「なぁ、理樹、下級生にすごい奴が転校してきたらしいぜ」
「へぇ」
ある日の夜。理樹は机に向かい勉強、真人はその後映させてもらうまでの時間を筋トレに使うという、
あまりにいつも通りの光景の中、真人が口を開く。
「真人がすごいって言うんなら、相当強いんだろうね、ケンカ」
真人の判断基準がいつも筋肉や腕力、そして武勇伝であることは理樹も重々承知。
もちろん、彼自身が負け知らずの強さを誇っているため、口ぶりからまだ相対したこともない相手を
讃える性格でもない彼がその下級生を褒めるとは、と意外な感じがする理樹。
「まぁ、でも真人と謙吾で見慣れてるから、今更びっくりはしないかな」
「ふっ、ありがとよ」
「褒めてないから。あ、終わったよ」
差し出されるノート。待ってましたと飛びつく筋肉バカ。
「これだよこれ!待ってたぜ理樹っ!」
「…ちっとも悪いと思ってないよね」
そろそろ見放すときかな、と思っていた矢先。
「よう、理樹、真人。一年にすごい奴が入ったんだって?」
「恭介」
ノックもなしに入ってきた男は、何気ないことをミッションにするリーダー、恭介。またの名を(21)。
「その(21)は余計だぁ!」
「ん、恭介誰に話してんだ?」
「うるせぇ!」
「八つ当たりかよ!?」
恭介の理不尽な怒りはさておいて。
「でも、すごい噂だね。普通なら誰も見向きもしないのに、転校生なんて」
こう言っては角が立ちそうだが、別に転入はたいしたニュースではない。
この地域で一番大きな規模の学校で、大規模な寮もある。転入をするには十分な条件。
故に保護者の仕事の都合で転入と同時に入寮する人間は決して珍しくないし、先日も、昔何回か遊んだ(という)少女、
朱鷺戸あやも転入してきたばかり。言うなればこの夏休み明けのシーズンは転入が急激に増えるのだ。
恭介も事情は大体分かっているのだろう。情報をくれる。
「飛鳥って苗字だとさ。なんかかっこいいな、チャゲはいらないしな」
「はっきり言っちゃ可哀想だよ…」
チャゲは関係ないと思うのだが…。
「がーんっ!オレはチャゲのほうが好きだったのにーーーーーっ!」
ノッた人間約一名。
「まぁそれはおいといて」
「スルーかよっ!?」
相手してたらアレだ。と上手く話を変えて、続ける。
「飛鳥 心(しん)。凄いらしいぜ、転入早々柔道部の北川を沈めたらしいからな」
「え、あの北川先輩を?」
柔道部の北川。3年の元主将だ。引退したとはいえまだ柔道の腕は鈍っておらず、普段は仏のように温厚だが、
生意気な奴には徹底的に短気でその変貌ぶりから火山のあだ名を欲しい侭にしている荒くれ者の無頼漢だ。
「あの北川を沈めたなんてな…」
真人も意外と、目を丸くした。
恭介の話によると、戦闘開始から3秒後には床でのた打ち回っていたらしい。そしてそのまま動かなくなった。
「命に別状はないらしいがな。何でもその飛鳥って生徒が挨拶したのを返さなかったから腹立って飛び掛ったらしい」
なるほど得心がいく。
転入早々、先輩の挨拶に対してスルーをした彼を懲らしめようと技をかけようとしたらカウンターされたわけだ。
「以来3年の教室じゃ奴の話で持ちきりだ。まったく、俺が話題にならなくなって寂しいぜ」
「まぁ(21)疑惑が再燃しなきゃ再起は不能だろうな」
「だから俺はロリじゃねぇっ!」
こうして、騒がしい夜は更けていった。


 翌朝。
「飛鳥?あぁ、噂には聞いているぞ。北川を潰した奴だろう。俺も清々しているところだ」
朝食の席。いつものメンバーが揃う中、恐らく鈴に聞いても知らないだろうと思い、謙吾に聞いてみると、
予想通りの回答が帰ってきた。
「そうなんだ…。でも、どんな子かな」
「まぁ、あの北川を潰したんだ、相当な大男に違いない」
それはいくらなんでも…と、そのときだった。
「おい、飛鳥だ!」
「ホントだ…目あわせるなよ…」
「うわぁ、殺し屋みたいな目してるぜあいつ…」
周りが急にどよめきだす。どうやら食堂に飛鳥が入ってきたらしい。
「どの子かな」
「…アレだろうな、今入ってきたのはアイツしかいない」
「…あんな筋肉の固まりでもなさそうな奴がか?」
あくまで真人は筋肉重視なのだろう。
食堂に入ってきた少年。
…まだ少し寝癖の残っている黒い髪、そして吸い込まれそうな紅い目。
「…」
「…」
一瞬、飛鳥と目が合った。
だが、彼のほうから目をそむける。そして、食堂の隅の誰も寄り付かない席につき、食事を始める。
「…飛鳥くん、かぁ」
「なんでぃ、期待して損したぜ。オレは降りるぜ」
「まだ戦ったわけでもあるまい」
謙吾の冷静なツッコミに真人が噛み付き、結局いつもどおりの朝食の時間。
「…」
チラチラ、と飛鳥を見る理樹。
向こうは視線を合わせてくれなかったが、理樹にとってどこか、他人のように思えない感じがした。
「…」
そして、気が付いたら食べ終わっていないのは彼だけになっていた。


