抱き締められて、どこかへ向かうとき。
わたしは、確信できた気がする。
お兄ちゃんは、きっと、わたしを裏切らないと。
そして、同時にいなくなってはいけない人だと。
お兄ちゃん…。


色々動き出すようでまだ動き出さない理姫SS『It's gonna Sunny!!!-晴れたらイイねっ♪-』


 理姫の息は確かに安定してきた。
だけど、身体が弱いって言っていたのだから、それもあながちウソではないのだろう。
とすると、適当なことをしていては、理姫が死んでしまうかもしれない。
兄として、それは絶対に許されるべきことではない。
僕の足は、自然に向かう。
風を切り、悠久とも思えるこのリノリウムの道に轍を残し、水平線の向こうまで。
保健室。ここにお世話になるのは一週間ぶりかな。
そんなに悠長に考えていられない僕は、ドアを蹴破るくらいの勢いで部屋に飛び込む。
校医の先生は何事かと目を丸くしていたが、吐血で不気味な赤に染まっている僕のワイシャツを見て、
ただ事ではないことを理解する。
「直枝くん、救急車を呼ぶわね」
「…はい」
理姫…今助けるから。
しかし、彼女がダイヤルをする手を制する手が。
…理姫だ。
「大丈夫、です」
「理姫」
「でも」
校医が続けようとするが、先に有無を言わさずと理姫が口を開く。
「ちょっと無茶しただけっ。問題ないですからっ!」
「ま、まぁ、あなたがそういうのなら呼ばないわ。だけど、せめて寝て行きなさい!」
「はい…」
流石にそれは従うようだ。僕は理姫を伴って、ベッドのある保健室の奥へ向かった。

 リボンを外し、ブラウスの一番上のボタンを外す理姫。
「…全部脱いだら、怒るでしょ?」
「…緊急事態だし、仕方ないよ。向こう向いてるから」
「……向こう向いてたら、意味ないよ…」
「えっ」
「なんでもないっ!」
ちょっと不機嫌そうに、頬を膨らませる。女の子ってよく分からないや。
僕はというと、校医の先生から貰ったトマトジュースを理姫に差し出す。
「飲んだほうがいいよ」
よく献血でトマトジュースが出るのは、小さい頃、血とトマトジュースの色が良く似てるから、って思ってた。
だけど、消耗したミネラルや鉄分などを補給するのに一番いい飲み物だ、と知ったのはつい最近。
冷蔵庫から先生が持ってきてくれたので、買いに行く手間も省けた。
「でも、トマト嫌い…」
「好き嫌いはダメだよ」
理姫の気持ちだって分からなくもない。
僕も理姫と同じで、トマトは正直あまり好きじゃない。不思議とハンバーガーに入ってるトマトとかはOKなのに、
これが子どもというものなのだろうか。ピーマン、トマトって子どもの好き嫌いトップに入るしね。
「お兄ちゃんが、口移ししてくれたら…飲めるかも…」
「なっ…」
またまた無理を仰る妹だ。
「理姫、自分が言ってること分かってる?」
「うん…でも、本当に、今は普通に飲めそうにないよ…」
「…」
うっすらと、口の周りに残る吐血の痕。
「…」
こんなところで、妹に辛い思いをさせて、その願いすらも聞いてやれない自分。
「…理姫…」
「ん…」
「一回だけ、だからね」
「…うん」
ぱぁっ、と明るくなるはずなのに、やっぱり辛いのだろう。
いつもの半分くらいしか明るくなってない。
「…行くよ」
「…はい」
理姫が恥ずかしそうに目を閉じて、唇を差し出してくる。
「…」
僕は生唾を飲み、次にトマトジュースを…。
あれ、手元にあったはずのジュースが。
「んっ…」
「んんっ…」
って来ヶ谷さんがっ!
「ちょっ!ぐぅっ…」
来ヶ谷さんの裏拳が僕の鳩尾を捉える。そして、僕沈黙。
来ヶ谷さんはそのまま僕の手から奪ったトマトジュースを口に含み。理姫に口移し。
あぁっ、こんなとき抗えない自分が悔しい…。
ってベロチューしてるんじゃないですか?これ。
「んふぅ…」
「…」
「んちゅぅっ…んむぅ…」
満足したのか来ヶ谷さんは無言でベッドの下に潜り込む。そしてアイコンタクト。
『少年よ、後は上手くヤれ』…ヤ違いだと思います。ね、相坂さん。
「…お兄ちゃんの唇、柔らかかった…女の子みたいな匂いもしたし…」
いや、現に女の子です。来ヶ谷さんです。来ヶ谷さんは大変な理姫のファーストキスを盗んでいきました。
「それに、舌まで…。お兄ちゃん、大胆だよぉ…」
「う、う、うん、さ、サービスだよ、サービスっ」
「…バカぁ♪」
理姫、ゴメン。真実は理姫が成人するまで伏せておくよ。ベッド下の来ヶ谷さんが本当に悪魔に見えるよ。もう、この悪女め!
「…♪」
そして理姫は今一度ブラウスのボタンに手を掛け…って!
「り、理姫っ!」
「脱いでいいって言ったの、お兄ちゃんだよ」
「で、でもっ」
とりあえず向こうを向いておこうと決めると。
「…お兄ちゃん」
「え、な、なにっ!?」
何上ずってるんだろうな、僕。妹相手に。
「…見たくないの?」
「…」
「お兄ちゃん…」
「…」
ちょっとだけ、だから。振り返ると。
「うむ。中々の上質なふくらみだな」
「「来ヶ谷さんっ!?」」
あぁもういい加減早く消えてよ…ってかこれ以上状況を悪くしないでよ…。


