本当に枯れないのか、なんて疑ってもみた。
だけど、本当に枯れないんだと信じるしかなくなった。
だとしたら、オレの目が見えなくなることだって、信じなければいいんじゃないか。
ずっとこの目は見えるって、信じ続ければいいんじゃないか。
問いかけても、桜は答えてくれない。所詮、桜は桜だから。


第13話『桜並木 -Walk along cherry road-』


 その船は、舳先を輝く水面に向ける。
秋深まる時期の海上は寒く、日が昇ってもそれは改善されることはない。
たまらず、甲板に出ることを躊躇う。
そんな彼女の頬に、何か温かいものが触れた。
「シンくん?」
「ほら」
「ありがとう!」
本当に嬉しそうに、笑う少女だ。
頬に当てられた温かい缶ココアを受け取りながら、彼女は、秋空を見上げた。

 許可はあっさりと下りた。
本当ならば土曜日。勉学に励むべき時間帯でもあるし、まして、血気盛んな、ヤリたい盛りの男女が
二人きりでお泊り外出なんて、断固拒否というところだろう。だが、結果はあっさりしていた。
まず第一に、女子寮長の協力が大きい。
船のチケットの手配、そして教師に対する事情説明(言い訳、とも言う)。
シンの遠い親戚が初音島に住んでおり、その人が病気で倒れた、心配だから行く、というベタな筋書きを作り、
さらに小毬についても同様、初音島にある男女共学の学校…風見学園の視察を持ち前のコネを使って生徒会に
働きかけ、まさに『偶然』を装って彼らを外出させることにした、というのが今回のネタバレだ。
『まぁ、風見学園の視察と交流は以前から考えられてた案件だしね、ちょうど良かったわ』
風見学園は生徒会の結束力と牽引力が強く、各種イベントが県外の学校関係者にも知れ渡るくらいの大成功を収めている。
そんな凄い学校の生徒会のシステムを取り入れない手はない、と以前から交流の話は上がっており、先方も快諾。
その時、誰を行かせるかの話が挙がって、手を上げたのが第2の協力者…秀島だ。
『あたしの知り合いに近々初音島に行く予定の子がいるんです。彼女なら素行も態度もいいし、先方にも好印象かと』
そう、それが小毬だったワケで。
ちなみに、これについては事前の裏取引があったとも、本当に偶然とも言われているが今となっては検証のしようもない。
肝心の小毬と、本来なら別件で外出のシンは、既に同じ船の上なのだから。

 「晴れてよかったね」
「…そうかな」
お出かけなんだから晴れて嬉しいに決まってるよ。笑う小毬。
だけど彼の目は曇っている。ベーチェットによって光を失っているからではない。
…本当に、その島に桜が咲いているのか。そして。
『願いの叶う桜がある』
その伝説を都市伝説の類のHPで見た。誰もそれを信じている素振りはなかったが、もしも、だ。
そんな夢の様な桜があるとしたら。
「病気が治ること、祈るのは罪かな」
「…」
小毬も同じ思いだということに内心ホッとする。
嬉しいようで、本当はそんなこと望んじゃいけないような気がしてきて。
「…もしさ、それで目が治ったら、小毬は」
もう、俺にとって必要じゃなくなるのかな。
言いかけて飲み込む言葉も、全部お見通しなのだ、小毬という女の子は。
「それでも、ずっとそばにいるよ。シンくんが本当に幸せ笑顔になるその日まで」
「死ぬまでないかもしれないぞ?」
「だったら、おばあちゃんになっても一緒にいるよ」
「…」
強情なのか、バカなのか。天然なのか。
そんなまるで春の日差しのように優しい彼女を後ろから抱き締める。
本当に小動物のように、静かな鼓動。そしていい香り。
「…」
こんな小さな身体のどこに、自分を思いやってまだ余りある心を持っているのだろうか。
時々その健気さが怖くなる。自分のことなんて無視して生きてもいいのに。
だけどそれをせず、あくまで誰かのためにあろうとする、それが、神北小毬という女の子なのだろう。
腰に回した手に、重ねられる小毬の小さな手。
「ね。シンくん」
「ん」
「こんな時間が、いつまでも続くこと、桜さんにお祈りしようね」
「…」
素直に頷かない代わりに、その優しい香りの髪に鼻を埋めて目を閉じる。
小毬もそれがイヤというわけではないようで、幸せそうに目を細める。
やがて、汽笛が鳴って、着桟が近いことを教えてくれた。
初めて見る、桜の島。
「…」
そこでは、きっと素敵な出会いと、悲しい別れを経験する。
「…」
今からそれを考えると、本当に大丈夫なのかって心配になる。
でも案外小毬が隣にいるなら何とかなりそうな気がして、彼女の手を取り、歩き出す。
春の薫風漂う、初音の港へと。


