孤独を別段特別とは思っていない。
人は最初から最期まで常に一人だ。生きるとは、常に孤独に走り抜けること。
だから、オレは、オレの居場所しか求めない。そこにしかオレはいられないから。

歯車のリグレット 第1話『すれ違う紅い双眸 -Contact to another one-』

 この学園に転入してからのシンの評価はあまりに酷いものだった。
乱暴者、無頼漢、風雲児、問題児、暴力生徒、言われたい放題。
もちろん、その容姿に憧れを抱く女子生徒も少なくない、いつも女子たちからの質問攻め。
どこで育ったのか、好きなものは、嫌いなものは、将来の夢は。
嫌いなもの?
「…すべてが、キライだよ。今の状況じゃね」
静かな怒りを秘めたシンのその一言で、黄色い声が静まり返る。
「オレはパンダじゃない。いい加減消えてくれない?」
そういわれて冷たくされても、また集まってくるメスたち。いい加減シンも疲れていた。
だから、昼休みの芝生の上はとても過ごしやすく、心地よい。
「…」
木漏れ日の下の空気が甘い。吸い込み、吐き出す。
そうしていれば、生きていることを忘れることが出来る。難しいことを忘れ、呼吸をすることだけに重点を置く。
辛いことを、そうして忘れようとして。


 一瞬にして、大切なものが全部壊れてしまう世界。
そんなかごの中で生きている自分がイヤになる。
だから、難しく生きるのは苦手だ。
相手をねじ伏せるだけの強さと、奪うだけの憎悪があれば、生きていける。
力の無さに泣いた、暗い過去があるから。
「みゃー」
「…」
「みゃ?」
「…」
芝生に横たわるシンに、仔猫が擦り寄ってくる。
白くて、気高い仔猫。
「…」
鬱陶しくて、その猫の首根っこを引っ掴むと、そのまま放り投げる。
仔猫はその身体からは大方想像のつかない俊敏さで着地し、それが楽しかったのか、
また擦り寄ってくる。放り投げ、そして擦り寄られる繰り返し。
「…だぁっ!」
いい加減シンも疲れたのか、飛び起きて猫を睨みつける。
「お前なぁ、オレはお前と遊ぶために寝てるんじゃないんだぞ!」
「みゅー…」
「フン、寂しそうにしたって、オレは構ってやらないからな!」
「…」
「…なんで、猫にムキになってんだろうな、オレ」
木漏れ日の間の空にため息を噴き上げるかのように、ポツリとつぶやいた。


 シンには家族がいない。
正確にはいないのではなく、奪われた、壊されたのだ。
2年前のクリスマスの晩に。
父と母と、そして妹を奪われることの苦しさ、力の無かった自分を悔やむ日々。
「…お前は、誰かを守るために、強くなれるのか?」
「…にゃ?」
「…無理だよな、猫には」
もとより、そんなことを考えるほどの知能の高さは猫には備わっていない。
一宿一飯の恩すら簡単に忘れられる、餌をもらえると知ってやってくるだけで、そこに感謝は無い、
言うなれば勘定を完全に捨てた、割り切った生き方。
「…」
「…」
一人と一匹の間に流れる、気まずい沈黙。
やがて沈黙は破られる、仔猫のほうから去っていって。
「…」
遊んでやった恩を覚えているとは思えない。
また、その見返りを求めるつもりもない。
シンは再び、空を見上げ、眠りについた。

 つもりだった。
「---ぞっ!」
「---ん?」
遠くで、何か声がする。
安眠妨害も甚だしいくらいの声。
「…今度は何だよ…」
さすがにイライラが募る。
「…うるさいなぁ…」
飛び起きて、騒音の根源、そいつの顔を拝みに立ち上がる。
「タダで済むと思うなよ…」
この声のボリュームならそう遠くない場所に違いない。探して、黙らせる。
そう決めて数歩歩くと、そこには。


