僕は、思い切って聞いてみたんだ。
「小毬さんって、優しいよね」
「そうでもないよ〜」
だけど、その笑顔は、どこか愛情に溢れていて、僕はドキッとしてしまったんだ。


若いな、理樹君なSS『誰が為に君笑う』

 「でも、損しているようにしか思えないのは気のせいかな」
理樹は思い切って想ったことを口にして、しまった、と思った。
小毬が奉仕活動を進んで行うのは、誰かを幸せにしたいから。
それが出会ったことのない人であっても、ただすれ違っただけの人でも。
だからこそ知っていた。そんな彼女を『偽善者』だと罵る表現力の乏しい人間がクラスにも数名いることを。
「理樹くんがそう思うならそうなのかもね。だけど、私は」
大好物のワッフルを口から離し、空を見上げて呟く。
「それでも、誰かのために、何かをしたい。地球の裏側に笑顔は見えなくても、思いが伝わればそれでいいのです」
「…そう」
よく分からない。その笑顔は、どこか寂しく見えた。
理解してもらえなかったから?それとも、本当はそんなことに疲れているのか。
「小毬さん」
「うん〜?」
にぱぁ。とても優しい、春の木漏れ日のような笑顔。
しばらく見とれて、何も言えなかった。

 「ふむ。それで理樹君は、神北女史の為に協力できることがないか、探し回っていたわけか」
「分かったらさっさと解放してよ…」
「ええいうるさい黙れこの女性向けダッチワイフが」
「酷いよっ!」
放課後のこと。
自分にも何か出来る、幸せを作る作業はないかと探し回っていた理樹は、例によって唯湖に捕まり、お茶会に誘われていた。
…というより強制連行なのだが。
「幸せを作る、作業か」
「…?」
しばし考え込み、そしてフッ、とクールに笑う唯湖。疑問を覚え聞く。
「何が可笑しいのさ」
「いやなに、言葉とは面白いものだな、とね。表現や受け取り方の相違はあるだろうが」
「?」
よく分からない。どうしてだろう。
唯湖は『こんなことも分からないのか』といった顔で理樹にヒントを与える。
「少なくともキミが小毬君の行動を『作業』と思う限り、キミは小毬君に何も与えられないし捧げられん」
「…どうしてさ」
純粋な質問だ。理樹だってはぐらかされたままでは納得できない。
「やれやれ…キミはどこまで朴念仁なんだ。まぁいいさ。それも理樹君らしいと言ったところか」
腰掛けていた丸いすから立ち上がると、そこを立ち去る唯湖。
「まぁここから先はキミが考えろ。キミらしく、キミが小毬君と同じ立場なら、どうするか、と」
「…」
一陣の風だけ残して、唯湖はそこを去っていった。
キャンバスに素描で、理樹の服を着たアドルフ・ヒトラーの肖像画だけを遺して。
「…来ヶ谷さんって、ナチズムの信奉者なのかな」
と言って、何故か空き缶が飛んでくる。
「いてっ」
頭に当たり地面に転がる。それには張り紙が。
『モ●ドに狙われるだろう、ただでさえ私の人生には敵が多いんだからな』
…イ●ラ●ルの諜報機関に狙われるほどの危険な発言でもないだろうに。
理樹は、缶が当たった頭部を擦りながら、何かないかとまた学校内を歩き始めた…。


