改めて思う。
肉親とはとても喜ばしくて、そして、ちょっぴりの複雑な感情をくれるものだ。
仮にそれが昨日今日とつい最近初めて会ったばかりの人だとしても。
そして、この沸き起こる感情自体、なんら不思議ではないのかもしれない。


理姫を可愛く描いてみたいSS『It's gonna Sunny!!!-晴れたらイイねっ♪-』


 ユニットバスがある個室からは、シャワーの音が聞こえてくる。
水がタイルに落ちていく音。ただ、それが不協和音ではなく、柔らかい音に聞こえるのは。
「…」
妹の裸体を伝っているから。
そんな答えに行きつくから、すぐに首を横に振る。
「いやいやいや、相手は妹なんだぞ、僕」
しかも、半分は血が繋がっている妹だ。
こんなことじゃ天国にいる父さんに合わせる顔がない。
…って、その父さんが変なところで僕が知らない女の人を妊娠させたから、理姫がいるわけで。
「…複雑、だなぁ」
つい今日まで知らなかった妹の存在。
そして、その妹が直球で愛情を投げてくるから、とてもじゃないけど僕の精神が持ちそうにない。
なんてガラにもなくヘンな方向で悩んでいると、シャワーの音が止んだ。
浴室のドアが開く音、脱衣所に人の気配。
…ドア一枚、壁一枚を挟んで、裸の妹がいる。
「ぶんぶんぶんっ!」
全速力で頭を横に振る。痛い。地味に痛いから。
「…」
『〜〜〜♪』
鼻歌が聞こえるだけ。
「…」
そして、脱衣所に備え付けの洗面台から水を流す音。歯を磨いているのだろうか。
女の子って色々大変らしい。スキンケアとかもしていたりするのだろう。
「…女の子、だもんな」
妹である前に、女という生き物なのだから、当然だけど。
やがて、脱衣所のドアが開き、そしてそこからシルクのパジャマを身に纏った理姫が出てきた。
「ふぅっ、理姫ちゃん復活っ、かな?」
何でそこで疑問系なのさ。そんな目で僕に語りかけられても。
「それにしても凄い荷物だね〜。明日から学校だし、片付けたほうがいいかなぁ」
「もう遅いから隣室の人に迷惑だよ。たぶん」
「そうだよね」
僕の意見に理姫も同意する。
ちなみに隣室は確か…同じクラスの杉並さんだったかな?
彼女は少し気が弱いから、多分文句は言ってこないと思うけど、やっぱり配慮はしておかなくちゃ。
クラスで理姫が浮いたらいけないしね。って何で急に兄らしくなってるんだよ僕っ!
「お兄ちゃん?」
「あ、いや、えと」
「…くすっ、ヘンなの」
…あの、僕今までこんなに可愛らしく『くすっ』って笑う子に会ったことありません。
本当に上品だなぁ、と感心せざるを得ない僕に、理姫は。
「そうだ、お兄ちゃんもシャワー浴びてきたらいいよ。一日色々あって疲れたでしょ?」
「あ、いや、僕はもうお暇するし」
「…え?」
いやいやいや、その間はなんですかその間は。
「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
「う…」
壁の時計はまだ午後7時。だけどそろそろ女子寮から出ないと後々問題に…。
「わたし、言ったでしょ?お兄ちゃんと一緒じゃなかった時間のブランク、埋めたいって…」
「ううっ…」
うるうるとした瞳で見つめられる。抵抗できそうにないなぁ…。
すると、そこにノックの音。
「直枝さん、入るわよ」
ドア開けてから言わないで下さい、あーちゃん先輩。
「あら、直枝くんもいたのね。早速妹を食べちゃう算段かしら?」
ほら、こんな人ばかりなんですよ、僕の周り。だから理姫が上品に見えるのは仕方ないか。
「わたし、お兄ちゃんならいつでも準備OKですから」
「うんうん、その心がけ大いに結構。だけど学生のうちはちゃんと避妊だけはしなさいね。これは女としての忠告」
「はいっ♪」
………。
あーちゃん先輩。今日ばかりは見損ないました。
って理姫も理姫だよっ!口車に自分から乗ってるよ!
「あ、ほら。基本あたしって、そこに愛があって同意があれば干渉しない主義だし」
「その主義は出来たら寮以外でやってくれませんか?」
「…今日の直枝くん、中々辛らつね。まぁいいわ」
あまり言うとあーちゃん先輩の機嫌を損なう恐れがあるから、この辺でやめておこう。
しかし理姫は本当に素直だなぁ。反論とかせずに全部受け流すあたり。
「で、荷物の整理なんだけど、出来たら早めにお願いね。人手がいるならお兄さんに頼めばいいわ」
「はいっ♪」
「いやいやいや…」
そこはリトルバスターズの仲間に頼んでよ…。
「あと、直枝くん、もう今日は女子寮から退館の時間よ。妹を思いのままにしたい若い滾りは分かるけど、今日は堪えなさいな」
「…」
いやいやいや。その気は毛頭在りませんから。
すると、理姫が先輩に向かって言う。
「あの…わたし、夜が怖いんです」
「え?」
「昔、飼っていたインコが夜中に死んでしまって…それからずっと、夜がトラウマで…お兄ちゃんがそんなことにならないか、不安で…」
「り、理姫?」
僕インコじゃなくて、人間だよ?
そんな一見何の脈絡もない話をして、あーちゃん先輩が納得するはず…。
「そう…分かったわ。直枝くん、今日一晩いてあげなさい」
あっさり納得したよこの人!!!
「いいん、ですか?」
「えぇ。あたしも昔飼ってた猫が夜中に病気で死んじゃって、それ以来夜は嫌いなのよ」
「あ、あのあーちゃん先輩?夜と僕関係ないですよね」
「何を言うのよ。トラウマならそばにいてあげるのが兄の勤めでしょ?でもほら、男子寮だと理姫ちゃんに更なるトラウマが出来そうだし」
ケラケラと笑った上で、一言。
「もし直枝くんさえ良ければ、ずっとそばにいてあげて。直枝くん人畜無害だし、女の子っぽいから女子寮はいつでも歓迎よ♪」
いやいやいやいやいや!多少は警戒してよ!
僕いい加減凹みそうだよ…。
「あと詳しい回答が欲しくなったらいつでも遊びに来なさいね。あたしの部屋この部屋のちょうど真上だから」
「は、はいっ。ありがとうございますっ♪」
………理姫って、可愛い顔して意外にしたたかなんだな。
あーちゃん先輩に見えないようにピースしている理姫を見て、そう思わざるを得なかった自分がいる。


