わたしがいて、あなたがいて。
それは、とても簡単で、その割一筋縄じゃいかなくて。
だけど、最後にはみんな笑顔になる。そんな、幸せの魔法の言葉。
『ありがとう』


第8話『接吻 -Kiss my lips-』

 「楽しかったね♪」
「…」
あの後、完全に伸びてしまった理樹と苦悶の表情を浮かべる恭介をなんとか介抱し、
ダメージコントロールが完了すると同時に二人が復活。理樹のほうは意識が飛んでいて、
何を言ったか殆ど覚えていなかった。
消す手間が省けたのは幸運だったが、ちょっと寂しいのは。
「…殺りそびれたな」
「ほわぁっ!そ、そんなことしちゃダメだからね;;;」
隣を歩く小毬が本気でビックリした顔をする。
最初からそのつもりはないよ、面倒臭いから。
そうぶっきらぼうに伝えてやるとすぐ安心した顔になる。本当に起伏の激しい子だと
改めて実感させられるシン。
寮へと続く並木通りは、まだ夏の緑が青く目に痛い。
日差しは夕方だけあってだいぶ落ち着いてきてはいるが、それでも、熱を吸った地面は、
大要が消えた後の反撃とばかりに、まるで熱の壁のようにそこにある。
「熱い」
「うん〜。あ、そうだ〜、ジュース飲もうよ」
「…」
暑いから離れろ、という意味だったのに。
それくらい小毬は密着してた。まるで彼女か何かのようなポジションで。
自覚している行動なのか、あるいは、まったくの無意識なのか。
「なぁ小毬」
「ん〜?」
自販機前で立ち止まり、硬貨を入れる小毬に声をかける。
真相を確かめるために。
「アンタさ…」
「シンくん何飲む?奢っちゃうね」
「…人の話聞く気ないだろ」
「ん〜?」
間違いない。確信犯だ。
「アンタさ、彼氏でもない男の隣でべったりって、ヘンだと思わないのか?」
単刀直入に言ってやらないと小毬は絶対気付かない。
そう確信したシンは、思い切って口にしてみる。
答えはあっさり返ってきた。
「うん〜。別に平気だよ〜?だってシンくんは、大事な弟くんなのです」
わたし、お姉ちゃん。えっへん。
そう胸を張って微笑む小毬に何となく脱力感を覚える。
異性として意識されていないことより、子ども扱いされていることに。
それ以上に『自分以外の男にはこんなことをしない』という明確な否定がなかったから。
別に恋愛感情がないくせに、その辺には意外にジェラシーを感じやすいシン。
それを空気で察したのか、小毬がフォローする。
「あ、でも、男の子には誰でもこうするわけじゃないよ?わたし」
そういうの、苦手だから。
また難解な答えだ。
言うなれば、シンもその対象では…。
「(あーっバカバカバカオレのバカっ!なんでそんなに意識するんだよ!こんな…)」
まだ、出会って間もないのに。