 「時に理姫君、済まなかったな」
「いいんです、わたしも、大人げなかったから」
戦いが終わった後、さすがにあの状況を見せられて反省したのだろう。来ヶ谷さんの語調にいつもの残酷さはなかった。
…これが真人とか謙吾とかだったら、もっと鋭い言葉と口調が帰ってきて、完全に沈黙してしまうんだろうけど。
「しかし、理樹君。ヘタレキャラ脱却だな」
「えっ」
急な不利に驚いていると。
「昔の理樹君なら、驚くばかりで何も出来なかっただろう?この場合な」
「…うん」
人はそれを成長と呼ぶのだろう。少しずつステップアップして行った、僕の強さ。
「全部、みんなのおかげだよ」
「そうだな…」
窓から吹き込む風に、揺れる純白のカーテン。そのとき、来ヶ谷さんが語り始めた。
「今から言うのは独り言だ。理姫君は気にしないでくれ」
「え、あ、はい」
キョトンとした目で頷くと。
「…私たちは本来は死んでいるはずの人間だ」
「…っ!」
「…」
驚く理姫。あのときを反芻する僕。
「初夏の修学旅行。転落するバス。助からない命。それは、決まった未来だったのにな」
「目の前にいる、キミの兄がその運命を変えてしまったのさ」
勇気を示すことで。

 救えるなんて思ってなかった。というより、そんなことが出来ると思ってなかった。
歩みを止めてそこに座し、燃え尽きる命を見つめていることくらいしか出来ないと思っていた。
「兄は成長しているぞ。誰よりも、何よりも。そう、私が惚れてしまうくらいに」
「っ!」
それだけ言って、はっはっは。といつもの調子で笑いながら、来ヶ谷さんはいなくなった。
「…お兄ちゃん」
「…」
来ヶ谷さん。
僕、妹の嫉妬の炎で焼き殺されそうです。死んでしまったら後はお願いします。
「…」
そして、ピンクのブラが眩しい彼女の胸元から目をそらし、僕も隣のベッドで横になることを決めたのだった。


 次目を覚ましたとき、すでに時間は4時。結局終業まで眠ってしまっていたらしい。
「ん…」
そして、身体に違和感を感じ、目のピントを今一度合わせなおすと。
「…むにゃむにゃ…」
「ってっ!」
とここで大声を上げたら色々危険なことになる、ととっさに口をつぐむ。危ない危ない。
「って理姫何してるんだよぉ…」
この行動力がたまに怖くなります。
と、視線を横にそらすと。
「…スカートが…」
視線の先には、脱ぎ捨てられ、所在無く佇むスカート。そしてブラウス。
ってことは。
「…」
理姫は現在、下着姿で寝ている。それはまず間違いない。
問題はここから先だ。

ニアA.校医が戻ってくる⇒アウト
  B.他の生徒が来る⇒アウト
  C.リトルバスターズの仲間達が来る⇒アウト
  D.とりあえず理姫を起こす⇒低血圧ゆえにすぐは起きてくれないのでアウト

