誰も一人では生きていけない、一人では戦えない。
そんなものは虚構だと思っている。結局最後は一人だ。
生まれるときも、死ぬときも。
なら、生きている今は?そう問うことも、今のオレには…。


第5話『微笑 -I will pray.-』

 小毬に手を引かれる廊下の光景。
誰もがそれを見て見ぬ振りだが、こんなとき頼れる友達がいないことが辛い。
もしもいたとしたら、都合よく嘘をついてもらって、この状況を打破できたのに。
「は、離せよ」
「ダメです。離したらシンくん、どっか行っちゃうもん」
「…」
最初から信頼もされていないようだが、下級生だからといってまるで弟のように扱われるのが
多少不服なシンは、力いっぱいその腕を振り解く。
「っ。シンくん?」
「は、恥ずかしいだろ!アンタも少しは考えろよ!」
「ん〜」
考える振りして、そして何か思いついたように人差し指を立てる。
「それなら、さっきまでのことはなかったことにしよう。おっけ〜?」
「はぁ?」
素で分からない。何がいいたいのか。
「だから、手を繋いで引っ張ってたのはなかったことにしよう。おっけ〜?」
「…」
そしてさらに自分を指差し。
「引っ張らなかったことにしよう。これで万事解決だよ」
「…」
ついに気が狂ったか…と背を向けて歩き出そうとしたとき。
「同意は貰ったから、引っ張るね」
「っちょ!」
手を引き摺られ、反対方向の力が加わる。
「オレは行くとは言ってないぞっ!」
「さっきのをなかったことにしたから、引っ張られることに同意したってことだよ」
「ワケわかんないって!」
どちらにせよ、シンに逃げ道も、拒否権もないらしい。
そのまま部室とやらに引き摺られながら、なぜかドナドナの一節が浮かんできた。
「…子牛じゃないぞ」
「ふぇ?」
「なんでもない」
「ん〜」
小毬が何をしたいのか察することも出来ず、たどり着いたのは赤錆の浮いたドア。
ノックの後、中から女子の声がして、そのままドアが開かれる。
「やは〜小毬ちゃん、と、アレ?」
ちょっと赤みががった髪の少女は、小毬の横に見慣れない男の子がいることに気付く。
が、次の瞬間、この間盗撮した男の子だということを理解するなり大声を上げる。
「あーっ!転校生の飛鳥くんだぁ!」
「…」
やれやれ、ここでも有名になっていたのか、望んでもいないのに。
踵を返してその場を立ち去ろうとしたが、次の瞬間には部屋に引き込まれていた。
「姉御っ!いけにえっすヨ!」
「うむ。苦しゅうない。よってこの場で生でいただくとしよう」
「来ヶ谷っ!」
部室内には、小毬、やかましい女子生徒の他に、来ヶ谷と鈴、そして美魚の姿が確認できた。
「あっ、猫缶シン」
「誰が猫缶だ!」
「さっさとモンペチよこせ」
「お前の頭にはそれしかないのか!」
呆れる。シンでも忘れかかっていたことをちゃんと覚えている割に、ちゃんとした名前を覚えていないことに。
「まぁそんなことはどうでもいい。シン君、神北女史、早く座るといい」
来ヶ谷の一言で、小毬がシンをつれて動き出す。
「は〜いっ。じゃシンくんはここね〜」
「…」
反論の暇もなく、上座に座らされる。その両サイドは来ヶ谷と小毬が押さえている。
逃がさないぞ、という暗黙のサインに、シンは諦めて居直るしかなかった。


 お菓子パーティーは、元来リトルバスターズ新メンバーの親睦の為に始まったのだが、
現在は昼休み、バラバラになりがちの彼女らが情報交換しあう言うなれば井戸端会議、のような
場になっているらしい。それだけ今更結束を強化する必要がないほどに固い絆で結ばれているのだろう。
シンには正直それが分からない。結束する理由がないからだ。仲良しチーム、と思っている段階では。
すぐに、結束が必要な理由を察する。
それは、小毬の一言からだ。
「でも、最近試合やってないね」
「仕方ないだろう。発案者の恭介氏がバンドをするとか言い出してバカどもを連れまわしているからな」
「試合?」
シンが無意識に聞き返すと、美魚が教えてくれた。
「…今のリトルバスターズは、元来、鈴さんのお兄さん、恭介さんが考案した野球チームなんです」
次に、鈴が口を挟む。
「もともと、悪を成敗する正義の味方の集まりだった」
らしい。