 そんなこんなでお泊りが決定事項となり、僕はシャワーを浴びるために脱衣所へ。
…展開的に心配だったけど、流石に脱いだ下着はちゃんとどこかに仕舞ってあった。
たぶん脱衣かごの彼女の使用済みタオルの間にでもちゃんと折りたたんで入れてあるのだろう。
……別に期待してるわけじゃないからねっ!?
で、僕も服を脱ぎ、そしてシャワーを浴び始めて気付いた。
「…着替えないや」
制服で寝るわけにいかないし、かといってジャージを取りに戻ると入り口が閉まってしまい、この部屋に戻れなくなる。
それはそれで問題ないのだが、あーちゃん先輩に明日委員会室で何を言われるやら。
そう思うとちょっと混乱してくる。すると。
「お兄ちゃん、タオルと着替え、置いておくね」
「え、あ、うん。ありがと…」
って今なんて言った?着替え?
「…」
大急ぎで身体を洗い、そして彼女が脱衣所を出たのを確認すると、入れ替わりで脱衣所に。
そこには、僕が普段使っているのはまったく違う、新品のジャージと男物の下着。
「…」
どうやらあのボストンバッグか、はたまたダンボールの中に入っていたものだろう。
これで確信した。あの子は完全に確信犯で、これは最初から計画された犯行だった、と。
我ながら自分の妹が怖くなる。このままだと誘惑に負けて妹と一線を越えちゃう、なんて事態にっ!?
「いやいやいや」
頭をぶんぶん横に振ってかき消す。いや、だから地味に痛いんだってこれ。
ともあれ、疑問は残るが仕方なくそれに袖を通す。あと、歯ブラシ置きに未使用の歯ブラシが一本増えてるのも見逃さなかった。
…これは、完全に同居フラグ?

 ため息一つ、顔を洗って脱衣所から出ると。
「お兄ちゃん、はい、コレ」
アクエリアスが差し出される。
「お風呂上りの水分補給だよ」
「あ、うん、ありがと」
素直に受け取ると、誘われるまま備え付けの丸テーブルの椅子に座る。
「意外にお部屋広いんだね。ビックリしちゃった」
「男子寮はかなり狭いけどね」
「そうなの?」
多分、二段ベッドじゃなくて普通にツインでベッドが置いてあって、ユニットバスまで完備してるのは女子寮と教員用宿舎だけだ。
なんというか、男部屋にはない開放感を感じるなぁ…。
「〜♪」
鼻歌一つ、椅子を僕の横に持ってくる理姫。そしてそこに腰掛けると。
こつん。僕の肩に触れる頭。
「理姫っ?」
「…お兄ちゃんの、匂い♪」
嬉しそうに頬擦りしてくる。鈴やクドと違うベクトルの小動物だ。
ただ。
パジャマの裾から見える胸の谷間が…凶器です…安西先生…。
「お兄ちゃん?」
もう、バスケ出来そうにありません…。
理姫はそういうのも完全に計算していないのだろう。ド天然に僕に触れているようだ。
「ずっと、夢だったの。お兄ちゃんとこうして、触れ合うこと」
「そうなの?」
「うん♪だって、妹って人生の大半を兄と一緒に過ごす、言うなればお嫁さんみたいなものだもん♪」
「…」
サラリと凄いことを言う子だなぁ。
「…まぁ、
お兄ちゃんなら本当のお嫁さんになってあげてもいいかなぁ…♪」
「えっ?」
「え、ううん、なんでもないっ♪」
本当に消え入りそうな小声のため、僕はその肝心な部分を聞き逃していた。
…もっとも、聞き逃したほうが幸せな場合もあるよね、きっと。
すると、理姫が腕を絡ませてきた。
「理姫?」
どうしたの、と聞く前に。
「お兄ちゃんのえっち」
「えぇっ!?」
な、なんでいきなりエッチ呼ばわりされなきゃいけないのさ!確かに眼福だったけど…。
「一応名目上は言っておかないとね。クセになったらダメだし」
「いやいやいや全然分からないから…」
何が言いたいんだ、と思えてくるよ正直。まぁ大方さっきの胸に行ってた視線を咎めているのだろう。
主語を出さない当たり恥ずかしいんだろうな、本当に。次からは自重しなきゃ。