 それは、あっさり起こった。
校舎裏の焼却炉があるあたり、今はダイオキシンの関係で焼却炉は使われていない。そこに、小毬がいた。
…女子生徒何人かに絡まれて。
「アンタさぁ、募金活動とかしてるみたいだけど、誰の指図?誰かにいいところ見せたいんじゃないの?」
「そんなことありません、通してください」
「あぁ?ふざけんじゃねーよ!」
気の弱い小毬が、何故か今日は強く見えるが、多勢に無勢、言葉の暴力に通してもらえないようだ。
「その金どうせこっそり持ち逃げして男に貢いでんだろー!あとは堕ろす費用とかさ!」
堕ろす…その意味は流石に理樹にも分かった。怒りがこみ上げる。小毬をアバズレと愚弄するアホに。
「あたしらにも少し貸しなよ、玉弾いて倍にして返してやるからさ」
「それは出来ません。私は私の意志で、誰かを救うために募金をしています」
「…っふざけんじゃねーよっ!」
ドンッ。
小毬が突き飛ばされる。そして地面に倒れると同時に、小毬のパンツが露になる。
「ぶっ、いまどき子どもパンツかよ。キモーイ!」
「いいんじゃね?そういう需要もあるみたいだしさ」
「嘉手納たち呼んでさ、ヤッてもらおうか」
「そうそう、募金を横領してるなら、堕胎費用くらいあるだろーし」
「お前ら、いい加減に…」
怒りをあらわにして声を出そうとしたときだった。
「悪いが、神北は俺たちの仲間だ。これ以上の暴挙は見過ごせんな」
「あぁ、こいつはちっとお灸が必要だな」
いつの間にかそこにいた謙吾と真人が、攻撃態勢を整えて前に出る。
「んだよテメェら!やんのかぁ!?」
「止めておけ。俺は温厚だが、こっちの筋肉は女でも容赦しない野蛮人だ」
「んだとテメェ。まぁいいや、間違いはねぇしな」
ボキボキ。骨が鳴る音。身の毛もよだつその不協和音についに頭の弱そうな女子たちは逃げ去る。
「こ、こわ、かった…」
全てが終わり、そこには腰を抜かした小毬と、リトルバスターズの男たちが残った。
「ふぅ、やれやれ。中々攻勢に出ない理樹が見えたから、思わず加勢しただけだが…」
「アイツら胸糞わりぃぜ…女ってみんなこうなのかよ…」
女関係には疎い二人のことだ、せいぜい理樹が怖がって何も出来ず指をくわえてみているだけ、と
映ったのだろう。抵抗しようと声を上げようとして、緊張の糸が解けて倒れた小毬に駆け寄る理樹。
「小毬さんっ!」
「理樹、保健室へ」
「もちろんだよっ。小毬さん、ごめんね」
助けられなくて、ごめんね。
精一杯の贖罪、そして彼女を保健室へ運ぶ。
昔より力強くなった、その腕で。


 「…」
悔やむ。もしもあの時、もっと早く近くにいてやれたら。
そう考えて振りほどく考え。無茶だ。いくらなんでも、普段気弱な理樹が女を殴れる、威嚇できるわけがない。
「ダメっこさんは、僕のほうなのかもね」
「…」
窓の外は、いつもの喧騒なのに、ここだけは静かだ。
横になったまま寝息を立てる小毬のそばにいると、何となく落ち着く。
それは、生まれ持った彼女の優しさの現われなのだろうか、それとも。
「…」

 最初に会った頃は、ドジで、せっかちで、どうしようもなく自爆の多い困ったさんだった。
だけど話すようになってから、それを喜びにしている彼女も知った。
プライスレスの幸せにすべてを捧げる彼女に、恋心が芽生えたのもそのころだ。
そして事故から生還した彼女は、さらに人を幸せにするために頑張った。
誰かに褒めて欲しいのか、それとも単純に頑張ってるのか分からない、そんなところで。
「小毬さん」
「…むにゃむにゃ…」
「さっきまでの緊張感はなんだったんだろう」
すぐに変われるそんな彼女も、可愛くて。
風が、吹き込む。
空は、いつものように青い。
そして、あくび一つ、起き上がる小毬。
「大丈夫?」
「…ふぁ」
また可愛いあくび。そして、視界が少しずつ広がり。
「理樹君…?」
「うん。おはよう、小毬さん」
「あれ、私真人くんと謙吾くんに助けられて…」
それからのことを覚えていないらしい。無理もない、よく寝ていたのだから。
「うん、真人が運んでくれたんだ。お大事にって言ってたよ」
「…」
また、あの優しい笑顔。そして、何故か頭をこつん、と優しく、本当に優しく叩かれ、そして撫でられる。
「こ、小毬さんっ?」
「知ってたよ、理樹君が運んでくれたことも、理樹君が守ろうとしてくれたことも」
さっき覚えていないといったのは、ポーズだけなのだろうか。
恥ずかしさと疑問で困り顔の理樹の頭をさらに撫でる。
「理樹君、怖がって動けなかったけど、でも」
私の為に立ち向かおうとしてくれた。傷つけるために、守るために。
そして、ふと悲しそうな顔になる。
「でも、傷つけなくても、解決する方法はあると思うな。誰かが心に傷を負うのは、悲しいよ」
教え諭す母親のような小毬は、目を閉じ、それでも理樹の頭を撫でることを止めない。
「…でも、あんなことをされても仕返しもしない、今までどおりの小毬さんなんて…」
悲しすぎる。報われない、認められない優しさ。
それでも、彼女は笑みを絶やさない。
「それでいいんだよ。私は、評価されたくてしているわけじゃないもん」
誰かが笑ってくれれば、それが嘲笑であれ、本当の感謝であれ、構わない。
勢いが、小毬を抱き締める力に変わっていた。