 「理樹君。一年生に可愛い男の子が入ったらしい。よって捕獲に行くぞ」
「次数学だからって、他の学年は普通どおりの授業だってば…」
2時間目の国語が終わり、伸びを一つ。すると普段寄り付かないくせに、何故か唯湖が理樹の席に来る。
「拝んでみたいんだ。よって付いて来い。キミは知っているんだろう?」
「…見ただけだし、何組かは知らないよ?それに、多分来ヶ谷さんが興味を持てる人間じゃないと思う」
「…珍しいな。キミが私の立場で話すなんて」
確かに唯湖にはいい迷惑かもしれないが、少なくとも彼女が興味を持ったとして、どうなる人間でない。
「なんとなく、だよ」
「そこでワタシの登場ですヨ姉御!」
「帰れ」
「がーんっ」
そんな時に空気を読まずに横から出てきたのは葉留佳。しかしあっさりカウンターされる。
「せっかく苦労して姉御好みの飛鳥くんの写真仕入れてきたのに…」
「なにっ。それを先に言いたまえ。出来のいい子は多少騒がしくても好きだぞ」
「やたーっ!ってことで献上しますゼ姉御っ!」
恭しく差し出される写真には、確かに飛鳥が写っていた。
「飛鳥 心くん。9月1日生まれ、16歳、慎重168cm、体重55kg、血液型O型」
「葉留佳さんどこからそんな情報仕入れてくるのさ…」
情報通もここまで来ると病的にすら思えるが、目当てのものを手に入れた唯湖はどうでもいいらしい。
「うむ。可愛いな。だが理樹君やクドリャフカ君のほうがまだ可愛い。よってこれは返そう」
「えーっ!せっかく報酬貰おうとしたのに…」
「はっはっは。まぁ私のお眼鏡に適わなかった彼を恨むんだな。それでは理樹君葉留佳君、ごきげんよう」
「…あ、うん」
「…」
葉留佳、白く燃え尽きています。
「でも来ヶ谷さんが興味を持つ人間なんだよね…」
あの来ヶ谷さんが。
そう思うと、理樹は何となく、彼をもっと知りたくなってきた。
「理樹くん?」
「あ、うん。僕もちょっと行って来るよ」
それだけ告げて、そこを離れる。
まだ夏の残り香のように、湿気と熱を帯びた風が廊下を駆け抜ける。
だが、理樹はそんなことどうでもよかった。
「…なんとなくだけど、気になるんだ」
それだけの理由で、彼は動き出す。

---それは、やっと戻った歯車を、また壊しかねない物語の幕開け---

『歯車のリグレット』 ----プロローグ 終わり


 あとがき

楓の遺言の中にもあったのですが(遺言と言えるのかな。聞いたのあたしだけだし)、
楓は以前とあるギャルゲと『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のシン・アスカくんをクロスオーバーした小説を
書いていました。結局未完のまま死んじゃったわけですが。
その書いた理由が『あの終わり方は納得いかない。それに、シンが普通の学生生活を送ったらどうなったかな?』という
実にどーでもいいところから始まっていました。
あたしもその遺言に従い、この度リトバスとシン・アスカをクロスオーバーさせてみます。楓の遺志に従って、ラストまで
描いてみようかな、と思います。

さて、あたしがシンを選んだ理由。

当初は『処女はお姉さまに恋してる』の瑞穂ちゃんを出そうと思ったのですが、
・女装キャラを出したら理樹君の立場がなくなる。
・第一祖父の遺言で入った女子校を捨てて理樹たちの学校に転入する理由が分からなかった(杉並さんと交換留学、とか考えたけど。
以上の理由から踏み切れませんでしたが、シンの場合。

・理樹と同じ境遇(しかもこっちは両親だけでなく妹も亡くしており、理樹と共感できるかもしれないと思った。
・リトバスメンバーにはいない本当のイケメンキャラ。
・そしてリトバスメンバー唯一の下級生(クドは確かに飛び級だけど、学年は同じだし。

という挑戦する余地のあるキャラでした。
ってことで腕を磨くためにやってみます。でもこんな古いキャラ、覚えてる人いるのかな…。
時流でした。

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