 「ほらお前らっ!今日はこの道80年の長老がこりこりにこだわったボールだっ」
「…」
紅い瞳が幻想的な、一人の女の子がいた。
「…」
「玉乗りが出来た奴にはモンペチだっ!おいドルジ、お前はだめだっ!」
「ぬきゅ〜〜?」
デブ猫を叱りつけ、他の猫に玉乗りをさせようとする少女。
手には、猫缶。
彼女の顔は楽しそうで、とても満たされていた。
猫たちも、心から懐いているようで、特に白い猫は彼女の頭に乗っかってべったりだ。
…その猫は、見覚えがあった。さっきの仔猫だ。
「…ん、なんだお前」
ふと、少女---鈴がシンに気付いて声をかける。
「…いや、別に。なんでもないよ」
「ヘンなやつだ。お前きっとバカだろ」
普段のシンならキレるような発言も、何故か怒りに変わらなかった。
木漏れ日の下の彼女が、あまりに神秘的で。
「…80年の長老って、今いくつだよ。ボケてボール作れないんじゃないか?」
「…はっ」
精一杯のイヤミ。鈴はそう言えば、と気付き、そして頭を抱える。
「…きょーすけにハメられた」
「よく分からないけど、バカはそっちだろ」
「うっさい!あたしはバカじゃない!」
「はぁ?やるのか?」
正直、シンの最初の印象として、鈴は相当な変わり者だった。
鈴も同時に、シンが相当異質に見えた。
初めて見る顔。なのに、どことなく他人のような機がしない。
人見知りが激しくて、あのセカイで強くなったとはいえ、今でも知らない人は怖い。
不思議な感じ、まるで自分と話しているように。
「おまえ、誰だ?」
「まずお前が名乗れよ」
「いやいやまずおまえだ」
「遠慮するな、お前から名乗らせてやる」
「ふかーっ!」
「…」
精一杯の威嚇なのだろう。だけど、シンも巻ける機がしないし、負けたくは無い。
「名乗ったら猫缶買ってやる」
「なにっ!本当かっ!?約束だぞっ!」
「お前案外安いのな…」
その単純さはまさに猫。呆れるしかない。
ともあれ、鈴が名乗る。
「あたしはジョン・スミス。ほらさっさと猫缶よこせ」
「…」
「誰もほんみょーを名乗れ、とは言ってないぞ」
「…」
きっと、こいつの親か兄弟は、相当な捻くれものか、変わり者に違いない。


「っくしっ!ん、誰か噂でもしてんのかな」
「棗、風邪か?あとそのページまだ見てるんだけど」
「うるせぇ自分で買え」


 「お前、自分が可哀想だって思わないか?」
「おまえほどじゃないな。ほら、猫缶よこせ」
「…」
下らない。そこを去る。
「あっ、待て猫缶っ!」
「…だぁっ!シンだよ!飛鳥心っ!これで満足か!?」
「猫缶シンか。わかったぞ。猫缶は今度でいい。モンペチがいいぞ」
「…お前いっぺん死ぬか?」
何か調子が狂う。捨て台詞一つ、そこを去る。
「なんだったんだあいつ。よくわからん。もうくちゃくちゃわからん」
「鈴っ!」
「お、理樹か」
後ろで声がする。話から察するに、さっきの女が鈴という名前だと理解する。
「鈴…か」

 なんとなくだけど、似ていた。その無邪気な双眸が、今は亡き妹に。


 2年前。
クリスマスイブの夜に世間を騒がせた一家惨殺事件が発生した。
父親は弁護士で、母親も法律事務所に勤務している、根っからの正義感の強い家庭。
暮らしぶりもそこそこ裕福だったが、同時に恨みを買いやすい仕事柄、敵は多かった節がある。
それでも、毎年クリスマスイブだけは、多忙を極める両親も早めに帰宅し、クリスマスを祝うのが飛鳥家の習慣だった。
彼は願っていた。
『いつまでも、こんな日常が続けばいいのに』

 だけどそれはあっさりと壊された。
その前日の夜、彼は両親と喧嘩した。理由は彼の進路を巡ってだ。
両親は彼に自分達と同じ道を歩むことを期待した。法律家として、弱きを守る人間になって欲しい、と。
だがシンは多忙を極める二人のような生き方を拒絶した。お互いの相容れない意志。それが、最期の別れになった。
クリスマスイブの夜、帰りづらくて、友達の家でささやかなパーティーを開いた。
みんな優しくて、楽しくて。だけど、一年に一度の家族の温かさ、それが恋しくてドアを開けたとき。

 父親は、玄関で脳漿を撒き散らして死んでいた。応対に出たときに拳銃で頭を撃ち抜かれたのだろう。
床に残る弾痕と、そして執拗に身体に数発叩き込まれた銃弾。即死だったに違いない。
しばらく歩いたところ、キッチンから出ようとしたところだったのだろう。母の亡骸があった。
胸に2発の弾痕と、そして猟奇的犯行に見せるためか、はらわたがぶち撒けられていた。
母はその時、シンの弟か妹を身篭っていた。身重の身体。母は最期まで母として死んだのだろう。
そして、その突然の光景が信じられず、彼はその場にへたり込む。両親の死。あまりに猟奇的な最期。
その時、妹がいないことに気付く。妹は、きっとこの事件から難を逃れて…。

 と、静かな家に何かが落ちる音が響く。それは、2階の子ども部屋だった。
まさか、まだ犯人が…それなら、倒さなきゃ。両親の仇を…。
近くにあった金属バットを片手に、父の亡骸を踏み越え、そして2階へ。
待っていた光景は、地獄だった。
妹は、あまりに凄惨な、変わり果てた姿で見つかった。
服は散々に剥ぎ取られ、そしてその小さな身体には異質の体液。恐らく野獣たちに嬲り者にされたのだろう。
そして、生きたまま、眼球を…。兄と同じと言って、自慢にしていた、その紅い目を。
苦しみながらショックで絶命したのだろう。