 桜舞う並木道を肩並べて歩く。
最初上陸したとき、これは絶対に夢だ幻だと疑ったその景色。
小毬もこれは予想以上だったようで、流石に驚きを隠していない。
「…凄いね」
「あぁ…」
春風に舞う花びらは、2人の上に雪のように舞い降りて、そして地面に落ちる。
世間では落ち葉が道路を埋め尽くし、紅葉が綺麗だねとか、道の掃除がと無粋なことを言う人がいるとか、そんな世界なのに、
この場所はそれを無視している。未だに桜のじゅうたんがとめどなく続いているのだから。
「ねぇシンくん」
「ん?」
ふと、横の小毬が何か物欲しそうに上目遣いをしてくる。
「団子でも食べる?それともお汁粉?」
「もーっ、人を子どもみたいに扱わないでよぉ…」
リトルバスターズのみんなには決して見せない、頬を膨らまして拗ねる顔。
「手、繋いでいいかな」
「いや、別に気にしないけど、そっちこそ、いいのか?」
「…」
別に気にしないけど、という言葉に何かの引っ掛かりを感じ、差し出した手を小毬は引っ込めた。
「?」
「つなぎたいって言ってくれなきゃ、イヤ」
「…」
「シンくん、手、つなぎたくないの?」
「…」
桜のように薄桃色に染まった小毬の頬、さくらんぼ色の唇から紡がれる照れ隠しの言葉。
そして、白魚のように白く、柔らかそうな手。
欲しい、かもしれない。小毬のそんな手。
「…つなぎたい」
「うんっ」
差し出された手は、温かくて。
手が温かい人は心が冷たい、なんてよく言われているけど、それは間違いだ。
それに。
「シンくんの手、冷たいね」
きっと、2人で手を繋げば、ちょうどいいくらいの温度になるのだろう。
足りないところを補い合う、そんな、春の風と日差しのような関係の中で、歩き続ける2人。
「…そう言えばさ」
「ん〜?」
「旅館とか、予約取ってる?」
「…ほわぁっ!」
「…」
あぁ、やっぱり肝心なところでヌケてるな。
肩でため息を表現し、自分と小毬の荷物を持つ手にもう一度力を込め、その長い長い道のりを、歩き出す。
桜のヴァージンロードの先に、思いを寄せて。


 「…ここもダメだってさ」
「うー…」
年中桜が咲いている実に珍しい島だ。観光客が少ないわけがない。
現にこの島の旅館街やビジネスホテル全般を当たってみたはいいが、やはり今日はどこも満室らしい。
だがいくら春のうららかな日差しを思わせる、小春日和とはいえ、夜はやはり秋の寒さ。そんな空の下で小毬を野宿なんてさせられない。
「オレ、最悪小毬だけでも泊まれないかもう一度掛け合ってくる」
「えっ、わっ、それはダメ〜!」
本当なら喜ぶはずの提案も、小毬は即答却下。
「なんで」
「だって」
頬を更に赤く染め、答える。
「せっかくの…2人の日だもん……お泊りは、いっしょがいい…」
「せっかく、2人きりなんだから…」
「小毬…」
確かに、このまま小毬だけで泊まれても、二人の旅行の意味が薄れてしまう。
だが背に腹は変えられない。そういって2人してうんうん唸ってると。

「あんあんっ♪」
「?」
「わーっ、可愛いわんちゃんだぁ〜」
「あんあんっ♪」
足元には、犬、というより犬に似た得体の知れない生物がいた。
それが何か分からずにいると、そいつは千切れるくらい、尻尾をぶんぶん振っている。
「あんっ♪」
「…これが欲しいのか?」
「あんあんっ♪」
手には、さっき港近くの出店で買った銘菓、さくらまんじゅう。
「あんあんっ♪」
人間慣れしてるのだろうか。ともあれ『早く寄越せ』と催促しているようにも見える。
ただでくれてやるのはイヤだけど、小毬が可愛い可愛いと喜んでいるのを見ると、このまま邪険にするのもアレだ。
そう思って、まんじゅうを一個袋から出してくれてやる。
「あんっ♪」
「食べる姿も可愛いよ〜…」
ぽわわんモード全開。そのままお持ち帰りしそうな勢いだ。
「クドのヴェルカとかストレルカみたいに役に立つ犬じゃないんだから、つれて帰るなよ?」
「しないよ〜。首輪みたいなリボン付いてるし、きっと誰かの飼い犬だよ」
それもそうか。ともう一個やろうとすると。