って全部死亡フラグしかないじゃないか!
ここで死ぬのは癪なので、とりあえず理姫を揺らす。
「理姫起きてよー」
「んにゅ…おにぃちゃぁん……元気な男の子だよ〜……♪」
「ぶふぅっ!」
一番恐れていることを気軽に言わないで下さい理姫さんっ!
「理姫〜っ…」
「んみゅ〜……ほら〜パパでちゅよ〜……お兄ちゃんだけどパパ、でちゅよ〜…♪」
「がはぁっ!」
前略 父さん母さん。僕はもう生き残れそうにありません。近々そちらにいくかもしれません。
「ん〜っ…良く寝たぁ…」
って、神様ってやっぱりいるんだねっ!おはよう理姫っ!さぁ早速服を…。
「……♪」
あぁ、手を前で組み合わせて…にっこりしてるよ。これ、エンジェリックスマイルって言うんだけど、実際僕には悪魔の微笑みだよ。
「お兄ちゃん……気持ち、良かったよ♪」
「…だぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ウソだっ、ウソだってわかってるんだっ!
でもそんなウットリした目で言われると信じざるを得ないじゃないかっ!うん、ウソだって分かってるんだよっ!
「り、理姫、う、ウソは良く…っ!」
今気付いた。
僕も下はパンイチでした。うん。終わったな、僕。
「…パパはお兄ちゃん、だねっ♪」
「…」
首を吊れる穴場があったら教えてください。


 誰がズボンを脱がせたかわからないままとりあえず僕も理姫も服を着る。
理姫がところどころこっちをウットリしながら見ていたけど、とりあえず無視しておこう。
そして、お互い着替え終わると、理姫が気付く。
「あ…お兄ちゃん、血…」
「ん、あぁ…」
僕のワイシャツは、理姫の血で汚れていた。もっとも、僕自身は汚れたなんて思っていない。
妹を救うために、この程度のことで済んだのだから、別段どうとは思わない。怒る気もない。
「ごめんなさい…」
「いいんだよ。理姫が無事ならそれで。シャツの替えはきくけど、理姫の代わりはいないんだからさ」
「…お兄ちゃん…♪」
それ、殺し文句だよ。
僕の胸板に顔を埋めながら、天使は言った。
小さな温もり、小さな鼓動。僕はこの子を守っていく。そう誓ったのだから。
「…理姫」
「うん…♪」
そして、どちらからともなく歩き出す。
そろそろ昨日買った家電製品の搬入も無事終わっている頃だろう。帰ったらどんな感じになってるかな。

 部屋に戻ると、新しい家電が搬入を終えていた。
「あぁ、さっき帰ったのよ、業者の方。いいテレビね。たまには使わせてね」
「はいっ♪」
寮長が迎えてくれる。そして、学生生協から借りてきてくれたモデムを僕に渡す。
「頼まれていたモノよ。因みに、ちゃんとフィルタリングはしてあるから、えっちなサイトは見れないわよ♪」
「いやいやいや見る気ありませんから」
「…直枝くん、本当に付いてるの?」
みんなそういうよね。仕方ないね。こんな人間でごめんよ…。
「まぁいいわ。パソコンも届いているから、ほらあそこ。時流姉さんが初期設定を好意でしてくれてるみたい。後でお礼言っておくわね」
「…」
あぁ、やっぱりあの人、この世界の創造主と同じ名前なんだ…。いや、きっと中身は違うんだろう。ちょっとくらい。
って何の話だよっ。
「直枝くん?」
「あ、はい、分かりました」
そして注意点を確認した後、寮長は出て行った。
「わーいっ、パソコンパソコンっ♪」
理姫は本当に暢気だなぁ…。なんて思いながら理姫の行動を見つめる。
理姫は箱を丁寧に開封すると、そこから本体を取り出した。
今回僕たちが買ったパソコンは、この間全裸の何が悪いんだ!の名言を残した人物が所属するユニットのメンバーがCMを担当する
メーカー製のノートパソコンだ。カラーリングバリエーションが豊富で、使いやすいことから選んだ。
「個人的にはN××も好きなんだけどね」
絶対に聞こえないように小声で囁き、届いたばかりのテレビを確認した後、脱衣所に行って着替えと同時に洗濯機を確認する。
7kgの洗濯機ながら、簡易乾燥機能も入っているから、部屋干ししても問題ないだろう。そして脱衣所から出る。
「…あっ♪」
ねぇ理姫。何で君は脱ぎながらパソコンとか考え付くのかな。仮にもお嬢様学校出身でしょ。
「…♪」
「何も言わずにまず服を着てっ!」
「ぶーぶー」
なぜかブーイングを浴びる。ともあれ、部屋着に着替えながらパソコンをいじるという器用さを目の当たりにしながら、僕もまた、
冷蔵庫の確認までして、椅子に座り、テレビの電源を入れたのだった。