 邪念を払おうと、一気に飲み干したものは。
「し、シンくん、コーラ一気飲み…」
「げふぉっげふぅっ!」
炭酸が相当堪えたのか、一気に戻しそうになる。
「げげごぼおぇっ」
どこかで聞いた吐きヴォイスだ。
「こ、コーラなんて誰も頼んでないぞ…!」
オレを殺す気か!と睨みつけると、笑顔で一言。
「だって、コーラが嫌いな男の子っていないと思うよ。わたしもシュワシュワがなければ好きだし」
「…固定観念だろ、それ」
第一、炭酸の入っていないコーラなんて、ただのカラメル色素砂糖水だろ。
小声でつっこんでみるが、小毬は意に介さずに、オレンジジュースをくぴくぴと可愛い喉音を鳴らしながら飲んでいた。
夕日が、赤い。
ようやく地面からの熱の照射も落ち着いてきたので、ベンチから立ち上がる。
「シンくん?」
「帰らないとダメだろ」
「…うん」
寮に帰る。そして、食事をして、風呂に入って、宿題して、寝る。
いつもの流れだけど、明日の朝までまたシンと会えないのはもったいない。
「何でだろうね、やっと、シンくんと打ち解けたから、かな?」
「何が?」
「帰るのが、ちょっともったいない気がしてきたんだよ」
「…」
帰りたくないとか、そういうレベルではなく、あくまでもったいないだけ。
それはシンだって同じだ。
諸事情から一人部屋、当然待っててくれる友達がいるわけでもないし、部屋に戻ってもすることがない。
宿題くらいはしなきゃいけないと思うが、前の学校との進捗率もあるため、どこから勉強していいか分からない。
…一部の授業を除き、前の学校より進んでいた。
因みに前の学校で一番進んでいたのは保健体育。生徒が真面目に聞く、というより堂々と教師の前で
『実技』を始めるような荒れ具合だったから。後は軒並み1学期の初めに終わる内容がまだ終わっていなかった。
教師が登校拒否になるくらいの学校だ、何となく判る気がする。
「…」
「…」
二人とも、黙り込む。
風が何かを言うでもなく、二人の前を通り過ぎていく。
「…そうだ、シンくん?」
「ん」
「わたしの部屋に、遊びにおいでよ」
「…は?」
一瞬思考が停止する。女子の部屋に、遊びに来い?
「うんそうだよ!そうすれば宿題見てあげられるし、きっと楽しいよ!」
「いやちょっと待てよ!そんなことしたらオレ明日から学園に居られなくなるよ!」
「ふぇ?どうして?」
「いやその…」
この時間だから、寮の門限はもうすぐだ。それ以降はUBラインが強化され、男子は入れなくなる。
というより、近づくだけで撃破される。威嚇射撃などあったものじゃない。
そんなところに飛び込めという提案だ。当然シンも抵抗する。
「女子の部屋だぞ?オレは男で、それで問題ないのかよ!」
「うん、別に平気。だってシンくんだもん」
「あ、あのなぁ…」
前言撤回。最初から男とすら思われていない。
「シンくんって結構勉強苦手そうだし、わたしが教えられるところなら教えてあげるよ〜」
「しかも勝手にバカ認定かよ!」
そこまで言ってないにしても、言われているような気がしたので、腹が立ったシンは背を向ける。
「シンくん?」
「帰る」
「…シンくん…」
「ぐっ…」
わたしの知ってるシンくんは、そんな意地悪言わないよね?
目が語りかける。もちろんシンは抗おうとした。
「ふ、ふんっ、そんな捨てられた子犬みたいな顔しても…っ!」
「…」
意地悪言わないよね?
「…」
折れるしか、選択肢はなかった。


 「こっちだよ〜」
「ちょ、声出すなよ声!」
UBラインがあるにもかかわらず、あっさり侵入に成功。
というより、女子のほうから道を開けてくれた。
『少なくとも飛鳥くんの一匹狼ぶりを考えたら、直枝くんとは反対の意味で人畜無害みたいだし、いいよ、入って』
確かにその一匹狼は学校でも有名で、いつも一人で居るシンは特に何かをしでかすと思われていないのだろう。
案外あっさりと女子寮に入ることが出来た。
男子寮とは違う、優しくて柔らかくて、それでいてほのかに淫靡な芳香。
思春期の女子特有の甘い香りが充満する廊下。廊下でこれなら部屋に入れば…。
「な、なぁ、やっぱりオレも男だしさ」
「うん。別にいいと思うよ。男の子だってちょっといじれば女の子」
「いやいじる気なのかアンタは!」
悪質だ。ぜひこのまま帰りたい。
そんな願いは叶うわけもなく、そのまま彼が引っ張られていった先は。
「到着だよ〜」
「…」
神北・笹瀬川というプレートが入った部屋の前に案内される。
「ここがわたしのお部屋。あ、今日はさーちゃんもいるのかなぁ」
「さーちゃん?」
恐らくルームメイトだろう。しかし、ルームメイトでも人間なのだからノックくらい…。
「ただいまー」
「って言うのが遅かったのかオレ!」
時既に遅し。
目の前には、今まさに服を脱いで部屋着に着替えていた気位の高そうな少女…笹瀬川佐々美と、
ドアを開けて普通に部屋に入る小毬、直視して固まるシンがいた。
…部屋着の場合、大抵寝ることが前提のため、ブラも外しているわけで。
今目の前に居る佐々美は、ブラを外し終え、ショーツ一枚というまさに着替えの真っ最中だった。

