恭介たちに出会えて、僕は確かに変わった。
学園に入学してから、新しい友達に恵まれ、僕は確かに充実していた。
そして、絶対にいないと想っていた肉親がいると知り、彼女と出会い、そして話して。
確かに、惹かれている自分がいる。それに少しの罪悪感を伴いながら。


理姫ちゃんとの何気ない日常を描くSS『It's gonna Sunny!!!-晴れたらイイねっ♪-』


 朝。
罪悪感から、彼女のベッドを抜け出した僕は、床に横になって寝た。
だけど、カーテンのスキマから差し込む朝日をまぶたの裏にまで感じていると、その隣にあってはいけないものを
感じ取ってしまう。それは、明らかな人間の体温。そして寝息。優しいトリートメントの香り。
「…」
ピントが合わない。
しかし、オートフォーカスのように、少しずつその距離を修正していき。
「…理姫っ?」
そこには、確かに最後に見たときベッドで寝ていた理姫がいた。それも、僕の横に。
身体が弱いほうの彼女に、敷布団なしの板張りに寝るなんて苦痛でしかないんじゃないか。
だけど、この距離は…。
「…」
「んん…」
「…」
理姫が何を考えてこんなことをしたのかは知らない。
丁寧に僕にまでしっかり布団をかけてくれて。しかも、自分の身体が多少布団から飛び出して寒くても、
僕を温めることを優先してくれたのだろう。足が布団から飛び出していた。
「…」
「……♪」
それにしても幸せそうな寝顔だ。起こすのがかわいそうになる。
だけど、そろそろ起こさないといけない。時間は6時半。
「…」
「理姫、朝だよ」
「…ん〜」
「…理姫ってば、朝だから起きなきゃダメだよ」
「きょう、日曜日だよ〜」
「いやいやいや日曜日は昨日終わったから」
「ん〜」
女の子は平均してみんな低血圧だというけど、理姫もその例に漏れていないのだろう。
中々起きてくれる気配がない。
とりあえずカーテンを少し開けてみる。すると日光が少し強めに部屋に降り注ぐ。
「ん〜」
「ほら、お日様もおはようって言ってるよ」
なんか、小学生を相手にしてるみたいだな、なんて。
「ん〜…」
やっとむくっと起き上がったが、多少ジト目だ。
「昨日わたしのベッドから抜け出したお兄ちゃんの言うことなんて、聞かないも〜ん」
「…」
も〜んって。
と、そんなことを言ってる暇じゃない。
「学食の朝食は7時45分までなんだよ」
「ん〜…まだ、6時半…って6時半っ!?」
「わわっ!」
突然声を上げるなり、布団を剥がして起き上がる。
「あーんお兄ちゃんのバカバカっ!なんで起こしてくれないのっ」
「いやいやいやいきなり怒られる理由分からないから」
言葉どおり、怒られる理由が分からない。見たい番組でもあったのだろうかと思い、こんな田舎のローカル番組なんて
理姫の知識に何らの付加価値もないだろうとセルフ解決していると。
「女の子は、いろいろ準備があるのっ!お肌のケアとか、髪をブローしたり、色々大変なんだからっ」
「…」
「あとっ!」
「?」
あと、何?と聞く前に。
「お弁当作らなきゃっ。お兄ちゃん、最悪先に学食行っていいからねっ」
「いやいやいや僕たち基本お昼は学食かパンだし」
「そんな不摂生、わたしが許しませんっ!」
「いやいやいや少しくらい許してよっ」
「問答無用っ!」
「あへぇっ!」
軽く言い合っていると、僕も布団を剥がされる。これじゃどっちが上なのか分からないや。
…結局お弁当は明日からでいいよ、と言うことで渋る理姫を納得させて、身支度を始める。