 時々分からない分からないと泣きついてくる理姫。
仕方ないのでいっしょに設定を始める。無線ルーターをモデムから伸ばしたLANケーブルに繋ぎ、ディスクを入れ、設定開始。
「うわー…お兄ちゃん、凄いっ♪」
「知識だけなら持ってるからね」
実際に自分用のパソコンは持っていないから設定は今回が初めてと言ったら初めてだ。
だけど理論は大体分かっているつもりだし、今回は特に迷うことなく順調に設定が終わる。そして無線が飛び始め、ネットに繋がるなり、
理姫が嬉しそうな笑顔で僕に抱きついてきた。
「り、理姫っ?」
「大好きっ!やっぱりお兄ちゃんはわたしのナイトさまだよ〜っ♪」
大げさだよ、と笑って見せるが、そう言われて悪い気はしない。そのまま2人でネットサーフィンをしながら、夕食の時間を待った。
「今日はお買い物行けなかったから、夕飯は食堂ね。明日は2人でお買い物行こうね」
「え、あ、うん。分かった」
「えへっ♪」
言いながらも、理姫はネットから目を離さない。
「何か探してるの?」
「うん。オークション。安くでいいモノを手に入れるなら、これが一番ってあーちゃん先輩に言われたから」
「ふぅん…」
個人的には顔の見えない人と取引をするのはとても怖い。それに物怖じせずチャレンジするのは凄いと思う。
と、理姫の白いうなじが視界に飛び込んでくる。
そこは、とても儚く、かといって弱弱し過ぎるわけでもなく、存在感抜群の感じを放っていた。
「…」
もしもそこにキスできたら、どんなに幸せだろう。みんなきっとそう思うに違いない、そんな場所。
妹なのに…。吸い寄せられるように、無意識にそこに近寄ろうとすると。
「お兄ちゃん?」
「っ」
理姫の声で我に返る。僕は、今、何をしようとした。妹に…。
「あ、え、えと、な、何でもないよっ!」
「?」
首をかしげ、そしてまた画面に目を向ける彼女をそこに残し、僕はトイレに飛び込む。
「っはぁっ…」
個室は落ち着く。呼吸を整え、そして。
「…」
自分の陰茎が、隆起していることに気付く。
「…」
理姫のうなじ、理姫の下着姿、理姫の声。
「…っ…」
無意識に、それをトランクスの中から取り出し、そして擦り始める。
「…っはぁっ…っくぅんっ……っ」
理性では、妹で何をしているんだ、このバカ!という怒りに似た感情を。
でも反面では、妹に手を出すくらいなら、惨めでもいい、こんな醜態でもいい、そう思いながら…。
妹が向ける、無意識の愛情。
それが催す、罪深き劣情。
刹那、頭が白くなり、僕は、達してしまっていた。久々で溜まりに溜まった熱い滾りが噴き出す。
「……」
「最低だ…」
「本当に……最低…だ…」
きっとこの扉の向こうでは、理姫が何食わぬ顔でパソコンをいじっているだろう。
こんな下種なことを、兄がしていると言うことに気付かずに。
僕はもう、ここにいちゃいけないのかもしれない。
後処理をしながら、ここから素面で消える方法を、真剣に悩む僕だった。
(つづく)


あとがき

 これから理樹君の苦悩と、理姫の無意識の誘惑、そして鈴との三角関係が始まります。
理樹の煮え切らない態度は、果たしてどれだけの人を傷つけてしまうのでしょうか。
そしてその結末の時、彼の隣で笑っているのは…?

 なんてウソ予告。ただのドロドロの少女漫画展開を描くだけじゃなくて、理姫がここにいる理由を
少しずつ明らかにしていこうかな。そしてそして、理樹君ついに個室でおイタしちゃいましたね。
個人的にはこの展開もアリかなぁ、なんて思っていたり。
でも理姫ちゃんを汚しちゃうと怒られそうなんで、とりあえずは少女漫画レベルで押さえ…って。
最近の少女漫画って大抵最後までヤッちゃってますけどね(笑)相坂でした。

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