 シンは、心の中の何かが壊れる音を聞いた。
そして、叫ぶ。近所中に響く声で。もう、遠慮は無かった。妹の小さな身体を抱き締め、叫ぶ。
やがて、その騒動を聞きつけた近所の人と、警察が駆けつけ、事件の全容が明らかになった。
守れなかったこと、そして、自分だけが生きながらえたこと。それが、重くのしかかる。
もしあの時、あの場に居合わせて、そして両親を助けるだけの力があったなら。せめて、妹だけでも守れたら…!
PTSD(心的外傷後ストレス障害)から立ち直ったシンは、ただ単純に力を求めるようになった。
あのころの自分を否定するくらいの強さ。それが暴力だと言われても、罵られても、ただ強くあろうとした。
誰かに背中を見せたくない、そう決めて。
「…」
だから、ここに転入する前の学校では、相当な暴れん坊で有名だった。
停学処分などいつものことだった。強くなきゃイヤだった。だからといってそこらの不良とは相容れず、
あらゆる物事を敵に仕立てては、傷つけた。



 真人とはまた違った観点での強さの追求。
もし彼が真人のように、理解してくれる人間と知り合えていれば、あるいは。
彼は、変われたかもしれない。誰よりも優しい、誰よりも頼れる人間に。
だが皮肉にも彼の周りには彼を変えてくれる人はいなかった。
彼を避ける人は、大勢いたが。


 「鈴、怪我なかった?」
理樹が心配して鈴に駆け寄る。
真人や謙吾の話を聞く限り、さっき一緒にいたのはシンに違いなく、そして彼の容赦の無い破天荒なエピソードから、
鈴がいじめられてないか心配になったのだろう。
「あたしは問題ない。でもあいつはバカだ」
「…そうなの?」
間違いない。言い切る鈴にくすっ、と笑う理樹。
「(思ったより、悪い人じゃないんだね…)」
鈴がそれほど敵意を示さないだけでも意外だった。
朝食堂で見ていなかったのだろうか。知っていたらきっと相応の反応をしたに違いない。
「あいつバカだけど、面白そうだった。レノンも懐いていた」
「みゅ?」
レノンが不思議そうな顔で首を傾げる。
それを見て、理樹は確信した。
「…きっと、彼はみんなが言うほど悪くないんだよ、きっとそうだよ」
「よくわからんがおまえもアホだ」
「ひどいよっ」
抗議しながら、一つのことを思いつく。
「ねぇ鈴」
「なんだ」

「彼を、リトルバスターズに入れたら、面白いことにならないかな?」
「…」
「…ないな」
「…だよね」
あっさり諦め、そしてまた居直る。
「でも、きっと彼なら、面白くなるよ」
「それはないな」
「…そうだね」
「おまえどっちだ。アホだろ」
鈴は、呆れてため息しか出なかった。


 「なんだよ、あいつ」
人を突然猫缶呼ばわりしたり、バカ呼ばわりしたり。
だけど、それ以上に妹の面影があって、そしてどこか強さを秘めた瞳。
「…」
「まぁ、いいか」
そこで目の前に謎の男が立ちふさがる。
「…どけよ」
「あぁ?お前先輩にそんな口聞くのかよ」
「…あぁそりゃすいませんね、通してください、これでいい?」
「…てめぇ、余程泣きたいらしいな」
真人だった。
「北川を潰せるくらいの奴なら、戦っておいて損はねぇ。オレと戦えっ!」
「…断る、と言ったら?」
「…言わせねぇっ!」
強烈な勢いで飛び出すパンチ。
本来闇討ちなんて絶対好まない真人がここまで生き生きとした目でシンに挑むのは。
「久々にオレの強さを確認できる相手が現れたんだ、愉しませてくれよな!」
決して生半可な気持ちじゃない。理解したシンは、構える。

一撃で、楽にしてやる。そう誓って。
【続く】


あとがき

えーと、第1話です。
長く放置してごめんよ。やっと書く元気が出てきたんで書きました。
第1話はシンの過去にちょっと触れながら、原画の鈴の目が赤かったこと、そしてシンの目も赤ってことで関連付けて、
これからのストーリー展開につなげようと思います。伏線の回収めんどくさいけどね。

次回は例の方式でシンと真人がバトルをするんじゃないかなぁ…。
てか表現が生々しすぎるので、耐えられない場合は飛ばしてください。あ、苦情は…ちょっと。
一応これも作風ではありますので。時流でした。

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