書きは禁止、とは書いてないぞ」
「…パソコンが禁止って時点で危うい気がするが、俺は賛同だ。理樹、どうだ?」
断れないのを分かっていてあえて聞くか…と思いながら答える理樹。
「賛成するしかないよ。というより僕たちに勝ち目を与えないなら、こっちから糸口を掴むまでだよ」
理樹の言葉に全面同意を勝ち取った唯湖は会心の笑みを浮かべた。

 「ちょっと貴方たち!パソコンでのポスター作成は禁止のはずよ!」
堂々とパソコンで作ったポスターを抱えて歩いていた生徒会役員が、理樹たちの行動を見て制止する。
パソコン室が使用禁止だったが、CAD室は教師の管轄下であるため、事情を説明して開けてもらった。
そしてその部屋のパソコンにペンタブレットを繋ぎ、いつか美魚が撮ってくれた写真を加工しながらポスターを作っていたときだった。
「ほう。その手に持っているものを棚に上げてそれが言えるのであれば、キミらは相当なバカだと言えるな」
「な、なんですってぇ!」
怒りを露にする生徒会役員。もうすっかり問題を棚上げだ。
「先生にお願いしたんでしょうけど、生徒会自治権に対する干渉行為よ!先生に言って閉めてもらうわ!」
「そうか。それならこちらは破壊工作を行ってでも全面戦争だ。まぁお猿さんに負けるほど知能が低いとは思わないがね」
役員の真っ赤な顔を冷徹な発言で、視線すら合わさず投げ返す唯湖。見ていて怖くなるバスターズ野郎衆。
「来ヶ谷さん、その辺にして…」
「サルに遠慮するような人間だから農作物や人間に被害が出るんだ。理樹君も少し考えを改めるといい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
サル呼ばわりされたのが相当悔しかったのかせっかく作ったポスターを廊下にぶちまけると、そのまま彼女たちはどこかに消えた。
「やれやれ。掃除のことも考えろと」
「…なぁ理樹。オレは今日、初めて来ヶ谷が本気で怖くなったぜ…」
「何を今更…」
そう言いかけて口をつぐむがもう遅い。
「…何だと?」
「な、なんでもないよっ!」
さっきからだいぶ女子生徒が騒いでくれたおかげで唯湖は非常に機嫌が悪い。
そのただならぬ空気を察した瞬間、ポスターが出来上がる。
「お、出来たか…ぶっ!」
「ん、どれどれ…り、理樹っ!」
「お…や、やべぇ。理樹に恋しそうになったぜ…」
「だろう?」
口々に感想を言う連中。心配になり覗き込む。まさか、と思いながら。
案の定そのまさか。
「こ、これってぇぇぇえええ!!!」
「うるさいぞ理樹君」
「だ、だってコレ!」
いつかのお泊り会で女装させられた理樹の写真をそのまま使っていたのだから。
こっちの世界にちゃんと残っていたようだ。
「い、今すぐ変えてよ!」
「イヤだ。撮り直すのも作り直すのもめんどくさい」
「これじゃ僕ただの変態だよ!」
「私にはぶっちゃけどうでもいい」
「勘弁してよ!」
「ええいうるさい黙れこのイエローモンキーが」
「酷いよっ!」
いつものやり取りになってしまうが、しかし選挙対策委員長の恭介が有無を言わさない。
「これでいく」
「恭介!」
理由は…萌えるから?
「理由は萌えるもあるが、何より、生徒のためならアイデンティティすらぶっ壊せる男というイメージを植えつけられるぞ」
「うむ。私もそう思ったからこの写真を選んだ。今日から聡明なる神と呼びたまえ」
「…」
もう、どーにでもなれっ!とヤケになるしかない理樹だった。
(つづく)


あとがき

理樹が選挙に出ます。さて、どうなるのやら。

ちなみに、生徒会の一件は体験談です。
生徒会役員はやけに選挙でも優遇されてたなぁ。パソコン室を管理しているのが生徒会の先生で、
一般生徒が使用許可もらえなかったのに、生徒会は顔パスでポスター作ってました。
まぁかくいうあたしも生徒会役員だったけど、そのあまりの意地汚さに選挙のときは勝手に早く帰ってました。
なんかこう…生徒を敵に回したくなかったしw
理樹君、それでも勝てるのかな。時流でした。

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