 小毬の小さな身体を抱き締める。驚き目を丸くする小毬。
「理樹…くんっ?」
「僕はイヤだよ…小毬さんのしてることが認められない世界なんて、イヤだよ…」
誰かのための行動で、誰かに傷つけられる連鎖。それがイヤだ。
駄々っ子のような理論。それだけで小毬を強く抱き締めた。
だけど、小毬は理樹よりも冷静だった。抱き締め返しながら、伝える。
「でもね。理樹くんが私のこと、していること、ちゃんと分かってくれてるだけで、それだけで救われてるよ、私」
「…」
そして理樹を優しく抱き締めて、落ち着かせる。
理樹くん、大丈夫だよ。そう伝えて。

 「小毬さんって、お母さんみたいな感じがした」
「そうかな?」
「うん」
ベッドに腰掛けながら、小毬にそう伝えると、意外、といった風な回答が返ってくる。
「小毬さん、無自覚でやってる?」
「…そうでもない、かも」
思い当たるフシはあるようだ。
「例えば、もし私がお母さんだったとして、自分の子どもがどう考え、どう行動するか、くらいは想像するかな」
単純に優しいのではなく、誰かの為に幸せを作ろうとする動機に裏付けられた行動。
たしかに『作業』じゃない、確かな優しさがそこにはあった。
なら、僕に出来る優しさは?幸せは?
そう考えても答えが出ない。結局、理樹は小毬ほどの密度の濃い時間を生きてはいないのだろう。
考えてみれば分からなかった。誰かを幸せにするということ。
「ねぇ、僕にもさ」
「ん〜?」
「僕にもさ、誰かを幸せにする方法、ないかな?」
「…誰かを?」
僕も、誰かを幸せにしたいんだ。小毬さんみたいに。
伝えると、小毬は理樹の手を取り、そして微笑む。
「理樹くんに真似されたら、私の立つ瀬がなくなっちゃうよ。だから」
「…」
「理樹くんは、私を幸せにしてください」
「…」
それは、どこからどう聞いても告白。愛を伝える、優しい言葉。
「小毬さん、自分が何言ってるか分かってる?恥ずかしいこと言ってるよ?」
「…そうかな?」
極められた無自覚。しかし、彼女は本気で…。
「理樹くんが、私の隣で笑ってくれていること、それが、私のはっぴ〜なのですよ」
「…小毬さん」
もう、容赦はしない。抱き締める。腕に力を入れる。絶対に、消えないように。
答えは、すぐに返ってきた。とびきりの笑顔を、おまけにつけて。
むしろそれがメインディッシュと思えるくらい、最高のスパイスを効かせて。


 「私って、結構ズルい子だと思う」
「どうして?」
乱れた衣服を正しながら、小毬がぽつんと呟く。
「理樹くんとりんちゃんが救ってくれたセカイで、りんちゃんから理樹くんを取って、幸せになる、なんて」
ちょっぴり、ううん、すっごく、ズルい。
「何を今更…僕は、僕がこうしたいと思ったから、だからここにいる。こうして、笑顔で」
「…うん」
救われる、その優しさ。
結局彼も持っていた。いや、それは誰もが持っているものなのだ。
持っているけど、日々の忙しさに、自分を忘れるくらいの大変さに、ついつい忘れて気付かずに放棄してしまう。
誰もが誰かの中の、ぬくもりになれることを。
きっとそれは、とても単純で、それでいてとても些細でこの世界に溢れている何か。
大切にしたい誰かを見つけたとき、もしくはすれ違ったとき、心から溢れてくる、ぬくもり。
だから、恐れることはない。
そうして二人は、秋の風が優しい季節に、新しいキモチで、交際をスタートした。
まるで、事故前のあの∞ループの時間を、ブランクを、埋めるように。