「はりまお〜!どこ〜?」
「あんっ♪」
はりまお、と呼ばれて犬がすぐさま反応する。
僅かな距離に女の子。
「はりまお〜、勝手に行っちゃダメだよ〜」
「あんあんっ♪」
犬を抱き上げ、そして2人を見る。
「あれ〜?この辺では見ない人だね。観光客さん…にしては若すぎるかなぁ」
「?」
金髪をツインに分けた、ちょっと小柄な女の子が立っていた。
「えーと、旅館なくて、困ってるの?」
「あ、いや」
「そーなんです…どうしようかって…」
「おい小毬!」
普通なら警戒すべきところなのに、警戒心まったくのゼロな小毬に呆れてものも言えない。
どうしたものか、今更口車に乗せられるのも癪だ、ととりあえず強がっておく。
「べ、別に困っては」
「ううん、ものすっごぉく、困ってるんですよ〜」
「だから小毬!」
ムダ。もう立ち入るスペースなし。
諦めて小毬の判断に任せるとしよう。小毬もそれを察したのか『任せて』と相手に悟られないようにウインクしてくる。
「それで、出来たら穴場の旅館とか教えていただけたらなぁ〜って」
「う〜ん…穴場ねぇ…」
う〜んと小首を傾げて声を出す少女。すると。
「あ、そうだ。それなら今日はボクんちに泊まって行けばいいよ」
「え?」
泊まっていけ、というのはそれはそれは嬉しい提案だが。
「はりまおが懐いてるってことは、少なくとも悪い人じゃなさそうだし」
「あんっ♪」
「いや、和菓子くれたら誰にでも付いていきそうな感じだぞ…?」
「あーっ、ひどいなぁ。はりまお、違うよって教えてあげて」
「あんっ!」
あまり声色が変わらないから別に怒っているようにも感じない。
すると小毬が横から言う。
「でも、お父さんとお母さんのおっけ〜貰わなくていいのかな〜?勝手に泊まったら怒られそうだよ〜」
「あ、その心配はいらないよ。だって、ボクの家だから」
「いや、だから小毬・・・こっちのオレの連れは」
まさかこんな少女が独り暮らししているわけがないし家を所有しているとも思えない。
そこを指摘して小毬をフォローしようとしたが。
「正真正銘、ボクが所有してる、ボクの家だよ」
「…廃屋に勝手に忍び込んで秘密基地化するってのは所有って言わないんだぞ」
「あ〜っ!失礼なこと言ったぁ」
頬を膨らます。そして。
「一応ボク、こう見えてこの地元じゃちょっとは有名なんだよ?」
「悪ガキって意味でか?」
「違うってば〜!」
で、ポケットから可愛い犬のあしらわれた名刺入れを取り出して。
「風見学園の学園長をしている、芳野さくらっていいます。これで分かった?」
「…」
名刺には確かに学園長と書いているし、ちゃんと正装の顔写真も貼ってある。
大体こんな時間に出て回っている不良学園長ってのも不審な感じがするし、最近は名刺を作るソフトだって充実している。
本当か、と疑うシン。何かを言おうとしたが、小毬が止める。
「小毬?」
「もう、シンくんはこれ以上人を疑っちゃダメ。悪い人じゃないよ。ちゃんと名乗ってくれるんだから」
「…お前は信じすぎなんだよ、なんでも」
と一言だけ悪態をついて、それ以上は何もいわないことにした。
それを見届けると、小毬も自己紹介。
「神北小毬と、飛鳥心くんです。ちょうど風見学園に向かう途中です」
「…あ〜っ、もしかして本土の学校から視察に来るって人、キミなの?」
「はいっ♪」
「…大歓迎、だよっ♪」
ぱぁっ、と目が輝きだすさくら。
「色々聞きたいことあるの。はりまおのお礼もかねて、学園まで案内するね」
「あ、ハイ、助かります〜」
「…」
ともあれ、2人の学園行きと今日の宿には困らないようだ。
偶然というか、必然というか。とりあえず2人とさくらを結びつけたはりまおとか言う犬?に感謝しつつ、シンは。
「ところでアンタ、本当の歳はいくつだよ?」
「レディに年齢を聞くなんて、失礼だよ〜?」
お約束は、やはり跳ね返された。
(つづく)


 あとがき

久々のリグレット更新です。
すっかりシンくんのこと忘れてました(暴露すな
さて、この回から初音島編です。初音島に上陸した2人は、この後、とある事情でこの島に起こることに巻き込まれていきます。
そして、島を去るとき、二人はドコまで強くなっているでしょうか。そこにご期待、かな。
そしてそして。
もちろん初音島編なんで、D.C.シリーズの歴代登場人物はどんどん登場します。
シンくんってば音姫ちゃんとかに恋焦がれたりしないかな、なんて心配になりつつとりあえず今回はこの辺で。
ってことで相坂でした。

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