「…っきゃあああああああああああぁああああぁあああっ!!!」
「あぁっ、予想通りの展開だオレって!」
シン、錯乱し混乱モード。
たちまち回りから騒ぎを聞きつけた女の子達が集まってくる。
「あ、あの、その、お、オレ…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
女子たちからの視線が痛い。このまま、猥褻行為の現行犯で連行されてしまうのだろう。
手に銀色のわっかを嵌められて、パトカーに乗る自分が何となく思い浮かぶが。
「…なーんだ、ただ小毬ちゃんが飛鳥くん同伴なの忘れてノックせずに入っただけじゃん」
「…へ?」
意外にあっさりと認められる状況。普通ならあっという間にボコボコにされて縛り上げられそうな。
「小毬ぃ、せめてノックして入ってあげなさいよ」
「うん、さーちゃんごめんねー」
「うぅっ、不覚ですわ…」
確かに周りを見渡すと、全員その結論で納得している。
しかも中には佐々美の悲鳴を聞いて飛び出してきたのか、普通にパンツ一枚にトレーナーだけの女の子も居た。
「ちょ、ちょっとアンタたちおかしいよ!ここに男が居て、しかもこんな…」
と、シンもそこから先は言えない。あまりにオープンな女子たちの格好に、顔を真っ赤にしてうつむく。
すぐにそれをからかい始める女の子達。
「あはっ、シンくん可愛い♪」
「ホントよね。女の子のブラとかパンツとか見るの、初めてじゃないでしょ?」
「こんな可愛い女の子達が無防備になってるんだから、覚悟決めちゃいなさい♪」
どうやらシンは、最初から男と思われていないばかりか、可愛い後輩程度の認識しかないらしい。
「これがあの筋肉バカとかだったら速攻ぶっ☆ころだけどね」
「前の宮沢くんはよかったけど、今の宮沢くんはただのバカだからもちろん却下ね」
ただし、女子も誰でもOKというわけではなさそうで、口々に感想を述べ合っている。
どこか居心地が悪いと思って下を向いていると、後ろから声がかかる。
「シンく〜ん、さーちゃん着替え終わったから、お部屋入ってきなよ〜」
「…」
にこやかにパタパタと手を振る部屋着姿の小毬と、着替え終わって真っ赤になってうつむく佐々美。
たちまち周囲から黄色い声。
「小毬いいなぁ!ねぇ飛鳥くん、明日はあたしの部屋に来てよ!珍しいお菓子とお茶があるんだぁ」
「ちょっと待ちなさいよ。私が先よ。飛鳥くん、珍しいお菓子より美味しい、お姉さんのおっぱい、食べてみたくなぁい?」
なんだ、このテンションは。
今までに感じたことのないプレッシャーと、そしてハイテンションゆえの脱力感。
もう、どうにでもなれ。
そう思っていると無理矢理身体が部屋に引きずり込まれ、そしてドアが閉められたのだった。