 二人揃って洗面台の前に立つ。
ピンクの歯ブラシは理姫の。緑の歯ブラシは僕の。
同じ歯磨き粉を付けて、同じ位置からゴシゴシ磨き始める。
時折鏡越しにお互いを横目で見て、そして同じ仕草と動作に軽く笑いあう。
うがいするタイミングもまったく同じ。ただ違うのは、女の子は支度が多いこと。
「大好きな人には、一番可愛いわたしを見せたいもん」
「え…」
暫く赤面して固まってしまった僕。意に介さずちょっと寝癖のあった髪を整える妹。
そのシルクのような髪に触ることが出来る日は来るのだろうか。今はただ、気恥ずかしくて触れそうにない。
僕は僕で脱衣所を出ると、部屋でそのまま制服に着替える。
シャツに袖を通し、そしてネクタイを締めて、下を着替えて。
そのいつもの動作も、真人がいるいつもの僕の部屋に比べると違和感がありまくりだ。
第一ここは匂いも、空気も、全然違う。
「…」
妹の部屋で着替えるなんて、絶対無いと思ってたのにな。
こうして冷静に考えてみたら、本当の家族みたいじゃないか。
…本当の、家族なんだよな。きっと。
「ねぇお兄ちゃん」
「うへぁっ!」
突然後ろから掛かる声にらしくない悲鳴を上げてノックバックする僕。
振り返ると、不思議そうに小首を傾げる、天使がいた。
「…わぁ…」
「や、やっぱり、似合わない?」
「…ううん…見とれてた…」
「えぇっ…お兄ちゃん、恥ずかしいよ…やっぱり見ちゃダメっ!」
見慣れた制服なのに、着る人が違うだけで、こんなに映えるなんて。
事実、理姫の制服姿は、今までに見たことがないくらい、似合っていた。
兄として贔屓目に見ても、まるでその制服が理姫のために存在しているかのような、そんな存在感。
恥ずかしがってまた脱衣所に戻り、ドアの隙間から顔だけ出して、こっちを伺う。
「…お兄ちゃん、えっちな目はダメだよ?」
「なっ…」
意外に言う子だ。
そして、もう一度姿を現した彼女は。
制服は、そのウエストラインを強調するようにフィットしていたし、スカートも極端に短いわけじゃない。
ただ、黒のニーソックスがそれを思わせないくらいの絶対領域を演出している。
「…」
「聖應の制服がワンピースだったから、ブレザーの制服って中学校以来かな?斬新な感じだよ」
「へ、へぇ、そうなんだ」
それはそれで可愛い制服だと思う。
それを察したのか、理姫は。
「…一応持ってきてるけど、今度着てあげるね」
「ぶっ!?」
ホントに、狙撃が得意な妹だ。身が持たないんじゃないか、なんて。


 朝食には予定より早くありつけた。
しかし、そうなる運命なのか、見知らぬ可愛い女の子を連れている僕は、やはり陰口を叩かれる。
直枝が可愛い子を連れてるぞ、とか、また女の子を騙して毒牙に、とか。
終いにはそのハーレムに混ぜてくれ!とか、節操なしめ、死ねばいいのにとか。
…嫌われてるわけじゃないんだ。だけど、好かれてもいない。
それは、周りに女子ばかりだからだろうか。
少し腹立たしい。みんな悲しい思いを背負って、その宿命を乗り越えて、強い絆で結ばれてここにいるのに。
それを知らない奴がこのリトルバスターズをハーレムという権利なんかあるわけがない。
だけどそれ以上に理姫のほうが偉いと思う。
ちゃんと、唇をかみながら堪えていた。僕に浴びせられる陰口の数々に。
「理姫…」
「お兄ちゃんのこと何一つ分かっていない人たちに、言われたくないのに」
「…」
我ながら妹に気を使わせる当たり恭介みたいな兄になれる自信がない。兄貴失格だとすら思える。
「ごちそうさま。もういらない」
ついには食欲をなくし朝食をストップする理姫の手を制する。
「お兄ちゃん?」
「…いいんだよ、理姫は気にしなくて」
「…イヤだよ。お兄ちゃんが堪えてる姿が、一番イヤ」
「…」
泣きそうな顔をする理姫。
そのとき。
「おやおや少年。可愛い妹を泣かそうなんて、中々鬼畜な性癖だな」
「…来ヶ谷さんっ!」
そこには、来ヶ谷さんと、西園さん、そして葉留佳さん。
「隣失礼するぞ、理姫君」
腰掛けながら、半べその理姫の頬を撫でる来ヶ谷さん。なんか、背景にバラが見えるんですけど。
「ま〜、仕方ないですヨ。こんな極上美少女を連れていたら、陰口の一つくらい名誉の負傷みたいなモンですネ」
「……深く考えるとハゲますよ?」
「に、西園さんっ!」
最後のこれがなければいい人なんだけどなぁ。
ともあれ、みんな分かってくれる人ばかりだから、気兼ねなく集まってくれる。
これが、リトルバスターズなんだ。そう実感する。
「まぁ、ともあれだ。理姫君も気にする必要はない。これもキミの兄の甲斐性が成せる業と思えばいいさ」
「…はいっ♪」
すぐに元気になるなぁ。って甲斐性ってなんだよっ!
「うむ。種馬としての自覚を持ったほうがいいぞ、理樹君」
「いやいやいや…」
「種馬ってなんですか?」
「理姫は知らなくていいのっ!」
「?」
来ヶ谷さんたちの合流で、僕たちの席に天使の微笑が戻る。
終始、なごやかムード…これはこれで、良かったのかな、なんて。