 それから、二人のことをたくさん話した。
例えば、前の学校の先輩や後輩のこと。そして、彼女自身来年度のエルダー最有力候補だったらしい、ということも。
理姫の成績は編入試験代わりの中間考査を、あの来ヶ谷さんに大差を付けて1位でパスした、ということくらいしか知らない。
それが凄いことだということは、少なくとも同じクラスになる前から来ヶ谷さんを知っている僕には考えずとも分かる。
「体育の成績だけはいつも下なんだけどね」
確かに、白い肌、そして、抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な腰だ。
そこが唯一来ヶ谷さんと違うところだろう。
しかし、一番興味深かったのはそんなことより、エルダー制度だ。
「全校生徒から敬意を込めてお姉さま、と呼ばれるの。そして、生徒会執行部に直接助言が出来るとか、権限は凄いんだよ」
「へぇ…」
言うなれば、影の黒幕という言葉がとても似合いそうな役職だ。
そんな凄いモノに選出(彼女らは推挙というらしいが)されかかっていた妹は、きっとタダモノではない、そう確信できた。
「でも」
「ん?」
「お兄ちゃんの話、全然聞いてないなぁ」
その一言から、普段独り語りが苦手な僕の自己紹介タイムが始まってしまった。
…何から話そうか、そう思っていると。
「本当はね、聞きたい事って一つだけなの」
「え」
一呼吸。彼女が紡いだ言葉は。

 「お兄ちゃん、好きな人っているの?もう、あの人たちの中に彼女さんっているの?」
「っ」
言葉に詰まる。
僕には恋人がいる。鈴という、大切な恋人が。
なのに何故だろう、それがとっさに言い出せなかった。
それは何故?
理姫を失望させたくないから?
理姫に一目ぼれしちゃったから?
理姫の目が少し怖かったから?
理姫はただの妹で、僕の色恋沙汰なんて関係ないと想ったから?
答えは見つけられず、僕は間を置いて言った。
「…特定の彼女は、いないよ。今は」
「…そっかぁ、よかったっ♪」
それは、本当に嬉しそうな、まるで自分に幸運があったときのような、笑顔。
…汚いウソ。妹を騙して、幸せなのか、僕。
鈴を裏切って、それで幸せなのか。この下品な男は。
その僕の本心を僕自身が計りかねていると、理姫の腕の力が強くなる。
「よかった、ってのは語弊があるかもしれないけど、でもね」
「本当はお兄ちゃんには、いつまでもお兄ちゃんでいて欲しいの。わたしだけの、お兄ちゃんで」
そしてあの天使の微笑。正直、僕もどうしていいか分からなくなっていた。


 寝るときも、理姫が最後まで譲らず、ついに同じベッドで寝ることになった。
最初は、手を繋いだり、見詰め合ったりしていたのに。
今は、可愛らしい寝息と、そして、幸せそうな寝顔。
これが、彼女なりの幸せなのだろうか。
「…」
携帯を取り出し、鈴にメールをしてみる。
『眠れないや』
返事は、すぐに来た。
『こもりうたでも、歌ってやろーか?』
『遠慮、しておくよ』
メールはその後、返ってくることもなく。
「…」
その場の勢いで、鈴を否定したようなものだ。
そんな僕が、果たしてこんなこと、許されるのだろうか。
「…ゴメン」
ベッドを抜け出し、床に横になる。
どうも素面じゃ、一緒に寝られそうにないから。
「…」
僕がベッドを抜けたことには、まだ気付いていないようだ。
「…」
いつか分かってしまうことなのに、何であんなことを言ってしまったのだろう。
理姫なら、あるいは祝福してくれるかもしれないのに。
「…やっぱり、これは兄妹って感情じゃ、ないのかもね」
「…」
「…」
「…」
すっかり、僕は僕らしさを失くしてしまっていた。
(つづく)


あとがき

この作品では、徹底して理樹を悪者に描いてみようと想います。
強いて言うならば、スクイズの誠並みの煮え切らない少年に。
一緒に生きていくと誓った鈴と、突然現れた妹との間に揺らぐ少年の甘酸っぱさ、罪悪感。
何も知らず理樹を想い続ける鈴と、何も知らず最大の愛を理樹に注ぎ続ける理姫。
そして、全てが分かってしまったときの、追い詰められる理樹。すべては、優柔不断さの上に。

本家の理姫ちゃんが入院⇒理樹の誤解⇒回復⇒ハッピーエンド。
なら分家のこちらは、って感じですネ。相坂でした。

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