…。
時間の流れが遅いのは、気のせいだろうか。
…。
「あら、飛鳥さん、間違っていましてよ」
「え、あぁ」
「やっぱりさーちゃん、頭いいなぁ」
教えると大見得切っていた小毬も実は数学はあまり得意ではないらしく、一緒になって佐々美から教わる。
「でも飛鳥さんは飲み込みが早いですわね。感心ですわ」
「…」
「それはそうだよ〜。だって、私の弟くん」
「まぁ、そうでしたの」
「信じるなよ…」
下着姿はおろか胸まで見てしまったのに、なんでこんなに穏やかなのだろうか。そのわけを問う。
「なぁアンタ、普通なら怒るだろ」
「何がですの?」
「ほら、オレ、見ちゃったじゃないか…その…」
ごにょごにょ。聞こえないくらいのトーンで話す。
すると佐々美も思い出しはしたようだが、そのままの口調で続ける。
「別に、あれは事故ですわ。意図して見たのであれば命を奪っても足りませんが」
怖いことを言うが、ただ怒ってはいないようだ。
佐々美自身、そんなことを言うとは夢にも思っていなかった。
昔の彼女なら間違いなく、覗き魔、痴漢、変態と、思いつくだけの罵詈雑言でシンをシゴき倒し、
挙句の果てには誰かが止めても叩き続けたことだろう。
人は、黙っていても成長するものだ。
それがたとえ、つまらないきっかけであっても。
ならシンにとっての起爆剤になったのは、リトルバスターズ?
そう思っていると、小毬が思い出したように口を開く。
「あ、そうだ。さーちゃん、今日からシンくんもリトルバスターズに入ったんだよ〜」
「…あ、あら、そうですの」
ばつが悪そうにそっぽを向く佐々美に不信感を覚えていると。
「さーちゃんも一応メンバーなんだよ〜。最近はりんちゃんとポジションの取り合いで」
「なぁっ!?あ、あっさりバラさないでくれませんこと!?」
なぜ赤面して怒っているのか分からない。が、すぐに理由を理解する。
「…アンタ、鈴と仲悪いだろ」
「なっ!」
どうやら図星だったらしい。直後何のことやらと顔を真っ赤にして反撃するが、バレバレだ。
「わ、わたくしが棗鈴ごとき、眼中にあるわけないでしょう!?」
「でもさっきとっさに『バラすな』って言ったろ?」
「うぅっ…」
完全に立つ瀬なし。敗勢は明らかだったため、佐々美も開き直ろうとすると。
「でも、りんちゃんもさーちゃんも、普段はすごい仲良しさんだよ〜。喧嘩するほど仲いいんだね〜」
「…」
「…」
喧嘩するほど仲がいい。
そんな友達がいたことは、なかった。
周りはいつもシンを遠巻きに見ていただけで、本当に心を開いてくれる友人は居なかった。
表面上は『俺たち友達だよな』と言ってくれる人もいたが、心は開いていない。
何より、シンにとっては母親も一緒になって働いていたため、まだ幼い妹の面倒を見ることが多く、
妹と遊んでいるほうが何となく楽しくて、友達を積極的に作ろうとは思わなかった。
シスコンか、と言われたらそうだと開き直れる人間ではないが、妹を守れるのは自分だけだ、と思っていた。
少なくとも、仕事ばかりの父親と、その父についていく母親では、妹は守れない。言い聞かせて。
「シンくん?」
「…ん」
「怖い顔に、なってたよ?」
「…ん」
分かっている。
今でも、たまにフラッシュバックする、妹の亡骸。その姿。
怒りと、憎悪。復讐心。
小毬はそんな彼を気にせず、何かを始める。
「あら、宿題はいいんですの?」
「後でやるよ。まずは、シンくんを幸せ笑顔にするのが先」
「…よく分かりませんわ」
振り回されている。完全に小毬ペースに乗せられている。
流石に疲れたのか、女子寮の大浴場で一日の疲れを落としてくる、と言って出て行く佐々美を見送ると。
「シンくん、怖い目は、もうダメだよ?」
「…なんでだよ」
何かを描きながら、横目でシンを叱る小毬。
「だって、周りが悲しい想いをすると思うよ。あぁ、なんでこの人怒ってるんだろう、わたしが悪いのかな、って」
「…」
確かに一理あるかもしれない。こと感受性の強い人はそれで自分のせいだと受け止めてしまい、
自分を責めるだろう。少なくとも、小毬はそのタイプに見える。佐々美は?
「さーちゃんは別にそんなことは思ってないと思うけど、やっぱり、お互いいい気持ちじゃないでしょ?」
「…」
何を、と反論しようと思い、小毬のしていることに気付く。
「絵本?」
「うん。絵本。誰かを幸せに出来る、そんなパワーがあるのです」
「ふぅん…」
どこからどう見てもそんな力はないと思うような、コミカルな絵。
その中に点在する、小毬からのメッセージのような、そんな絵たちの視線。
「ほら、ライオンさんもシンくんには笑ってて欲しいな、って言ってる」
「…」
普通のライオンじゃん。そう言おうとした時。