 そして、いつの間にか、彼女のことを理姫と呼んでいる僕がいる。
昨日会ったばっかりなのに。これはこれで、兄としての自覚の芽生え、なのかな?
「でだ、どんな男も口でしてやれば喜ぶ。征服欲を満たせるからな」
「そうなんですか〜…お兄ちゃんも喜んでくれるかなぁ」
「うむ。理樹君はエロエロ魔人だからな」
「こらこらこら〜〜〜っ!妹にヘンなこと吹き込まないでっ!」
ホント、油断も隙もないのは相変わらずなんだけどね。


 その後、朝食の終わった僕たちは、連れ立って教室へ向かう。
途中相変わらず来ヶ谷さんが「スカートはもっと短く、小首を傾げてぱんつを見せれば私…もとい、理樹君が喜ぶぞ」とか
さらりと自分の欲望を僕の名前を出して曝け出し、本当に実行しようとする理姫を必死で止めたり、西園さんがネタ帳片手に
「昨夜はお楽しみでしたか?」と聞いてみて意味を知ろうとする理姫を止めたり、色々大変だった。
葉留佳さんは食事中に風紀委員に見つかり、また追い回されてたけど大丈夫だろうか。
「…で、ここが職員室ね。ちゃんと先生に挨拶して」
「うん」
「じゃ、僕たちは先に行ってるね」
「えっ…」
「いやいやいや」
そんなつぶらな瞳で見つめられても。
「ほら、転校生はちゃんと別に登場しないと」
「どうして?」
どうしてって言われてもそれが定石だとしか言えないし…。
すると本当に寂しそうな背中になるから、見てられない。
「…先生、僕も、いっしょに行っていいですか?」
「あ、あぁ、事情はよく分からんが、まぁ、仕方ないか」
あっさりワガママが通ったよ!
「えへへ…」
半分泣きそうだったのが、もう元の笑顔に戻ってる。
やっぱり、確信犯なんだね。女の子って。
「…なんか」
「ん?」
「花嫁さんと花婿さんみたいだね。廊下は赤いカーペット。仲良くこの上を歩いて幸せを誓い合うの」
「…」
ツッコミどころはとりあえず満載なんだけど、いちいち突っ込んでいてもキリが無いから、とりあえず先を急ぐ。
先生に誘導され、2-Eの教室に向かう。そして途中で僕は先に後ろのドアからこっそり教室へ。
「おい理樹、何してんだ?」
一発で真人にばれたけど。
「おーいお前ら席に着け〜!転校生の紹介だぞ〜!」
「先生だっ」
蜘蛛の子を散らすように席に着く生徒達。そして転校生の紹介。
ガラガラッ。
扉が開く音。
なびくツインテール。その周りだけが硝子の膜で覆われたみたいな、優雅な輝き。
「うわぁ…」
「…」
「…」
みんな沈黙する。
そして、教壇に登り、黒板に名前を書く。お約束のシーンだ。
「えーと。直枝理姫です。東京の聖應女学院から来ました。よろしくお願いします」
その言葉に、教室が沈黙する。
「聖應って、あの瑞穂様の?」
「すげぇ…ホンモノのお嬢様だぜ…」
「「「うぉぉぉぉぉっ!理姫さま〜〜〜〜っ!!!」」」
そして歓喜の声。とりあえず第一段階はクリアのようだ。あまりの男子からの気迫に泣きそうだけど、理姫。
「おいお前ら静かにしろ。あと苗字から見ても分かるとおり直枝の妹だ。もしお付き合いしたかったら直枝を倒すんだな。はっはっは」
「「「「「「「「「「よし、直枝殺す」」」」」」」」」」
「ちょ、ちょっと待ってよっ!」
てか何でその中に謙吾と真人も混じってるのさっ!
凄い団結力を見せる男子に、理姫は。
「先生っ」
「ん、なんだ直枝妹」
「はいっ。わたし、もうお兄ちゃんだけって決めてますから♪」
「…は?」
いや、それは僕が言いたい言葉だから。
「内縁の妻でもいいんです。お兄ちゃんだけが、わたしの全てですから」
「…」
「…」
「…おい、直枝、お前もう調教(しこん)だのか?」
ちょ、ちょっとっ!
「ふぇえ…大胆だねー、理姫ちゃん」
小毬さんそこで顔を真っ赤にしてリアクションしないで!
「うむうむ。仕込みは上出来ではないか。そのまま子種も仕込んでしまえ」
来ヶ谷さん!もう黙ってて!てか黙れよっ!
…凄い形相で睨まれました、僕が死んだらファミマに埋葬してください。
ともあれ、初日から爆弾をばら撒いてくれた妹は、そのまま席に向かう。
「そうだな、北島、お前の隣に配置してやろう」
「イヤァッフゥー!」
時代遅れのパンクロッカーみたいな格好の北島君の隣に決まった理姫。うん、絶体絶命。僕としてはなんかヤダ。
しかし、僕が手を上げる前に。
「先生」
「ん、なんだ妹」
面倒臭がって短縮してるね先生。
意に介さず、続ける。
「わたし、人見知りしやすい性格だから、出来たら知ってる人の隣がいいです…例えば、お兄ちゃんとか」
「し、しかしだな、ここは学校で、集団生活の場所なんだぞ?」
「…(うるうる)」
「ぐっ…」
で、出た、女の武器、涙。
そこまでして僕の隣に来たいなんて、凄い稀有というか、執念が凄い気がする。
「だめ、ですか?(うるうるうるうる)」
「…っ!井ノ原っ!お前北島の隣に移動しろっ!」
先生の一声。あぁ、背中に敗北オーラが感じられる…先生、よく頑張ったね。
「ちょ、先生様よぉ!それは理不尽だぜっ!り、理樹止めてくれよ!」
「…ゴメン、真人。そんな勇気ないや」
「理樹ぃぃぃぃっ!」
結局、真人の机は北島君の隣へ。そして空席が僕の隣へ。そしてそこに理姫が。
「女の武器は有効に使わなきゃ。よろしくね、お兄ちゃんっ♪」
「…」
とんでもない妹を持ったものだと、今更ながらに反省。そして後悔。
…石投げないでね?