 悪を、成敗。
仮にもしそんな人間たちがいたとしたら、シンの家族は生きながらえたのだろうか。
少なくとも、悪ガキ連中にそんなことが出来るとは思わなかった。シンは素直じゃないから、
つい憎まれ口を叩く。
「フン、悪を成敗?だったら」
と、その言葉は遮られる。小毬だ。
「…」
ふるふる。首を横に振っている。
「…」
家族を殺したヤツを、討伐してみろよ。
そんな言葉を、胸の奥に飲み込むしかなかった。
「シンくんは、前の学校で何してたの?」
と、興味津々の騒がし乙女…葉留佳が食らい付いた。
「…」
もちろん、即答できるわけがない。
部活にも入らず(一度総合格闘同好会なる組織に加入し、顧問を3秒以内で曙よろしくKOし、強制退部)、
喧嘩と、停学、復学、そして暴力事件を繰り返すだけの問題児。
特定の彼女がいたわけでもなく、擦り寄ってくる女は多かったが、全部無視。
勉強は特別出来たわけでもないが、頭が悪いわけでもなかったシンだ。
平たく言えば、何かに真っ直ぐになったことがない。何かに本気になった経験がない。
故に、答えに戸惑っていた。
「…」
「え、シンくん?」
「…何もしてなかったよ、何もね」
そんな自分に不貞腐れながら、半ば八つ当たり気味に吐き捨てる。
葉留佳は不審に思ったようだが、追求はしなかった。
それだけが、救いだった。

 それからはシンの過去に触れるものもなく、誰もが思い思いの話をする。
例えば、今日は理樹がどうだったか、とか。恭介が最近どう、とか。
シンにはそれが心地よい時間には思えなかった。だが少なくとも木陰や屋上、体育館裏の朽ち果てたベンチにはない、
確かな『居場所』がそこにはある、と理解できた。
居場所。個々人のベストプレイスではなく、ここはリトルバスターズの面々が作り上げ、守ってきた場所だ。
「…」
そこに、異質の分子である自分が混じっていていいのか、とも思う。
次第に居心地が悪くなる感じがして、そこを立ち去ろうとするが、両サイドには小毬と来ヶ谷だ。
両方とも強引な人間ゆえに、うかつな行動を取れば捕まる、というのが直感で分かった。
彼は諦め、この苦痛のような時間が早く過ぎ去ることだけを願った。


 しかし、苦しい時間ほど、意外に長く感じるものだ。
現実として、シンが願った状況とは正反対の、女だらけの騒がしい座談会が続く。
それは確実にシンが置いてけぼりの状態を意味していた。
「…」
隣では、小毬がニコニコしている。
さらに隣では、来ヶ谷がニヤニヤしている。
…実に居心地が悪い。
何とかチャイムを鳴らす方法を考える。爆弾テロか?犯行予告か?
そのどれもがあまり意味のないような平和な学校だ。あえて何かをする必要もないだろう。
時間に身を任せる、と決めたときだった。

 「そう言えばシンくんの実家ってこの辺なの?ご家族は?」
「っ!」
葉留佳の質問、それはシンの表情を一気に変えた。
悪気があるわけではない、それは誰もが承知のことだ。
彼女とて『家庭の事情』というものに翻弄された人間なのだから、シンの境遇を知っていれば間違いなく
そんな質問はしなかったはずだ。
だが皮肉にも彼女はそれを知らなかった。知る由もなかった。
シンの家族、それは。
「…だよ」
「え?」
バタン!椅子が後ろに弾け飛び、ロッカーを直撃する。
「死んだよ!殺されたさ、どうだこれで満足か!?」
「え、し、シンくん?」
殺意の篭った、怒りの目。
その紅い双眸は、葉留佳の無邪気さを簡単に打ち砕き、ある種の恐怖すら植えつける。
「分かるわけないよな!殺されて、遺された人間のこれまでなんてさ!『お友達』がいっぱいで、幸せなアンタには!」
お友達、その部分がイヤミのように強調されていた。
それは明らかに、リトルバスターズに対する冒涜に他ならない。
小毬がなだめようと手を伸ばす。
「落ち着いて、シンくんっ!」
「っ触るなよ!」
弾かれる手、勢いが強すぎて、そのまま尻餅をつく小毬。
流石に見過ごせなかったのか来ヶ谷が立ち上がり、シンを睨みつける。
「シン君、これ以上の狼藉は見過ごせないぞ」
「はっ、狼藉かよ?オレは悪くない!大体悪を成敗する正義の味方?だったらなんであの時」
オレを、助けてくれなかったんだよ!
部屋に響くその声は、明らかにシンの心の叫びだった。
何らかの事件で大事な人を失った人間に共通の叫び。
なぜあの時、もっと早く気付いていれば…そうした後悔を背負っている現実。
奇跡が起こらなかった世界で、その傷を背負って生きてきたシンの苦痛が、声になった瞬間。
部室内は一気に静まり返る。シンがドアを蹴破るように開けて出て行ったのは、ほぼ同時だった。