 むかしむかし、あるところに、ライオンさんがいました。
ライオンさんは、いつも片意地を張っていて、すぐに怒り出して、相手を傷つけていました。
望まないのに、差し伸べられる優しさ。それを受け入れたくても、受け入れる勇気が無くて。
受け入れたら、強いと信じていた自分が壊れそうで。
気が付いたら、ライオンさんはサバンナ一の嫌われ者になっていました。
だれも省みない寂しさ。孤独は別に怖くないのに、目を合わせただけで怖がられるのがイヤで、
ある日ライオンさんは思い切ってサバンナを抜け出すことにしました。

 サバンナの先にある、かなり深い谷。動物たちはそこから落ちると命がないからと知っていて、近寄りません。
いつしか獲物を狩るとき以外は、ここに入り浸るようになっていました。
そんなある時、ライオンさんはその近くを崖に沿って歩いているとき、橋が架かっているのに気付きました。
初めて見る、つり橋です。
サバンナを抜け出すためには、そこを渡ればあっという間です。
その先は草も生い茂っていますが殆どが森でした。ここなら、自分を傷つけるヤツも、構うヤツも居ない。
だけど、内心では思っていました。

『ともだち、できるかな?』

 不安になりながら橋を渡ります。怖くない、おれは百獣の王だ、そう言い聞かせて。
するとどうでしょう、橋を渡りきったところに、自分と同じような色をした、可愛い猫さんがいました。
猫さんはこっちを見ています。怖がらず、かといって近寄りもせず。
しかし相手がライオンさんだと知ると、少し離れて行きました。ライオンさんはがっかりします。
所詮、おれに友達なんか出来やしないんだと、諦めていると。
『これ、あげる』
さっきの猫さんがぴゅーっ、と戻ってきて、そして。
かんむりを、くれました。
さっきまで編んでいた、花のかんむりを、
ライオンさんは問います。
『おまえは、おれがこわくないのか?』
猫さんは、何で?と聞きます。
『にげないでいてくれるのか?』
これまでこんな温かいことをしてくれたものはいませんでした。
だから、ライオンは不思議に思ったのです。これはきっとおれを殺すための作戦なんじゃないかと。
だけど、真実は違いました。猫さんはいいます。
『にげないよ。ここにきたのは、かなしいことがあったからでしょ?』
『…』
かたくなに相手を拒否していたライオンさんの目から、温かい涙が零れ落ちました。


 「途中まで、だけどね」
「…」
シンは、まるでそれが自分のように思えてならなかった。
優しさの、拒絶。
だけど、どんなに酷い扱いをしても、小毬は臆することなく、逃げることなく、また来てくれた。
シンを、暖かい世界に連れて行こうとしてくれた。
猫は、小毬。ライオンは、シン。
「シンくん」
「ん…」
気が付くと、シンは小毬を抱き締めていた。
そして、精一杯の勇気で、彼女に捧げた、初めてのキス。
異性にするのは、多分妹以来の、他人にするのは、初めてのキス。
「シン…くん…」
「ご、ごめんっ!」
な、何してるんだよオレ!と自分の顔面を殴りながら激しく後悔。このあと小毬の平手が待っていると思えば…。
「んっ」
「!!!」
違った。
小毬の口づけもまた、幼稚で、その割には温かくて。
やがて、1秒が10分くらいに感じる時間の中、小毬が微笑んだ。
「…まるで、恋人さんみたいだね」
「…」
「でも、これからは急にはダメだよ?あと、わたし」
ファーストキス、だったんだよ。
恥ずかしそうにいい終えて、そして。


「ふぇええええんっ、はずかしざんまいぃ〜〜〜〜」
精一杯お姉さんとして取り繕ったが、ついに恥ずかしさに勝てずダウン。
絵本がパラパラとめくれて最後のページに移動する頃、小毬は床にのた打ち回っていた。
(つづく)


あとがき

最後の絵本のエピソードは、バンプの『ダンデライオン』からでした。
そしてこの作品が、これからシンが歩む過酷を暗示しているなんて、小毬は気付くのだろうか。
…なんて。特に関係はない、予定です。

最後のキスは無理矢理すぎたかな、なんて反省中。まぁ、こんな幼稚で稚拙な恋もありかな、と。
ぶっちゃけ、ムードを考えるキスって、シンには似合わないし、小毬も何だかんだで応えちゃうんだろうな、と思いました。
まぁ、これからもっとムフフなことを…しないってば一応全年齢大将だっての。

ってことで、相坂でした。


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