 ただ、これはこれで正解だった気がする。
聖應と僕らの学園じゃ教科書も違うし、範囲も違う。
ただ強いて言えば、完璧主義なんだなぁ、って感心させられる。
横目で理姫を見ると、先生の一言一言を余さずメモし、空いた時間で清書する。その繰り返し。
練習問題を解いた後も、丁寧に確認や逆算を繰り返すなど、絶対僕では真似できないことをする。
…ちなみに数学なので来ヶ谷さんはいない。
そう言えば夏休みの間に来ヶ谷さんとひと悶着あったって噂の先生が病気で休職してるみたい。
代理で来た先生は女性。見とれていると。
「あいたっ」
消しゴムの欠片が飛んでくる。
「…」
横には、ふくれっ面の妹。
「あ、あはは…」
そして、ノートの切れ端には。
『タイトスカートのお尻に見とれるのはいいけど、見たいならいつでも言ってね、スケベお兄ちゃん』
…タイトすぎるタイトスカートのパンティラインを愛でるのは、今度から自重すべきかな。潮時なんだろうね。

 休み時間には僕らの周りに人だかり。
質問攻め。だけど素で凄いと思ったのは、理姫はまるで聖徳太子のように(某ギャグマンガのほうじゃないよ)、
10人の言葉を正確に聞き取り、正確に返していた。
僕にはとても真似できない芸当。みんな口をそろえて言う。絶対直枝の妹じゃないだろって。
ほっといてよ。
そんなこんなで、昼休みになった。
(つづく)


あとがき

 まだまだドタバタコメディです。
ただ理姫ちゃん、絶対こんなキャラじゃないと思うんですよね(笑
だって、あのヘタレ理樹の妹ですよ?
まぁ正反対過ぎるくらいがちょうどいいんでしょうけどね。この子たちの場合。

 普通兄弟には恋しないものですよね。
あたしの幼なじみにも妹がいますけど、幼なじみ曰く『母親みたいな顔の妹のパンツで遊びたくはないな』と
はっきり断言してますし。だけど理姫ちゃんの場合、元々がいいだけに、これから理樹君がどこまで
辛抱たまらなくなるのかが愉しみです。
そして、同時に鈴との関係がギクシャクしはじめて、妹に溺れ堕落していく兄。
どんなセカイになるのかは、お楽しみってことで。
相坂でした。

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