 「シンくん、怒ってた…」
思わぬ発言が波紋を呼び、沈黙に導いたとして後悔する葉留佳。鈴が慰める。
「しんぱいするな、悪いのは勝手に怒ったあいつだ」
鈴もまた無邪気で、あの状況でもし彼女が葉留佳と同じようにシンに興味を持って同じ質問をしていたら、
恐らくその火の粉は鈴に降りかかったに違いない。
唯一、彼の境遇を知っている、というより聞いていた小毬だけが、冷静だった。
「小毬君、手が痛むのか?」
「…ううん、でも、シンくんはもっと痛かった、と思うよ」
「…」
来ヶ谷は一瞬で全てを察する。
「キミは、シン君の置かれている立場を知っていたな」
「…うん、本人から聞いてた。そのときも、詳しくは分からなかったけど」
どうやら殺された、というのは本当のことらしい。
美魚が、何かに気付いたように口を開く。
「そう言えば…飛鳥という苗字と、事件で思い浮かぶことがあります」
「何かね?詳しく聞かせてもらおう」
「はい…」
美魚は、記憶の限りで話し始めた。


 2年前のクリスマスイブの翌朝読んだ新聞。
あまりに猟奇的な事件だったため覚えている。不謹慎にも小説の題材にしようか、とすら思えるほど。
とある閑静な住宅街で、弁護士一家が惨殺された。主人は頭を撃たれ即死、妻は腹を割かれ死亡、
娘は、家族の死を見せ付けられた後、犯行グループから性的暴行を受け、その後殺害された。
生き残ったのは、事件当時家を留守にしていた長男のみ。
犯人は現在でも特別捜査本部が置かれているが、一行に決定的証拠が挙がってきていない。
一部に警察関係者が関与していて、証拠をもみ消しているのではないか、と思われるくらいの事件だ。
犯人の体液が娘の遺体に付着していたのに、それがDNA分析をされてもまったく事件解決につながらない。
そして、最初のうちは新聞を騒がせていた事件も、日を追うごとに三面記事に落ちていき、そして。
「今はすっかり見なくなりました」
「…そうか、あの一家惨殺事件の…」
来ヶ谷も思い当たるフシがあったらしい。
「面識はなかったが、一応実家からそう離れていない住宅街での事件だったからな」
実家を思い出すのが忌々しいのか、それ以上は何も言わなかった。
「家族か…案外当たり前に存在している場合、それが普通に思えるんだろうな」
どんなに実の娘を寂しくさせる多忙な親でも。それは来ヶ谷なりの皮肉なのだろう。
そんな中、小毬が言う。
「みんなで、シンくんの家族に、なってあげられたらいいのにね」
「…」
寮生という時点である種の家族であるのは間違いない。
だが小毬の言う家族は、明らかにニュアンスが違った。
「シン君の家族?何だ、寝食を共にするのか?おねーさんは大歓迎だ」
「…ん〜、ちょっと違うかな?」
そして小毬が説明を始める。
「シンくんが笑ってくれないの、きっと私たちが完全な他人だから。でも、あったかい気持ちになれば」
また、笑ってくれるはずだから。
本当の血のつながりはいらない。ただ、彼がまた笑ってくれるような温かさで迎えてやりたい。
例えそれが無駄な足掻きで、心を開いてくれないとしても。
小毬の考えは、疑似的な家族を作るわけではなく、家族と一緒にいた頃の、きっと今より表情豊かだった頃に
彼が戻れるように、周りが温めてやろうという発想に他ならない。幸せスパイラル理論の賜物か。
「…悪いが賛同できないな」
「えっ」
だが来ヶ谷が第一声でその案を拒絶する。理由は。
「仮にそれをして、逆にシン君が深く傷つくことになったらどうする?優しさと鋭さは紙一重なんだ」
時として、それが取り返しの付かない結果を齎す。
それを警戒した来ヶ谷は、小毬の案に反対した、それだけのこと。
「でも…」
「確かに、それは危ない橋だと思います。少なくとも今それをやっても、彼の怒りに油を注ぐだけです」
美魚も批判的だ。他の二人、特に鈴は興味がない。その時点でもう大勢は決していた。
「ゆいちゃんとみおちゃんが協力してくれなくても、私、がんばる」
「ゆいちゃんと呼ぶなと…ではなく、それでキミの身に危険が迫っても、いいのか?」
来ヶ谷の言葉は、最後の警告を意味していた。もう、後はないぞと。
頷き、そして決意する。
「シンくんを、絶対にまた笑顔にするよ。そしたら」
きっと『あの頃』の私も笑うはずだから。
その『あの頃』がいつかは小毬しか知らないこと。
「だいじょ〜ぶ、だよ」
根拠のない小毬の笑顔に、皆諦めて肩をすくめるしかなかった。
(つづく)


あとがき

非常に短い第5話は、急展開ですがシンの境遇を女性メンバーが知ることになりました。
そしてついに次回から小毬がシンを笑顔にするためあの手この手で動き出すかと思いきや、
同時に来ヶ谷の話も進展?てな感じです。
さて、森先生はどうなるんでしょうかね〜。
ごめんなさい、体力余ってないんで、日記と掲示板のレスは、明日改めてします。
…今日(11/10)行ったら明日明後日お休みだもん。時流でした。

※結局次のお話ではあの人が出てくることになりました。

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