 ほら、早く準備しなさいっ。
「うーっ、お母さん横暴だよー」
そんなことないわよ。あれだけ夜更かししちゃダメよ、って言ったじゃないの。
「たまの休みで帰ってきてる娘に酷いよー」
寮に帰ったらみんな待ってるんでしょ?一番乗りするんだーって息巻いていたくせに。
「いいもんっ。次回頑張ればいいんだよー」
…分かったから、早く支度をしなさい。あと、パンツ前後ろ逆よ。
「ほえぇぇぇっ!それ先に言ってよお母さんっ!」
あら、見せる彼氏でも出来たのかしら?
「うーっ…」
図星みたいね。可愛い男の子なのかしら。今度連れて来なさい?お母さんが品定めしてあげる。
「そこまでしなくてもいいよー。それに、ちょっと気になるだけで…」
あら、そうなの。それじゃ孫の顔を見るのはもう少し先ね…。
「寂しそうにいわないでよ〜」
安心しなさい、お父さんには内緒にしてあげるから。きっとお父さん、血相変えて飛んで帰ってくるわよ。

---ね、毬子ちゃん?


 幸せは、作り出すもの。そして、暖め続けるもの。
理樹と小毬は、長かった交際を経て、今は一緒にいる。娘の毬子は今年、理樹たちの母校に入学し、そして
長い夏休みを終え、今日は寮に帰る日。母親になった小毬は、そんな娘を見送ると、空を見上げた。
「やれやれね…」
慌しかった夏は、またいつもの静寂に戻る。
理樹は仕事の関係で多忙を極めるが、帰ってきたら必ず小毬と毬子の良き夫、父親として接してくれる。
だから寂しくはない。むしろ、寂しいのは。
「複雑ね。娘が成長して幸せになっているのに」
「リトルバスターズのみんなも、そんな感じだったのかな?」
突然の交際宣言。少なからず理樹を思っている人はたくさんいたから。
そんな理樹が選んだのが小毬だっただけの話なのに。
「でも、愛娘の彼氏くんは、果たしてパパみたいな素敵な人かしらね」
相当なファザコンの毬子が選んだ男の子なら、間違いなくパパ…理樹に似ているに違いない。
そんなまだ見ぬ娘の彼氏に期待しつつ、残りの家事を終わらせるため、玄関を開ける。
そして、家に入る前に見上げた空は、あの日の空と同じ。
「…変わらないものね。だけど」


 変わっていくものは、確かにある。
変わってはいけないものも、確かにある。

 「理樹くんは、私を幸せにしてください」
思い出すと今でも吹き出してしまいそうになる、少女マンガみたいな告白。
そして今でもそれを守ってくれている大切な人。

『誰が為に彼女が笑うって?』
『簡単さ、キミが、彼女の笑顔を望むからさ』
『だから、キミはキミらしく、キミに出来ることをして、彼女を幸せにするんだぞ』

---fin.


あとがき

久々のUPでなんだよこれっ!
あたしの能力のなさに失望したけど、大体こんな感じ。
というより小毬シナリオ、あのうつろな目は…トラウマですOTL
というより、ぶっちゃけ小毬や唯湖が助かったことにすると、鈴と結ばれた後ってことで。
そう考えたら小毬や唯湖とくっつくほうが時系列に反してるな、と思いながら書いてました。

 コマリマックス、あたしのサイトではお色気要員とかエロ担当になってたけど、たまには
やさしくしてあげなきゃね。今すぐ小毬シナリオで困っちゃいなよ、ゆー。
あんたに、レインボー。時流でした。

【モドリマックス】